二番目のプライド。
澤松那函(なはこ)
二番目のプライド。
橙色に染まった
一人は、海藤優子。
一人は、蔵原恭平。
二人が揃うと、最初に口を開くのは優子の役目だった。
「例えばさぁ。テニスのトーナメント戦の二位と三位だと、どっちが嬉しいと思う?」
「なにそれ? なぞなぞ? それともクイズ?」
「私はさ。三位の方が嬉しいと思うんだよね」
「は? 二位の方が順位高いじゃん。順位高い方が嬉しくね?」
「でもさトーナメントだと三位は相手に勝つ事でなれるけど、二位って負ける事によってなるものなんだよ」
「あーなるほど」
「二位はさ、優勝を目の前にして届かなかった敗者なんだよね。逆に三位って三位決定戦っていう戦いを制さないとなれないわけじゃん。だから勝ち取った勝者なんだよ」
「深いな……」
蔵原は、心底感嘆している風だった。
「でしょー」
「で、それがどうしたの?」
「私の人生は、いつも二番目なんだよね。この前のテストだって、学年でもクラスでも二番目」
優子は、自称全てにおいて二番目の女だった。
小学生の頃から学年でもクラスでも二番目の成績。
必ず同じクラスに学年一番が一緒になる。
部活をやっても二番目。
小学生から始めたテニスは、小中高と一貫して県大会二位。
中学二年の時、後にプロデビューした先輩と組んだダブルスでも二番目だった。
優子が足首の怪我で休んだ時、先輩は優子の代理で組んだ一年と二人でとんとん拍子で勝ち進み、最終的に全国大会優勝。
優子には、二度とお誘いが掛からなかった。
「私は、何をやっても二番目になる宿命みたいなんだよねー」
「いいじゃん。二番目なら」
「よくないよ。由香里と一緒のクラスじゃなければクラスでは一番になれるのに」
そう言いつつも朝比奈由香里と優子は、仲が良い。
切磋琢磨する好影響を与え合っているが、効果のほどは由香里の方が大きかった。
「かわいさでも朝比奈さんの方が上だしな」
「蔵原。お前ちょっと屋上行くか?」
「そーりー」
「でもさ。由香里ってめっちゃ努力してるじゃん。勉強もスポーツも」
「うん。してるな」
「だけど私だって努力はしてるよ」
「人一倍な」
「でも努力の量でも私は負けてるんだよね。足りないから結果に出るんだよね。二番目ってさ」
「いいじゃん。二番目でも」
「えー」
「だって他の連中は、二番目にすらなれなかったんだぜ?」
「うわ。ありきたりな説教。次の台詞は、だから二番目を馬鹿にしちゃいけないんだ! とかでしょ?」
「いや。二番目という高みから下々の者を見下せばって」
想定外過ぎた蔵原の答えに、優子は冷笑を送った。
「最低だな」
「そうか? だって二番目になるって一番を目指してる人じゃないとなれないじゃん。最初から二番目でいいやとか三番目でいいって人は、なれないわけじゃん?」
「それもありきたり。ていうか親からさんざん言われてるし」
「でもさ、海藤って一番取らない方がいいんじゃね?」
「は? なんで?」
優子は、語気を僅かに荒げる。
けれど蔵原は、少しも怯まず続けた。
「だってお前、一番取ったらその時点で満足して努力放棄しそうだもん」
何かで一番を取った自分を想像してみる。
今と同じようにしゃかりきにやるだろうか?
「あー」
満足してだらけている姿が容易に思い描ける。
「そういうとこあるかも。確かに」
「つまりお前は、二番目で居続ける事によって今の優秀さが保たれてるんだよ。二番目である事に感謝するべきだ。二番目にプライドを持て」
「プライドねぇ……」
「だからお前は、一生二番手で居ろよ。お前は、全ての頂点に立つより、二番目で四苦八苦してる姿が一番かっこいい」
「それかっこよくなくね?」
「俺は、がむしゃらなのが一番お前らしいと思うから」
「ふーん」
蔵原の言葉は、身も蓋もないが一理ある気がした。
こういう所があるから優子は、蔵原とよく話をするのだろう。
「蔵原って頭の回転速いよね。勉強出来ないくせに」
「出来ないんじゃなくて、やらないだけだし」
「親は、泣いてるでしょ?」
「いや。呆れてる」
「開き直らないで努力しなさいよ……」
「お前を見てたらお腹いっぱいだよ」
「なにそれ? そんなに毎日私を見てんの?」
「うん」
「うわー。ストーカー発言」
「だって俺にとっての一番は、お前だし」
蔵原の頬が桜色に染まっていく。
珍しい反応を暫し楽しんでから優子は、わざとらしくとぼけてみせた。
「……え? なにそれ告白?」
「うん」
「えー。もっとロマンチックなのがいい」
「んな事言われても」
「でもさ。こないだ由香里告白されたんだけどさ、そん時の相手の先輩」
「二年の高橋先輩だっけ? 野球部の」
「そうそう。学校で一番イケメンって言われてる人。由香里がオーケーした瞬間くしゃみして鼻水ずるずるだったんだって」
「そりゃ滑稽ですな」
「あーこういうロマンチックじゃない告白エピソードでも私は由香里に負けるのか」
「……でさ」
「なに?」
「返事は? 俺じゃダメか」
二番目のプライドを持てと言ったくせに、あっさり一番をくれた蔵原の矛盾に優子は、苦笑した。
けれど二番目で居続けたから、頑張る自分を見つめてくれた。
二番目が初めてくれたプレゼント。
「……よろしく。彼氏さん」
二番目であった事にプライドを持ってみよう。
そう思えた放課後だった。
二番目のプライド。 澤松那函(なはこ) @nahakotaro
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