勇者と勇者の物語

七野りく

プロローグ

「はぁはぁはぁ……」


 最後の小鬼を切り捨て、血に濡れ刃毀れをしている片手剣を地面に突き刺し、僕は荒く息を吐いた。

 周囲には無数の魔物の死体。そして、剣、槍、斧、杖を向け囲んでいる魔王軍の雑兵達。僕を恐れるように、少し後退して様子を窺っている。

 ――カッサンドラの大橋を奇襲突破せんとした魔王軍を食い止めるべく、単独で立ち塞がってどれくらいだろうか。もう、時間の感覚はない。

 魔力はとうにつき負傷を治すことも出来ず、血は止まらず流れ続けている。このまま戦い続ければ、僕は死ぬだろう。

 それでも……息を整え、立ち上がり剣を構える。

 まだ倒れるわけにはいかない。僕が、ここで時間を稼げば稼ぐ程、あいつの負担は減るのだから。

 魔物の群れが左右に分かれていく。ゆっくりと巨大な斧を抱えたミノタウロスが進んできた。片目は瞑れ、頬にも大きな傷。明らかに名のある魔将だった。

 石突を地面に叩きつけ叫んだ。

 

「―—見事なり! 人の子よ。よくぞたった一人で我等の進撃をここまで阻んでみせた!! だが……何故だ? 何故、そこまで戦う??」 

「愚問だね。決まってる。あいつの――『勇者』セリカの為だ! ここで、僕がお前らを止めれば、止める程、あいつが来るまでの時間を稼げる!」 

「…………奇怪な」

「……何?」


 魔将が目を細めた。僕を見る目は、哀れみがこもっている。

 それを見た時、ゾワリ、と背筋が震えた。嗚呼……そうか……。

 思わず苦笑。笑うしかない。

 ……そんなに僕が邪魔だったのか。


「何故、笑う?」

「いや、何――人生とは驚きの連続だなって。仲間だと思っていた人達に裏切られて、敵方に哀れんでもらえるなんて、ね……あいつは、聖都かな?」

「然り。勇者がこちらの方面へ移動している、との報は受けておらん。この方面は放棄し、戦線を縮小する腹なのであろう。つまり……人の子よ、おぬしの奮戦はまったくの無駄だったのだ」


 魔将の残酷な宣告。心が冷えていく。

 ――『勇者』セリカは僕の幼馴染だ。

 女神と聖剣に選ばれ、人類の宿敵である魔王を打ち倒すことを運命づけられた、長い金髪が綺麗で、やんちゃな女の子。

 そして、僕はつい最近まで、そんなセリカと一緒のパーティにいた。

 あいつは小さな頃から天才。僕は凡才。

 あいつは何時もぶっりぎりの一番。僕は努力に努力を重ねて、辛うじて二番。

 最初から無理はあったのだけれど……それでも、この一年間はなんとか頑張ってきた。

 けれど、教会の上層部や、各国首脳部、猛者達はそう思わなかったらしい。『勇者様に相応しくない』『パーティから外れるべきだ』『足手まとい』……あいつのいない所で色々と言われてきた。

 それも影響したのだろう。

 数日前、僕は『先行偵察』の名のもとに、この地へ一人派遣された。あいつは随分と愚図ったけれど「すぐ戻るよ」という僕の台詞を信じ、聖都に残留。

 

 ――直後もたらされたのは魔王軍による侵攻作戦だった。 


 街の兵は少なく、守りも固まっていない。

 聖都へ急報は届けられたものの、他方面でも侵攻が再開されており、あいつが来るまでは時間がかかるとの報。

 時間稼ぎが必要だった。

 肥えた街の太守に懇願された僕は一人、大橋で魔王軍と対峙し――ボロボロの剣をゆっくりと構えた。

 魔将は怪訝そうに尋ねてくる。


「……まだ、戦うというのか? 貴殿は裏切られたのだぞ?? 何が貴殿をそこまでさせる???」

「ここで退くと決めて、退かせてくれると?」

「退かせぬよ。貴殿は我が部下を多く倒した。しかし、その奮戦ぶりに敬意は払う。ひと思いに苦しませず屠らん」

「悪いけど、まだ死ねない。――ここで、退いたら二度とあいつの前に立つ資格がなくなる。それに、倒せば倒す程、負担も減る。魔王軍の将よ。ここは戦場。語る言葉は最早ない!」


 折れそうになる自分自身へ気合を入れる。

 ……セリカ。本当は君と一緒にずっとずっと歩いて行きたかった。それが僕のたった一つの夢だった。

 だけど、だけど……ごめん。本当にごめん。僕は……ここまでみたいだ。

 どうか、どうか、君の道行きに今まで変わらず光が降り注いでいますように。……元気で。

 魔将が石突を引き抜き、大斧を上段へと構えなおした。


「そこまで言うならば、是非もなし。我は魔王軍十三魔将が一人、ダ・ラグであるっ!!!!!! 人族の勇者よ。屠る前に名を聞いておこう」


 律儀な武人だ。周囲の魔物達も介入の気配はない。

 微笑み、告げる。


「―—僕の名前は」


※※※


 後世において、魔族の間で『カッサンドラ大橋の死闘』と語り継がれた一騎打ちは、熾烈を極めた人魔大戦、その数多ある戦闘の中でも屈指の死闘と言われている。 

 魔王軍の猛将であったミノタウロス族のダ・ラグをして『生涯で最も苦戦し、

敵への畏怖を持った戦い』と言わしめた勇者の名は伝わっていないが、この死闘以後、一時的に戦況が魔王軍に傾いたのは彼がそれ程の相手であったことを示していよう。

 しかし、その数か月後、戦場から姿を消していた『勇者』セリカによって魔王軍は開戦以来最大の大打撃を受け、戦況は混沌の度合いを深める。

 人と魔族の戦争はますます苛烈さを増し、大陸中に戦禍を撒き散らしていった。


 ――これは、『勇者』と呼ばれた一人の少女と、そんな彼女と歩むことだけを望んだ、もう一人の『勇者』の物語。

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