勇者様のサポートは私の役目
英知ケイ
勇者様のサポートは私の役目
「あーあ、やっぱ兄貴には勝てねーわ」
森の中でゴブリンの群を撃退した直後、ハルトがひとりごちた。
ルインはそんな彼を見過ごせなかったらしく、兄らしく諭す。
「何を言ってるんだハルト。お前だって倒してただろ?」
「兄貴は七、俺が三、数えるまでもないよな」
ため息をつくハルト。
「たまたまだ。俺の方に来た数が多かったんだよ」
「兄貴の倒すスピードが早いから、あいつら兄貴の方に群がったんだろ。俺の相手なんてしてられないってな」
ハルトの自虐はまだまだ続く様子。
ここは勇者二人の付き人として何か一言言わなくては!
「ハルト、私たちはパーティです。パーティ皆の戦いであり、勝利ですよ。それにハルトが頑張ってるの私は知ってますから。防御魔法もルインの三倍増しでかけてますよ、私」
「そうだ、クリスの言うとおりだ。三人で戦ってるんだから一人が何匹倒したとか関係ないだろう」
何かがいけなかったらしい。
ハルトの表情がますます堅く険しくなっている。
「もういいさ、兄貴にはわかんねーよ」
それだけ言うと、彼は立ち上がり、私たちに背を向けて歩き出す。
「お、おい、どこへいくんだよ」
「様子見だよ、様子見。鬱陶しいからついて来んなよ」
その剣幕に私もルインも何も言えなかった。
ハルトの姿が木々の向こうに消えた後、これはまずいと私は思い、すぐに行動に移すことにした。
勇者達のサポートは私の役目。
「ルイン、私、ハルトの様子見てきます」
「待ってくれクリス。俺もいくよ」
「ダメです。ハルトはあなたに敏感になってるみたいですから。ルインはここで荷物を見張っててください」
「わかった。任せる」
彼も何か思うところはあるのか、素直に引き下がってくれた。
私は、ハルトが姿を消した方に向かう。
勇者のサポートは私の役目。
私は、クリスティン=アーデルハイト。
先祖代々勇者のサポートをする家系に生まれた。
なぜかこの世界には定期的に魔王と呼ばれる存在が現れ、モンスターを率いて平和を謳歌している私たち人間の国に攻め込んでくる。
本当に困ったもの。
一時期滅亡の縁に立たされた私たちのご先祖様は、それに対抗するため、異世界人を召喚する秘術を編み出したという。
頑張ったのよ、ご先祖様。
異世界人がこの世界マギアムンドに来ると、次元の作用により
仕組みはよく分からないけれど、そうなのだから仕方ない。
彼ら異世界人は、勇者と呼ばれた。
但し、勇者は召喚された時はこの世界でのレベルは1のため、魔物との戦いを通じてレベルを上げる必要がある。
次元の神様、最初から最高の99にしておいていただければいいのに。
そんなことを言っても始まらない。
そのため、当時の王家でも選りすぐりの魔力を有していた私の家系が、勇者をレベル99まで導くサポート役として選ばれたのだ。
私は幼少の頃より、魔法国内でも随一の使い手と呼ばれる、我が母エリザベートに攻撃、防御、幻惑、回復等の様々な魔法を仕込まれた。
正直大変だった。
泣きたくなったことなんて何度もある。
母の試練は容赦が無かった。
でも、いつか勇者様を支え、この世を救うのだという使命感は私を奮い立たせ、なんとか耐えることができた。
いや、それだけではないか……。
母親が教えてくれたあのことに私はときめきを感じていた。
「あなたのお父さんは、勇者だったのよ。元の世界に帰ってしまったけれど、とっても格好良かった、素敵だったの」
……
ルインとハルトは先日この異世界に召喚された勇者。
兄弟で召喚されるとは珍しいがそれだけ今回の魔王が強力だということかもしれない。
出会った最初は勇者が二人だというのに私は驚いたものだ。
線の細い、長身長髪の優しそうな眼差しの兄ルイン。
それよりも少し背は低いけれど、意思の強そうな目をした、短髪の弟ハルト。
母から聞いていたあの話もあるので、私は困ってしまった。
べつに勇者と結ばれなければいけないきまりはないけれど、年頃の女の子としては……ね。やはり意識してしまうのよ。
さて、回想はこれくらいにして、今はハルトを探さないと。
探知の魔法で彼の足跡を追った私は、間もなく、湖の畔で膝を抱えて座り込む彼の姿を見つけた。
「クリス……来たのか」
私の方を見ないで彼はつぶやいた。
「さすが勇者ですね。気付かれてしまいましたか」
「さすがじゃない。
「そんなこと……」
二人のステータスを知っている私は、何と言ったらいいのか悩んだ。確かに彼の言うとおりなのだ。ハルトは、ルインに勝るステータスは無い。
口ごもる私の顔を一瞥すると、彼は水面に視線を戻した。
「俺さ、むこうの世界にいたときも、兄貴にずっと勝てなかったんだ。何でも兄貴は1番目、おれはどんなに頑張っても2番目。双子なのに、おかしいよな」
彼は手元にあった小石を湖になげる。
小石は、トポンと音をたてて、そのまま沈んでいく。
「こっちの世界に召喚された時、ちょっとは期待してたんだぜ、何か兄貴に勝るところがあるはずだってさ。でも、結局2番目かよ」
続けていくつも小石をなげる。
トポン、トポンとその都度水面が揺れる。
もう何個放ったのかもわからない。
「はあ、どんなに頑張っても報われない。正直こんな人生逃げてえよ!」
頃合いか……彼の叫びに重ねて私も叫ぶ。
「逃げましょう! ハルト!」
彼の腕をひっぱる。もう、一生懸命。
「お、おいお前まで何言って? ん……?」
私の視線の先を見て、みるみるうちに彼の顔色が変わって行く。
湖の上に、大きな影があった。
ハルトの話を遮っていればと、私は激しく後悔していた。
気づいてはいたのに。
ハルトが石を投げているうちに、水面がたゆたい、渦を巻いたかと思うと、それは頭を出してきたのだ。
『ワシの眠りを覚ますのは貴様らか……』
怒っている怒っている。
水面から鎌首をもたげて爛々とした目でこちらを睨み付けている。
この世界マギアムンドでも有数の巨体をもつ種族。その名も――
「り、龍? マジかこれ! しかし龍にしてもデカくないか!?」
「ウォータードラゴンです。
「……」
『貴様ら、許さぬ』
古龍の口の辺りに光が凝縮している。
いきなりブレス!?
さすがに防御魔法を展開する暇は無く、私は我が身を庇い目を瞑ることしかできなかった。
「あれっ……?」
ブレスが来ない。
目をあけると、そこにはハルトがいた。
剣に
必死の表情。
「ハルト!」
ブレスがやんで、剣を杖にへたりこむ彼の元に私は駆け寄る。
すかさず
何とか、次なるブレスのタイミングには間に合った。
ブレスは
古龍は苛立つようにブレスを連射してくるが、全部通らない通させない。
勇者のサポート役の私の魔法、甘く見ないで欲しい。
「ハアハア、大丈夫だったかクリス……」
「無茶しないでください。
「ありがとな……あれ?」
「何でしょう? これは」
彼の体が赤く輝いている。
これは何かスキルを身につけたということ。
今のブレス防御で経験値が稼げたのだろうか?
すかさず私は彼のステータスを確認する。
スキル欄には新たに文字が現れていた。
「これって……」
「伝承では、全能力を倍にするスキルですね。レベルが上がるほどに効果が上がります……でも、おかしいです」
「おかしい?」
「勇者はこのスキルは身につけられないはずなんです」
「何でだ?」
「その、勇者はステータスが最高になるので、このスキルは身につけられないと言われています……ああっ、ステータス!」
ここで気がつく。
彼のステータスは兄のルインよりも全部少し下なのだ。
2番目、2番目と彼がずっと言っているように……。
「ハハッ、どのステータスも兄貴に劣る俺だから身につけられたってことか、まったく俺らしいな」
「そういう意味で言ったのでは無いのです……ごめんなさい」
謝る私の頭を彼は優しく撫でた。
私は彼を見上げる。
とても、澄んだ顔。迷いがふっきれたような、そんな顔。
私は……見とれてしまった。
「使ってみる」
「はい」
私は頷く。
「待たせたな、ドラゴンさんよ。『
剣を振りかざしドラゴンに向かう彼の背中に、私は彼の勝利を確信していた。
……
ドラゴンとの戦いを終え、ルインのところに戻る途中で、私は彼に言わなければと勇気を振り絞った。
「ハルト!」
「うん、何だ? クリス」
彼は満足そうな顔をしていた。
新スキル獲得に、ドラゴンを一人で撃破。
誇らしいことこの上ないだろう。
そんな今だからこそ、伝えられる!
「ハルトは2番目じゃないですよ」
「えっ?」
「その、私には……」
この部分は照れてしまい、小さくささやく感じになってしまった。
「良く聞こえなかった。もう一度、大きめに言ってくれよ」
「もう言えません!」
私は、恥ずかしくなって駆け出す。
ああもう、今日何度めの失敗だろう。
「何だよ~、ちょっと待ってくれよ」
彼の声が森に木霊する。
この状況になぜか心地よさを感じてしまう。
追いかけてきて、私の勇者様。
勇者様のサポートは私の役目 英知ケイ @hkey
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