KAC2 The Magician
神崎赤珊瑚
The Magician
太陽系辺境区第二艦隊、天王星に駐留する艦隊は、惑星名を関した旗艦、超弩級戦艦『ウラヌス』、主要衛星の名を関した五隻の主力戦艦、『エアリアル』、『アンブリエル』、『ティターニア』、『オベロン』、『ミランダ』ほか総勢二千に及ぶ艦艇で構成されていた。
戦力としては極めて厚い――と、言うのはあくまで表向きの話で、実情はもう少し微妙な話であった。
太陽系軍内の序列として、太陽系の最も外側に位置する海王星に駐留する太陽系辺境第一艦隊こそが最新鋭で最強の艦隊であり、天王星の第二艦隊には海王星の第一艦隊で使い古して性能も一線級から外れた艦艇が配備される。実際、天王星艦隊旗艦ウラヌスも、一代前の海王星艦隊旗艦ネプチューンを名称変更して再配備したものであった。
口の悪い軍事マニアなど
人員の流れも似たようなもので、エリート組や現場の叩き上げも、優秀とみなされれば海王星艦隊へと配置され、地球火星金星の内惑星勤務と往復しながらキャリアを積んでいく。一方の天王星艦隊は、上層部は明らかに出世コースから外れた人間で占められている。成員として奇人変人や出世の意欲ないもの、能力に乏しいもの等も多く抱えており、組織としてはやはり二線級と言えてしまう状況だった。
とはいえ、太陽系外をにらみ続けるばかりで実戦の機会殆ど無く、新鋭軍事技術の研究開発が事実上の主任務となっている
「あー。大打撃っすね」
あろうことかあっけらかんと、連絡士官のペール
あー、言われるまでもなく大打撃だ。大損害だ。大敗北だ。
私の責任問題だよ!
私は、言葉に出すことはなんとか自重したものの、苛立ちを隠せない。態度にはもろ出ているだろうし、実際、空気を読めない読まない関係ないと天王星全域に知れ渡っている問題児のペールⅢくらいしか先程から近寄ってこない。通信士官とは、ある種のテレパス能力者で遅滞なく宇宙空間で情報をやりとり出来る極めて稀少な才能であるため、人格面では相当レベルでユニークであっても運用せざるを得ないのだ。
私が統括する、太陽系第二艦隊第二十二任務部隊、知られた通称だと天王星艦隊二二二部隊は、
「で。どうするんスか。
二十九歳と若くして任務部隊の指揮官を任ぜられた天才の喜多さんとしては」
イラッとする。
ナマの年齢言われたのにイラッとして、若くしてもイラッときたし、天才もイラッときたし、名前呼びにもイラッとした。
で、悪気のたぐいは一切ないのがまー一番イラッとする。艦隊が打撃受けて素直に慨嘆しただけだろうし、若くて天才指揮官(と思い込んでいる)の采配を素直に期待しているだけなのだこいつは。
「片倉大佐とお呼び」
女王様のような物言いになってしまったが、こういう言い方をするのが
片倉喜多。それが私の名前である。
幼い時分は神童や天才と呼ばれたこともあったが、それも士官学校に入るまでのことだった。そこで化物じみた本物の天才と出会ったことで、私はあらゆる局面で引き立て役の人生を送ることになってしまった。
海王星艦隊で勤務している、あいつのことを思い浮かべている。
すべての科目で彼の次席が定位置となり、士官学校の卒業席次も二位、わたしが二十代での大佐という極めて稀少な昇進を果たした時も、彼は既に准将であり宇宙軍史上初の二十代での将官であった。
見た目は平凡な印象の青年で、嫌味なところがまったくない。そのせいか、いつも頭を抑えられるような形になっているにも関わらず、悪い印象はまったくなかった。
彼は、間違いなく宇宙軍始まって以来の天才で、
いつしか、私も、彼ならどうするか、ばかりを考えて行動するようになっていた。
息を整え、いらだちを抑える。可能な限り落ち着いた口調で、
「必要なのは情報だね。
うちの部隊の損害と、現時点で得られている
必要だったら拠点基地の超電脳使って解析してもいい。私から基地司令に話通しておくから」
情報の精査や、状況の急変に備えた細かい指示を艦橋内の各部署に飛ばし、私は一応の冷静さを取り戻し、しばし黙考する。
手持ち無沙汰そうに何か余計なことを言いたげなペールⅢが視界の端に入ったが、とりあえず見なかったことにした。
上がってきた状況レポートは、想像していたより悪い情報が多かった。
「いやー、ひっどいねー」
「黙りなさい」
空気を読まない
「われわれが対峙しているのは、天王星の軌道近辺を漂流する未知文明の自動機械であり。
その漂流自動機械は、ほぼ直径一キロメートル程度の大きさでありながら、強力な防衛機能と反撃機能を備えており。
我々の攻撃は一切通じず、向こうの攻撃で艦艇百隻のうち半分を失った」
口にしてみると顔を覆いたくなるような大惨事であった。
これでも、人的被害が一切出ていないのが救いだった。
現在の駆逐艦以下の宇宙艦艇は基本無人操縦である。
天王星艦隊二二二部隊も、指揮艦の重巡洋艦『ロザリンド』と軽空母『パック』以外の百隻あまりの駆逐艦を中心とした艦艇は、全て無人である。
「人が死んでない! ラッキー!」
それについてはたしかにそう。そのとおりなんだけど。ね。
「あの自動機械の防御システムが空間断層システムだというのは本当?」
「あれは我々が海王星で研究中のものとは多少原理は異なるようですが、空間を切り裂いて断層により攻撃の到達そのものを防いでいるのは間違いなようです」
既にレポートに記されている内容であるが、情報士官の誰かがしっかりと答えてくれた。
外宇宙の飛来者か、超古代文明の忘れ形見か、どちらかは判断はつかないが、どっちにせよ、あの自動機械は、技術で我々の先を行く存在の手によるものであることは間違いないようである。
「あの自動機械、
こちらから攻撃しなければ反撃をしてこない、
というルール。これ自体はそこまで難題でもないよねえ」
あとはだ。
「一番目の対策。海王星艦隊の打撃艦を呼び、最新鋭の空間断層兵器で無力化してもらう。それまで私たちは送り狼で逃さないように見張り続ける。自動機械の防御システムは、より広範囲でまるごと空間を切り裂いてしまえれば打ち破る見込みは充分あるらしい。
二番目の対策。我々が我々だけで、手持ちのカードだけで、なんとか工夫して撃破する。なるべくやりたくないし、力押しは既に一度失敗している」
どっちを取るかなのだけれども。
判断には最後のピースが必要だった。
「計算出ました。
片倉指揮官の見込みどおり、あの自動機械は、内惑星帯、とりわけ地球へ向かっています。
そして、海王星から艦が到着する頃には木星軌道近くまで進んでしまっています」
私の直感的には、そうだったのだけれども、やっぱりそうだった。
これはまずい、と思う。
いくら攻撃されなければ反撃をしてこないとはいえ、アレだけの能力を持った目的が一切不明の兵器を、それなりの相対速度で内惑星帯に突入させてしまうリスクは、人類は取れないだろう。
また、最新兵器の空間断層兵器も、超高密度エネルギーで空間を切り裂く以上、人類が居住する惑星近くでは発動されられない。重力場の歪みが伝搬して惑星の居住環境へ多大な影響を発生させてしまうのだ。木星近くだと宇宙軍本部を飛び越えて太陽系政府から許可が出るまい。
「仕方ない。やりたくない。やりたくないけど。
二番目の対策、我々がなんとかするしかないね」
多分、そう時間をおかずに軍司令部より正式な命令も下るだろう。
「やるの?」
脳天気にペールⅢが聞く。
「やるよ」
「こっちの攻撃効かないよ」
「うん。知ってる」
「こっちの防御も効かないよ」
「それも知ってる」
「それでもやるの?」
「うん、やるしかない」
胃に鉛を飲み込んだかのように重く感じる。
どうしたらいい。
失敗すれば、叱責だけでは済まない。
人類に、致命的な災いとなる可能性すらある。
あの天才の魔法使いのようなあいつなら、誰も犠牲にせず、なんなら謎の超文明の技術すら手に入れる幸運すら得て、事態を収拾出来るのだろう。
しかし、私はそうではない。多少優秀な部類に入るのでは、といううぬぼれもないではないが、それでも間違いなく凡人のたぐいだ。
「あいつなら、こういう場合はどうするのかな」
ふと漏れ出た弱音を、あの相も変わらず空気を読まない男が拾いにくる。
「あいつって?」
「わたしの同期。海王星にいる」
「じゃあ、どうしようもないじゃん。今ここいる喜多さんがなんとかしなきゃ」
こいつは、また無造作に名前呼びしやがった。
さっき言ったことさっぱり覚えてないなこいつ。
「片倉大佐とお呼び」
私は、それでも少し笑ってしまった。
凝り固まって止まっていた思考がゆっくりと巡り始める。
わかってはいるんだ。彼ならどうするか、ではない。私がどうするか、だ。
凡人は、出来ること、やれることを、地道に積み上げていくしかない。
「人が死んでないよ!」
「ああ、人は死んでないね」
そうなのだ。
天王星基地の
まずそこからだ。
よく聞いて、よく考えて、凡人なりに積み上げていこう。
結論から言えば、天王星艦隊二二二部隊は、約八十八時間後に、追加の犠牲を払うことなく、謎の漂流する自動機械の
KAC2 The Magician 神崎赤珊瑚 @coralhowling
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