二番目の一花

ピテクス🙈

第1話 双子の姉妹

 私には双子の妹がいる。

 妹の二番目に生まれたから二花で、私は一番目に生まれたから一花。両親はずいぶんと安直な名前を付けてくれたと思う。

 私たちは一卵性双生児として生まれ、遺伝子学的には同じ顔であるはずだ。小学生までは誰も私たちを顔だけで見分けることはできなかったけれど、思春期に差し掛かりそれも変わった。現在、高校生となった同じ顔の私たちを並べてどちらが可愛いかと聞けば一番かわいいのは妹で、二番目は私だ。


 学校の成績だって、小さな頃はそろえたように同じ点数、同じ評価、同じ通信簿を貰っていたはずなのに、ずいぶんと変わってしまった。二花は学年一の成績を取るようになったし、私がいくら追随するように勉強をしても二花を抜かせたことはない。

 運動だってそうだ。中学の頃、私たちは同じ単距離をやっていた。入部したてのタイムは私の方が0.3秒速かったけれど、すぐに追い抜かれてしまった。どれだけ練習しても速く走っても二花はいつだって私以上に速くなっていって、いつも一番を取られるようになった。

 その頃位だろうか「名前反対じゃね?」「一番の二花と二番の一花」なんて揶揄されるようになったのは……

 私は妹から逃げるように長距離に移ったけれど「一花ちゃんと同じがいい」なんで甘えるように言って、周囲の反対も押し切り私と同じ長距離をしだした。新しい種目に移ったとしても二花はどんどん成績を伸ばしていった、私と言えば鳴かず飛ばず。早朝から起きて誰よりも走るように努めたけれど、結局妹には敵わなかった。


 初めて好きになった佐藤くんに対してもそうだ。

 彼は同学年で同じ陸上部の男の子だった。背がすっと高くて、短い清潔感のある髪をしていて、思春期がら額の端に出来てしまったニキビを気にしているような、そんな普通の男の子だった。

 成績のいい二花がレギュラーの対策に追われることをいいことに、さっさと一人で帰っていたところに帰り道が一緒の佐藤くんと何回か話した。彼は校則で禁止されていた買い食いをしては共犯とばかりに私に半分に割った肉まんやお菓子をくれて、互いに食べ終わるまで一緒に過ごしていた。


 ――女子って苦手だったけど、お前は一番落ち着くわ。


 なんて言われて、舞い上がって、気づいた時にはすごく好きになっていた。佐藤くんとはたまたま予定が被らなきゃ一緒に帰れなかったけど、なんとか二花を撒いて一緒に過ごそうとしていた。


 二人が付き合っているという噂が学校中に流れたのはそのころだ。

 二花も佐藤くんも最初は否定したけれど、周りに盛り上げられ、はやし立てられ、結局二人は付き合うことになった。佐藤くんはまんざらでもない様子だった。

 あとから聞いた話では二花はずっと佐藤くんのことが好きだったらしい。


 ――佐藤くんのね、優しい所がすきなの。

 わざわざ付き合った報告をしにきた二花が言う。

 知っている。私も彼のそういうところが好きだったから。


 ――佐藤くんのね、ちょっと食いしん坊なところも好きなの。知ってる? 佐藤くんってたまに買い食いしてるんだよ、いけないよね

 知ってる、何回もつきあったから。


 ――付き合っちゃう? って言われた時嬉しくてすぐに「はい」って言っちゃったの。


 幸せの絶頂のように笑顔で嬉しそうに報告してくる二花。私は目を背けて話を中断させ、夜の走り込みがあると嘘をついて家を出た。

 二花の佐藤くんへの気持ちは、私の思っていた恋心と一緒で吐き気がしたと同時に、双子であるということをつき尽きられたような気がした。夜の河川敷を息も絶え絶えに走って、帰り道にあったごみ箱にスパイクを投げ捨て、私は陸上をやめた。

 靴下だけでで帰ってきた私を二花も親も心配していたけれど何も答えはしなかった。


 高校は別々の場所に行きたかった。

 けれど二花は同じ高校に行くことをこだわったし、両親は私がわざと成績を落とす事を許さなかった。結局、姉妹同じ公立に通うようになった。

 付きまとう噂は中学の頃よりさらにひどくなった。スポーツをやめて私の性格がさらに暗くなったからかもしれないが、一番の二花と二番の一花なんて揶揄する声はたまに聞く。


 二花が悪いんじゃないと分かっていても劣等感から、私は二花のことがどんどん嫌いになって行ったし、かつては仲が良かったはずの姉から避けられて、二花が悩んでいることも知っていた。そして両親に姉ともう一度仲良くなる方法を相談しているのも。


 素直な性格の二花は両親のアドバイス通りに私を遊びに誘ったり、流行りのドラマを一緒に見ようとしたり、趣味を合わせようとしていたけれど、無意味だった。結局二花は共通の話題をあきらめて、私の部屋に来て自分の話をするようになった。


「それでね、佐藤くんったらね」

 二花は学校の友達の事だったり、彼氏の佐藤くんの話を壁打ちのように私にしてくるようになった。のろけられる相手がいないからか、佐藤くんとの話は多く、そのたびに私は居心地が悪くてたまらない。多分もう彼のことを好きではないけれど、初恋の相手が妹と……と考えるとすごく嫌な気分になる。


「一花ちゃんも彼氏つくろうよ、本当に楽しいしさ、ダブルデートとかしたいな」

「……そんなのしたくない」

「えー、絶対楽しいよ、クラスの子たちもやっててうらやましいなって。あぁでも私たち双子だから彼氏が間違えちゃうかもね、佐藤くんも一花ちゃんと私を間違えるかも、それだったら取替っこデートになっちゃうね」


 なにがおかしいのか、二花はクスクスと笑い出す。ただでさえ二人のデートなんて見たくないというのに、自分が佐藤くんに二花と間違われるなんて想像だけでもぞっとする。冗談じゃない。


「気持ちの悪い事言わないで」

「ええ? そうかな、今度やってみようよ、佐藤くん案外気づかないかも。そうだったらショックだなぁ、でも面白いと思うの」

「何も面白くなんかないでしょ、だいたい、佐藤くんをなんだと……遊びでも私みたいな二番目あてがわれて失礼よ」


 眉を顰めて呟いた私の顔を二花はまじまじとのぞき込む。


「もしかして一花ちゃん学校でのこと気にしてるの?」


 一花は大きなくりくりの瞳で私を映して、私の眉間のシワに反応するように眉尻を下げた。


「あのね、一番の二花と二番の一花なんて噂されてること気にしちゃだめだよ。あんなのね私たちを妬んだ人が言ってるだけなんだよ。周りの人になんて言われてもね、私の一番はずっと一花ちゃんなんだから――」


 論すような優しい声色で二花は言ってくれる。

 そういえば小さな頃から互いに一番だねなんて言っていたことを今更ながらに思い出した。私はもう二花のことを好きだとは思っていないけれど、二花は小さな頃からなにも変わっていないのだろう。

 まっすぐで純真な二花の言葉に私は言い返すことも出来なくて、劣等感だらけの自分が恥ずかしく思えた。


「私たちなんでも言い合う姉妹だったでしょ、鬱陶しいかもしれないけど、私は昔みたいになりたいな、きっとね、ダブルデートだって楽しいよ。実はね、友達から遊園地のチケットも四枚貰ってね――」

「待って待って、したいのはわかったけど、私彼氏どころか好きな人もいないから」

「あっ、そっか、えへへ焦りすぎちゃったごめんね一花ちゃん」


 よほど私と仲良くしたいらしい二花は恥ずかしいのか照れながら頭を掻いた。


「じゃあ好きな人ができたら教えてね、一花ちゃん」


 自分を気遣う優しい妹の言葉の真意に気づくこともなく、私は小さく頷いた。

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