第6話

 「そういうものに憧れる人が沢山いることが、一番摩訶不思議だと思います」視線を前を向いたまま、僕は呟く。

 「さいですか」

 「まあ、僕の中での不思議は、所詮その程度のものですが」

 「自分のことを過小評価したのでは?」

 「適切なる評価は、そもそも奇跡みたいなものです」 

 「貴方の中で、奇跡とは?」

 「可能性が高いでも低いでも、ゼロではないゆえん、どちらにしても有り得ることだと思います。奇跡、或いは神業、そうですね、ゼロに等しいではないかと、よく考えています」この益体のない会話はいつまで続くのかはちょっと気になる。到着する時間を考えれば、ギリギリ間に合うだろう。

 「貴方には信仰というものは、要らないようですね」

 「必要たる理由が見つからないからです」

 にしても、この赤信号、長いな。

 何らかの故障でもあったのかな。

 と、思うところで、バスが再び進行しかじめた。

 「今日は何の映画を観に行くのでしょうか?」

 「それもすでにお見通しなのでは?」

 「どういうジャンルの映画が好きですか?」

 「好きと言えるようなものは、そうそうないかもしれません。面白ければ、何でも良いと思います」

 「では、コメディーが好き、というわけですね」

 「いや、別にホラーだって、面白い作品多々ありますよ」

 「さいですか」

 さっきから車内で感じる振動が異様だ。

 異様、というか、規則的である。

 エンジンの振動が規則的であることは当たり前だが、路面に走る車にとって、道の状況がそのリズムへの影響がずっと大きいである。

 「貴方は、目でものを見るような人間ではないようですね」話題が変わった。

 「目がみえるから、あえてみない人間、と訂正しましょう」

 「たまに窓の外の景色をみても悪きことではないと思いますよ」

 「窓も外もあるなら、ね」自分が言い出したことなのに、意味がわからなくなる。自分が言い出したことからかもしれない。「たとえ見たとしても、変わるもの何一つもないと思います」

 「何もかも変わってゆくなのに?」

 「何もかも変わって行くことが、変わらないのです」

 「なるほど」

 相手は無言になった。

 振動が続く。続ける。

 車窓に差し込む光が異常の速さで変わる。

 やがて視線を窓外へ向ける。

 

 見ることで変わるものはないが、確かめることができる。

 例えば、今自分が乗っているバスはなぜか鉄道に走っていること。

 あと、映画に間に合わないことも。

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不自由は前 自由は左 Story About Freedom 太湖仙貝 @ckd3301

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