第61話
私は今ある種のピンチを迎えていた。
目の前にいるのはつい先程部屋に戻ってきて、私が準備した服に着替えた夜瑠。
問題はその夜瑠が差し出す手の中。
そこにはたった今夜瑠が脱いだ服があった。
「ーーえ、待て待て。お前嘘だろ。それを私に着ろと?」
「だってしょうがないじゃない。今日の服装は既に二人に見られてるんだから。変えた方が不自然よ」
当然と言うように語る夜瑠に私は頭を悩ませた。軽く頭痛がする。
「いや…でも流石に脱ぎたてを着るのは……抵抗があるんだが」
「別に姉妹なんだからいいでしょ。それに着てそんなに時間は経ってないし」
「そういう問題じゃないだろ……」
「なに、そんなに私の着てた服を着るのがイヤなの?」
「……私は別にいいんだけど。夜瑠は嫌じゃないのか? さっきまで自分が着てた服を相手に着せるのって結構恥ずかしいと思うんだけど」
「い、いいから早く着なさいよ」
あ、やっぱり恥ずかしいんだ。
恥ずかしいなら新しいの出せばいいのに。
顔を赤らめながら、そっぽ向く夜瑠に私は苦笑を零す。
「まぁ夜瑠がいいっていうなら……私はもう何も言わないけどさ。次からはちゃんと新しいやつを出してくれよ」
若干恥ずかしい気持ちはあるが、耐えられないほどではない。
私は大きく溜息を吐くと、夜瑠の服を受け取った。
◇
「いやホントにそっくりね……鏡を見てる気分だわ」
「同意だな」
服を交換し終えた私たちは、互いの姿を見て感嘆した。
いや、これ完全に私だわ。どう見ても私にしか見えない。
なんか変な気分だ。ドッペルゲンガーを見た人はこんな気分になるのだろうか。いや見たら死ぬんだっけ。あんま覚えてない。
まぁどうでもいいか。肝心なのは見分けが付かないってところだ。
流石に姉妹の目を騙せるとは思えなかったが、これならイケるかもしれない。
ところで。
「そう言えば夜瑠って二人にどんな用事があるって言ったんだ?」
「えっ…あ、そうね。アレよアレ……ええと、そう勉強! 勉強するって言ったわ」
「勉強、か。なるほどな」
ベタだがいい案だ。
転がりながらでも出来るし。ベッドの近くに参考書を置いておくだけで、部屋に誰か入ってきたとしてもすぐに勉強しているフリができる。
「了解。じゃあそろそろ夜瑠の部屋に行くわ」
「ご飯前には一度戻ってきなさいよ。流石に親の目を誤魔化すのは厳しいと思うわ」
「分かってるよ、また後で」
私は自分の部屋に別れを告げ、夜瑠の部屋へと向かう。
夜瑠の部屋は私の部屋から然程離れていない。というか右隣だった。
まぁ、一つ一つの部屋が無駄に広い所為で、あまり隣って感覚はしないけど。壁も分厚いから声も聞こえないし。
なんて考えながら夜瑠の部屋に入り、鍵をかける。
あとは勉強道具を持ってベッドに向かえば完璧だ。さて勉強道具は……いやどこだよ。
部屋中を見渡しても勉強道具が見つからない。あるのは児童向けの小説くらい。
え、用意してないの? マジで…?
流石に部屋を漁るのはマナー違反だし……夜瑠に聞きに行くか…。
めんどくさいけど仕方ない。
そう思い、鍵を外し扉を少し開けてーー
私は即座に扉を閉めて鍵をかけた。
「いや、マジかよ」
私の目に映ったのは、私の部屋に入っていく二人の姿だった。
さて、本格的にどうしよう……。
入られた時に勉強道具が無かったら言い訳出来ないし。
……これでいいか…? 一応小説だし、国語の勉強には多少なる…と思うから誤魔化せる……はず。
私は苦渋の末、机に置いてあった小説を手にベッドへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます