第62話
コンコンコンと軽やかなノック音が聞こえてきたのは、夜瑠のベッドにダイブしてから三十分ほど経った後のことだった。
ついに来たか……
勉強道具の出し忘れに気づいた夜瑠だといいんだけど。その可能性は薄い。ていうか突撃シーンを見てしまった以上、あり得ないと言っても過言ではない。
十中八九朝日と真昼のどちらか、あるいは両方だろう。
私は体を起こし、合鍵を使われる前にドアを開けて出迎える。
ドアの前には真昼が立っていた。珍しく近くに朝日の姿はない。
「なに……真昼? 私は用事があるって言ったよね。忙しいんだけど」
「あはは…ごめんね夜瑠ちゃん。ちょっと話したいことがあってさ」
「はぁ…手短に済ませなさいよ。とりあえず中に入りなさい」
「うん、お邪魔しまーす」
記憶の中の夜瑠の口調を極力真似て言うと、真昼は私を夜瑠だと信じたのか。
疑う素振りを見せず本題を切り出した。
「実はさっき夕ちゃんと喧嘩別れしちゃったんだよね」
「そう…喧嘩別れね。って、は?」
喧嘩? え、夜瑠。私の格好で何しでかしてくれてんの?
私のいないところで初めての姉妹喧嘩である。しかも喧嘩しているのが私と真昼っていうね。もう何がなんだか分かんないわ。
「な、何があったのよ」
少し漏れてしまったが、何とか本音を抑えこんだ私はそう尋ねた。
「さっきまで普通に遊んでいたんだけどね。何か夕ちゃんの様子が変だったの」
「へ、変?」
「うん。何か子供っぽい感じがして。それを追求したら怒っちゃった」
あははと苦笑を浮かべる真昼。
ふむ、今の話を大体まとめると。
夜瑠が私らしく演技をしようとして失敗。違和感を真昼に指摘されキレたって感じか?
いやホント何しでかしてくれてんの夜瑠?
早急に仲直りしてもらわないと私が困るんだが。真昼とどう接したらいいか分からなくなるんだが?
とにかく。ここは何とか仲直りをしてもらう方針で真昼の方を説得してみるしかないか。
「真ひーー」
「夜瑠ちゃんは夕ちゃんのことどう思う?」
「はひ?」
話を遮られ、投げつけられた質問に思わず変な声が出た。
え、何その質問。私に私のことをどう思ってるのかって聞くの? 面接かな?
「えーと……そうね。ゴロゴロすることを生きがいにしてる…ように感じてるわ」
「あはは、それ言い過ぎだよ」
あっはっは。本心なんだけどねー。
内心ぼやきながら二人して笑う。
「だけどさー」
「何?」
「いいとこもいっぱいあるよね。普段はだらしないけど。ほら、いざって時は頼りになるし、カッコ良いし」
「そ、そ…そうね…」
唐突の褒め言葉に、私は真昼から目を逸らした。
面と向かって褒められるのは慣れてない。ていうか耐えられない。
「ねぇ、夜瑠ちゃん。夜瑠ちゃんは夕ちゃんのこと好き?」
……もうなんて答えればいいか分かんねーや。…夜瑠も好き勝手やってんだし、もうどうにでもなれ。
「ええ……好きよ」
「じゃあ私のことは?」
「好きよ。勿論朝日も」
「そっか。だよね、夜瑠ちゃんならそう答えると思ってたよ」
うんうん、と頷いた後、真昼は笑みを浮かべながら言った。
「じゃあさ。夜瑠ちゃんは姉妹の中で一番誰を頼りにしてる?」
「真昼よ」
即答だった。
いや、だって朝日と夜瑠は常葉と宵凪って言う劇薬を押し付けてきたし。その点真昼はまだ誰も押し付けてきたことがない。それどころか天城院家に泊まったときも常葉を引きつけておいてくれたし。
真昼の方が一番頼りになるでしょ。
きっと夜瑠もそう思っている、はずだ。多分。
「そっかー……うん、分かった。ありがと夜瑠ちゃん」
「ええ。分かったらさっさと仲直りしなさいよ。姉妹喧嘩してるとこなんて見たくないのよ」
「うん。仲直りしてくるね」
じゃあねーと真昼は去っていった。
話の主導権を握られたときにはどうなることかと思ったが何とか軌道修正できたことにホッと息を漏らす。
それにしても嵐のような奴だったな。
まぁ、過ぎ去ったようで何よりだ。
◇
「で、どうだったの真昼?」
「うん、しっかり夜瑠ちゃんの特徴は捉えれてたと思うよ。仕草もそっくりだったし。よく見られてるね」
「真昼、なんか良いことありました? 顔が少しニヤけてますよ?」
「え、嘘。顔に出てた? いや…ちょっとね。まぁ、とりあえずこれで私の番は終わりだね。次は…朝ちゃんだっけ?」
「えぇ、私が行きます……と言いたいところですが、夜瑠ちゃんが先程から行きたそうにウズウズしてるので一緒に連れて行こうと思います」
「なっ、朝日!?」
「二人まとめてかー…うへぇ…理由考えるの大変だー…」
一人っ子男児の俺が四つ子姉妹の一人になったわけ とはるみな @tohalumina
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