終末 最後から二番目の人類

湖城マコト

終末の二人

「この町も、完全に死んでいるな」

「……そうだね」


 深々とカーキ色のチューリップハットを被った長身の兄と、フライトキャップを被った、頭一つ分背の低い弟。二人の兄弟が、荒廃した町のど真ん中に立ち尽くしている。今更希望など抱いてはいなかったが、やはりこの町にも生存者は存在しないようだ。


 数年前、未知のウイルスによる世界規模のパンデミックが発生。

 人類の99パーセント以上が死滅し、文明は完全に崩壊してしまった。

 インフラが失われたことで、衛生環境は劣悪化。

 当然ながら医療機関など機能していない。

 死体などから発生した伝染病への罹患りかん、絶望的な状況を悲観しての自死、野生動物による襲撃。


 生き残った僅かな人類も、次々と命を落していった。

 世はまさに終末。人類滅亡はもう時間の問題だ。


「……やはりもう、生き残りは僕達しかいないのかもしれないね」


 自分達以外の生存者を捜す、宛の無い旅を初めて早二年。

 出会うのは白骨化した死体ばかり。生きた人間と遭遇したことはこれまで一度たりともない。

 この世界にはもう、自分たち以外に生き残りの人間は存在しない。自分達こそが終末世界に残された最後の人類なのかもしれないと、兄弟たちは本気でそう考えている。


 世界のどこかには、兄弟達と同じように、自分が人類最後の生き残りだと思っている生存者がいるかもしれない。しかし、世界はあまりにも広すぎる。人類滅亡の危機に瀕し、人口という概念が失われた現状では尚のことだ。文明の利器は失われ、移動手段は徒歩のみ。そのような状況下で、存在するとも限らぬ生き残りと出会える可能性など皆無。


 自分達が人類最後の生き残りなのか否か、良くも悪くも、それを確かめることは難しい。


「……食料も弾薬も尽きかけている。僕らの旅ももう限界だよ」

「節約しながら次の町を目指そう。そこでなら補給が出来るかもしれない。仮に他に生き残りがいなかったとしても、何とか俺達だけでも生き抜かなければいけない」

「……強いな、兄さんは」


 兄は強靭な精神力の持ち主で、このような絶望的な状況にあっても、弱音一つ吐かずに常に行動し続けてきた。

 弟はそんな兄を尊敬する一方で、限界も感じていた。自分は兄ほど前向きにはなれない。絶望的な状況に抱く感情は、やはり絶望以外には何もない。

 

 旅はもう限界だ。


 〇〇〇


 翌朝。事件は起こった。

 発砲音で目を覚ました兄が駆けつけると、弟は拳銃自殺を図り、自ら頭部を撃ち抜いていた。弾丸は右側頭部から侵入し貫通。即死だ。

 拳銃は、野生動物の襲撃から身を守るために、護身用として携帯していたものだ。


 遺体の傍らには、遺書と思しき手紙が残されている。


『兄さん。僕はもう限界です。生き残った人類は僕らだけ。そのような絶望的な状況に、僕はもう耐えられません。身勝手に我儘わがままをお許しください。


 終末の世界で、僕は十分に生き長らえました。最後の人類の称号は兄さんに譲ります。僕は最後からの二番目の人類となりましょう。


 強くて優しい兄さんのことを、僕は心から尊敬しています。

 どうか僕の分も生きてください。


 さようなら。今までありがとうございました』


 読み終えた遺書を、兄は感情的に握り潰していた。

 その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。


「馬鹿野郎! ……俺はお前と一緒だからここまでやってこれたんだ。一人ならとっくに絶望してる……」


 やり場のない怒りをぶつけ、何度も何度も拳を床面へと叩きつける。

 

「最後の人類の称号なんていらねえよ……そんなの、独りぼっちってことじゃないか……」


 溜まった涙を、血の滲む拳で拭った。

 弟の亡骸から拳銃を回収する。

 一瞬、悪魔のささやきが聞こえ拳銃を凝視するが、直ぐにかぶりを振って、懐へとしまい込んだ。後追いなんて柄じゃない。弟だってそんなことは望んでいないはずだ。


「……例え、進む先に絶望しかなかったとしても、俺は最後の瞬間まで生き続ける」


 己自身に強くそう言い聞かせると、兄は弟のまぶたをそっと伏せてやった。


 〇〇〇


 さらに半年の月日が流れた。

 単身で旅を続けていた兄にも、ついに最期の時が訪れようとしていた。

 とある町の廃墟の壁に、兄は虚ろな表情でもたれ掛かっていた。

 野生動物との接触で右足を負傷。何とかこの町までは逃げ延びることが出来たが、身動きも取れぬまま僅かな食料も底を尽き、肉体はもう限界を迎えていた。


「……もっと早く出会いたかったです」


 今際いまわきわの兄の目には、もう何も映っていない。

 声だけは微かに耳に届いている。


 ――どうやら最後から二番目の人類は、俺の方だったみたいだぜ……。


 あの世の弟にいい土産話が出来たと、死の瞬間に兄は、口元に微かに笑みを浮かべていた。


 〇〇〇


「ありがとう、名も知らぬお方。あなたのおかげで希望が持てました」


 チューリップハットを被った男性の最期を見届けた女性は、丁寧に男性の遺体を横たわらせてやった。

 出会ってすぐに看取る形にはなってしまったが、自分が最後の人類かもしれないと絶望していた中で出会った生存者の存在は、彼女に大きな希望を与えていた。自分はこの世界に独りぼっちじゃない。根気よく探せばきっと、他にも生存者を見つけられるはずだ。男性との出会いが、女性にそう確信させた。


「ここで出会ったのも縁です。お借りしますね」


 男性の遺体から拝借したチューリップハットを深々と被ると、女性は生存者との出会いを願って、次の町へと旅立った。




 了

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