2番目の魔法使い

ヒトリシズカ

2番目の魔法使い

むかし、ちいさな国のはしっこの方にちいさな村がありました。


とてもちいさな村でしたが、その村には国で1番偉大で、力の強い、立派な魔法使いと、国で2番目に偉大で、ほどほどに力の強い、まあまあ立派な魔法使いが住んでいました。


ちいさな国は、とてもちいさかったので、魔法使いの数もとても少なく、たった二人しか居ません。

つまり、そのちいさな村に住む二人の魔法使いが、ちいさな国に住む唯一の魔法使いでした。


そういう理由で二人の元には毎日まじないを頼む人や薬を求める人が訪ねてきます。


特に、1番偉大で、力の強い、立派な魔法使いのところはひっきりなしにお客さんが来て、いつも忙しく、大変儲かっていました。その為、弟子もたくさんいます。

トレードマークのとんがり帽子も豪華で、宝石や大きな鳥の羽飾りもついています。指にも大きな宝石のついた指輪をつけて、首元にも揃いの石がついています。靴はいつもぴかぴか輝いています。


対して、2番目の魔法使いのところは一日に多くても十人程度のお客さんしか来ません。

午前に数人、午後に数人のお客さんが来終わるとあとは、ゆったりまったりお茶の時間です。

ほどほどしかお客さんが来ないので、弟子はたった一人の男の子です。

トレードマークのとんがり帽子は先端が少しへたっていました。豪華な宝石や羽飾りは付いてませんが、何年か前に拾ってきた水晶や、畑で収穫した薬草が刺さっています。指には小さな貴石のついた古い指輪が一つ。他に装飾品はなく、靴もいつもと同じ履き古したものでした。


「お師匠さまは、いつものんびりお茶を飲んでいますけど、もっと稼ごうとは思わないのですか?」


2番目の魔法使いの弟子の男の子が、2番目の魔法使いと一緒に庭でお茶を飲みながら尋ねました。

真っ白な口髭にティーカップを埋めながら、2番目の魔法使いはほんのちょっと眉をあげました。


「なんだ、稼いだ方が良いのか?」


「そういうわけではないですが……悔しくはないのですか?」


「悔しいとな?」


男の子は自分の手元にあるカップを見つめます。

ティーカップはとてもきれいな絵柄がついていますが、少々古く、縁がちょっと欠けていました。


「お師匠さまは、本当はとてもすごい魔法使いなんですから、もっとお客さんを増やして贅沢だって出来るはずだと思うんです。それなのに、あんな若い、1番目の魔法使いにお客さんをほとんど取られて……」


欠けた縁を弟子の男の子が、もの言いたげにさすります。弟子の男の子が言わんとすることを理解すると、2番目の魔法使いは長い真っ白な眉毛を八の字に下げました。


「ほっほっ、なあに。このカップもまだまだ使えるぞ?柄も気に入っておるしな」


「じゃあ帽子は?古くなって、とんがり帽子がとんがらなくなっているじゃないですか。羽飾りも宝石もついてないし」


「ほっほっ、とがっておらぬとんがり帽子も味があるじゃろ?確かに羽飾りや宝石はないが、きれいな水晶の原石がついておる」


「宝飾品だって小さな石の指輪一個だけだし」


「私は薬を調合するのに魔石の類を使用せんからな」


全ての問いかけに対して梨の礫の魔法使いに、ちいさな弟子は唇をとがらせます。

その様子を見て、2番目の魔法使いは楽しそうに笑いました。


「そう怒るな。私は常連のお客さんから話を聞くのも好きだし、畑仕事や薬作りをした後にこうやって庭でおまえとのんびりお茶を飲むのが好きなんだ」


穏やかな風が吹いて、2番目の魔法使いの真っ白な眉と口髭が気持ち良さそうにそよぎます。

それを弟子は眩しそうに見つめて、でもすぐに頰をちょっとだけ膨らませるとそっぽを向いてしまいました。


「……お師匠さまが良いなら、別に僕は構わないんですけど」


そんな弟子を2番目の魔法使いはそれは嬉しそうに眺めました。





2番目の魔法使いは、十数年前まではこのちいさな国で1番偉大で、力の強い、立派な魔法使いでした。


そんな偉大な魔法使いのところには毎日たくさんのお客さんが、まじないや薬を求めてやって来ました。


朝も、昼も、夜も。

毎日毎日たくさんの薬を調合し、さまざまなまじないをせがまれ、魔法使いの真っ黒だった自慢の髪は忙しさで真っ白になってしまいました。


それでも仕事を減らそうとしない魔法使いに、たった一人だけいた弟子の男の子が言いました。



「俺、いつかお師匠さまと同じくらいすごい魔法使いになってみせるから。そしたらほどほどにお客さん相手して、のんびりお茶でも飲んでてください」



真っ直ぐな眼差しで宣言した弟子は、物凄い勢いで薬の調合やまじないを覚えていきました。


それから十数年後。ちいさな国で1番偉大な魔法使いは、2番目の魔法使いへと変わりました。




2番目の魔法使いは懐かしそうにカップを撫ぜました。



先端が折れ曲がったとんがり帽子は、1番目の弟子が箒から落ちて魔法使いの頭上に落ちてきたときのもの。


そのとんがり帽子についている水晶の原石は、2番目の弟子がはじめてお使いで拾ってきたもの。


古いティーカップは1番目の弟子がはじめてとったお客さんから頂いた代金で買ってくれたもので、ほんのちょっと欠けた縁は2番目の弟子がぶつけて出来てしまったもの。


どれもこれも大切なもの。


「そういえばお師匠さま。いつもの荷物が梟便で届いてましたよ。相変わらず、差出人らしいちゃんとした名前はありませんでしたけど」


思い出したように弟子の男の子——2番目の弟子が伝えると、2番目の魔法使いは嬉しそうに頷きました。


「ほっほっ、そうか。そろそろ茶葉が切れそうだったから、助かった」


ゆっくり立ち上がり、弟子の頭をひと撫ですると届いた小包みを解きました。中には優しい香りの茶葉と、短いメッセージが入っています。


『貴方の1番目の弟子より』


2番目の魔法使いは目を細めて口髭を微かに揺らしました。



心配症で頑張り過ぎる1番目の弟子と、なんやかんや言いながらも優しい2番目の弟子。



「ああ、私は幸せ者だ。だからこそ私は2番目の魔法使いなんだ」



魔法使いの真っ白な眉と口髭が幸せそうに揺れました。

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