第6話

 次の日の昼休み。本校舎四階にある、1年D組に足を運んだ。

「さて、調査して行きたいのだけれども」

 ここには栗花落先輩と來実がいる。学校でも1、2を争うタイプの違う美少女が、ちょっと前まで接点すらなかったであろう二人が、不自然にも一年棟に会しているのだ。当然、人目を引く。

「あたしったら有名人だものね。とーぜんよ」

「それが仇になっちゃしょうがないだろ」

 本来なら、遠くからこっそり見守る形で状況を見定めて行きたかった。こうなる前に予測すべきだったと肩を落とす。

「依頼者の山下さんは、、、あそこね。その前の彼女の話を興味なさそうに聞いている金髪の彼女がターゲットね」

 周りに人がいるため、あえてという言葉を避けターゲットと明言したのだろう。誰かに聞かれてしまっては騒ぎになる。

 ターゲットの名は神楽坂かぐらざかみやびである。彼女に関する情報は依頼を受けるといった昨日、例の調査書とやらに記入されていた。

「ターゲットって何よ?」

 察しの悪い馬鹿は、この際放っておこう。

 神楽坂雅、性別女、年齢16歳、家族構成は母と弟3人の母子家庭、この学校には推薦で入ってきたらしくそれなりに優秀な部類である。前の学校ではそれなりにやんちゃだったらしいが、今回の件とは関係ないだろう。実際に彼女を見てみると、スカート丈も校則より短く、髪も金色に染めている。中学でやんちゃしてたと聞いても頷ける話である。

「そうですね、ここから見る限り山下さんが一方的に話しかけている風に見えますね」

 携帯をいじりながら、聞いてるんだな聞いてないんだかわからない返答を返し続けている神楽坂雅。

「その周りは、、、5人ほどの女子集団がいるわね。左からA子、B子、C子、D子、E子ね。覚えたわ」

「いや、覚える気ないからその呼び名なんですよね」

 一応、彼女たちの名前も調査書に書いてあったはずなんですが、、、昨日、僕達に説明してくれましたし。

「あら失礼ね。あ、C子が山本さん達に近づいていったわよ」

「先輩、あれはA子です」

 ダメだ、覚えてないし覚える気もない。

 A子あらため、つり目の性格キツそうな女子が二人のいる席へと近づいていった。

「ちょっと、いいかしら」

「何」

 携帯の画面から目を離さずに答えた。

「今日の昼ごはん、まだ届いてないんだけど」

「自分で買えば?」

「あっそ、

 圧倒的優越を含んだ笑み。神楽坂雅は小さく舌打ち、席を立つと教室を後にした。

「なるほど、何かわけがありそうね」

 いじめの発端となるものがA子の優位性を保っているなら、それを崩すなにかを罰にすれば解決する。ここは是が非でも知る必要がある。

「教室出ていっちゃったけど?」

「追って話を聞いてみましょう」

 僕たち3人も彼女の後を追った。


「神楽坂雅さん。ちょっといいかしら」

「何ですか?今忙しいんですが」

「お時間は取らせないわ。なんなら、パシリ代をこちらで持つわ」

 パシリという言葉に反応し、訝るように栗花落先輩をみた後、ふっと息をこぼした。

「じゃあ、五分だけ」

「ええ、ありがとう。では、來実さん、あなた代わりに5人分のお昼を買ってきなさい。お代は私が払うから」

「えぇ!?なんで私?」

 五分という時間で効率的に動くには一人が犠牲になるしかない。一番ダメな子來実に白羽の矢が立つのは言わば必然のことであった。

「残念ね來実さん。ここからは大人の世界よ」

 可愛く微笑む栗花落先輩と、とぼとぼと「私、大人だし、、、」と寂しげな來実の背中に多少の同情を覚えながらも、限られた時間であることを思い出し、神楽坂雅に向き直る。

「んで、聞きたいことってなんですか?」

「雅さん、いじめられてるわね?」

 おっと、栗花落柊という人間は前置きとか、お世辞とか、世の中を渡り合っていくための潤滑油とも言える常識が通用しない、が、神楽坂雅の反応は淡白なものであった。

「そうだけど、なに?」

「なに、とはまるで他人事のような反応をするのね。あなたにいじめられて悔しいとか、苦しいとか、そういった感情はないのかしら?」

 一瞬の間の後。

「ないよ」

 ダウト、嘘である。不慣れな敬語を使ってかろうじて先輩への敬いを保っていたのが、化けの皮が剥がれたようにぶっきら棒な口調へと変わっている。栗花落先輩は気にしていないようだが、気づいてはいるようだ。

「そう、ならいいわ。呼び止めてしまってごめんなさい」

 これ以上の追求は得策ではないと判断したようだ。栗花落先輩がそう言うと、神楽坂雅は身を翻した。

「あんたらに余計なこと言ったのは智代でしょ。だったら、あいつに言っといて、「もう近づいてくんな」って」

 目の前に來実がいるのを確認すると、彼女からビニール袋をひったくり、そのまま去っていった。

「ちょっと!何よあいつ!人が心配してきてやってるのに、あの言い方!うきぃーーームカツクゥゥ!」

「落ち着きなさい和泉さん。そもそも私は心配してるわけではないわ。これは仕事だもの」

「ドライですね、先輩は」

 彼女の徹底した客観的視点には、人間味の薄さすら感じる。

「ま、彼女の人となりも確認できたし調査継続ね」

「最悪な人だったわねっ」

「いやいや、アレは俗に言う〝ツンデレ〟ってやつだろ」

 特に最後の言葉。完全に山下さんを庇ってたよなぁ、、、

「〝ツンデレ〟はともかく、山下さんを気遣う気持ちは見て取れたわね」

「え?そうなの?あたしはそうは思えなかったけど、、、」

「あのな、來実。いじめってのは伝染するんだよ。それも近しい人から順にターゲットになっていくわけ」

 彼女のようにいじめなど教室の暗部に天然で気づかないものなど稀有な存在である。それなりの規模のクラスを抜けてきたもの達ならば、一定の理解はあるはずだ。

「そうね、多少誇張はあるけれど概ね有仁くんの言う通りだわ」


《キーンコーンカーンコーン、、、キーンコーンカーンコーン、、、》


「あ!やっばぁい!次の時間現国じゃん!!漢字の宿題やってなぁい!!」


 明日の放課後にまた集まる約束をして、各々自分のクラスに戻っていった。

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瞬きで零れ落ちる涙。 茶々 @chacha00

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