友のため、とは?

第5話

 遠くでホイッスルの音が聞こえる。今、少し肌寒いのは昼間に降った雨のせいだろう。

「あ、あの私。山下智代やましたともよって言います」

 人によっては気が弱いと感じるかもしれない。だが、山下さんがたじろぐのも隣にいる黒髪の先輩が、さっきにも似た雰囲気を出しているためである。先輩の気持ちは分からなくもないが、もう少し大人な対応ができないものだろうか。

 依頼者の性別は女、タイの色は赤のため、学年は一年生に間違いない。若干生じた空白の時間によって自己紹介をスルーされたと思ったらしい。「あのぉ」、「えっとぉ」と手をワナワナさせながら、おどおどしている。

「山下さんね。三年の栗花落です」

「一年の空閑です」

「もちろんあたしのことは知ってるわね!同じく一年の和泉來実よ!」

 3人が挨拶を終えると、彼女は安堵の表情を浮かべた。

「あぁ、よかったぁ。なんか、変な手紙が来てあなたの悩みをどうにかしてくれるっていうから来てみたんですけど。なんか怒ってらっしゃるようだったから」

「あら、怒ってるなんてとんでもないわ。ただ、あなたが余計な考えを起こさなければ私がこうやってわけのわからないことに付き合わされる事もなかったのに、と憂いてるだけよ」

 それを怒ってるって言うんでしょ、とは言えない。さらに顔を青くさせている山下さんには申し訳ないが、触らぬ神に祟りなし。昨日今日と僕が学んだ栗花落先輩との接し方である。

「ちょっと、栗花落柊!そんな言い方したら可哀想でしょ。気にしないでいいのよ智代ちゃん。この女が怒っているように見えるのはいつものことなんだから」

 來実の神に手垢をつけるがごとき物言いに、視線の稲妻が襲う。「ひっ!」っと小さい悲鳴が二つ聞こえたが、これ以上は非効率だと考えたのだろう。本題を切り出したのは栗花落先輩からであった。

「さぁ、本題に入りましょうか」

 とその前に。

「ちょっと冷えてきましたし、モノ研の部室でお話を聞きませんか?」

 そう言った僕の提案に、否の声は上がらなかった。



「さて、依頼について聞きましょうか」

 屋上からここまで、言葉を喋ったのは來実だけ。俺含め後の3人は、三者三様、それぞれ様子の違いはあったが黙り込んでいた。

「は、はい。実は私の友達がいじめにあっていて、、、その、いじめてる子を懲らしめてほしいんです」

 なるほど、目の前の子が復讐に燃える子であったならば、今頃世界は路上に瓦礫が転がる世紀末なものへと変わり果てているはずだ。

「具体的にいじめってどんなことされてるの?あたし、友達をいじったりだとか、いじられたりとか、そうゆうのはよくあるよ」

 あぁ、不毛な意見だ。何故なら、いじめといじりの境界線は水面下では判断できない問題であるからだ。表面に出てきて、人の目に触れて、初めて多数決という数の暴力に晒され、そのボコボコになった体では抗いがたいベルトコンベアーのように機械的なに流されて、その果てに〝罰〟を与えられる。つまり、いじりとはいじめで、いじめとはいじりであるのだ。

「クラスで無視されたり、教科書が破り取られてたり、匿名で死ねってメールが送られてきたり、グループLINEから突然退会させられたり、、、その他にもいろいろあって。複数の人数でやられてるみたいなんです。クラスのみんなもだんまりで、、、」

「あー、それはやり過ぎだよ。うん、いじめだね」

 ほら、これを言われたら〝いじめ〟と判断するしかない。來実の同意も多数派の一票でしかないのだ。

「話を聞く限りでは、少し行き過ぎた部分もあるようね。それで、貴方はいじめている人たちにどのような〝罰〟を与えたいのですか?」

 山下さんは俯いて、意を決したように言い出した。

「〝いじめている人たちに、彼女と同等の苦しみを〟」

 頬を染め、泣き出しそうな顔で、でも声色ははっきりしていた。

「それを?」

 敢えてという言葉を使った。名も知らない、でも渦中の人物を指していることはこの場の皆がわかっていた。

「わからない、です、、、でも、わたしには何も出来なくて、もう見てられなくて。だから、少しでも楽にしてあげたいんです」

「それが、ただのエゴだとしても?」

 きっと、これが山下智代という人物を穿つ言葉なのだ。ここにいるのがではなく、山下さんであることが、紛れもなく答えであるはずだ。


「はい」


 望ましい答えが、望まれた答えであるとは限らないのだ。


「そう、なら貴方の依頼。確かに受け取ったわ」


 依頼を受けた。その事実だけが栗花落先輩にとって重要であるのだと、彼女の顔が物語っていた。


「では、失礼します」


 すっと立ち上がった彼女は、そのまま逃げるように帰っていった。


「この学校に限って、いじめなんて絶対ないと思ってたのにーー。マジびっくり」

「頭のたりない人たちが集まっているのが学校という場所なのよ。当たり前じゃない」

「うわ、酷く捻くれた意見ですね」

「そんなことないわ。客観的意見を述べたに過ぎないもの」

 彼女ほど冷笑が似合う女性はいない。

「では、早速罰を書いてしまいましょうか」

 そう言ってペンを持った栗花落先輩の手を、來実が止めた。

「まずは、調査してみなきゃ始まらないでしょ!〝魔女規約〟にもあったじゃん。一つ、正当な罰を与えることって」

 來実の言う通り、罰に対して慎重になることは悪いことではないはずだ。

「確かにそうね。では、先1週間を調査期間として情報収集に努めましょうか」

 こうして初依頼についての段取りは決まったのであった。

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