森で迷って逃走のち池

快亭木魚

ミチヨシ、道に迷う

ミチヨシは道に迷っていた。


ああ、なんて情けないことだ。夜道で自分の進むべき方向が分からなくなるなんて。


ミチヨシは自分の無能ぶりを恥じた。しかし、無理もない。ミチヨシは夜の森に迷い込んでいたのだ。磁石もない。携帯はつながらない。夜の森は不気味で歩けども歩けども、人がいる場所に到達しない。


「ああ、なんてことだ。夜の道に迷うなんて。俺はここで死ぬのか。朝にパンを食べたが昼から森で迷い、ずっと空腹だ。俺はこの森の中でのたれ死んでしまうのか」


ミチヨシは悲しくなる。


森の中は不気味な静けさだ。寒い。


もうすぐ春になるはずなのに、まだ肌寒いのもミチヨシにとってつらい状況だ。


「だいたいおかしいだろう。俺は新宿御苑に散歩に来ていたはずなんだ。新宿御苑は都会の中心にある大きな公園だ。たしかに森のように木々が生えているが、ここまでビルも見えないほどの森ではなかったはずだ。いつの間にか俺は謎の森に迷い込んでいるんだ。この超常現象に対し、俺はどうすればいいのだろう?」


ミチヨシは途方に暮れながら森の中を歩き続ける。


ガサ。


静寂を引き裂くように唐突に物音が聞こえてきた。


ガサガサ。


何かが動く音が背後から聞こえる。


ミチヨシはおそるおそる背後を振り返った。


森の暗闇の中、うごめく物体が見える。


四つ足で動いているように見えるその物体がヒタヒタとこちらに近づいてくる状況にミチヨシは怯えていた。


「何だ?動物か?」


ミチヨシは暗闇の中、息を殺しながらじっと目を見開く。謎の生物の正体を見極めるなければ。


月明かりの照らされ、四つ足の生物の毛並みが見える。この生物は…狼だ!


狼は突然雄叫びをあげた。


ミチヨシは本能的に恐怖を感じ、一目散に逃げ出した。


森の中を懸命に走るミチヨシ。背後を確認すると、狼が追ってくるではないか!


「やばい!狼に食い殺される!」


恐怖のあまり、ミチヨシは混乱していた。どこをどう走っているのかもよく分からない。とにかく無我夢中で逃走した。


走って逃げる途中、前方の茂みの中からもう一体の狼が現れた。狼は非常に大きく、体長3メートルはあるかのように見える。




もう一体の狼もミチヨシに向かって突進してきた。




ミチヨシは間一髪で狼をよけて、なおも森の中を疾走する。




やがて月明りがよく見える場所にたどり着いたミチヨシ。




木の枝に大きなフクロウがとまっているのが見えた。フクロウも2メートルはあるかのように見えるほど大きい。よく木の枝にとまっていられるものだ。




走りながらフクロウを見たミチヨシは、フクロウと目があったように感じた。




突然、フクロウが大きな翼を広げて飛び立つ。




なぜか分からないが、ミチヨシはこのフクロウが飛ぶ方向へ走ろうと決意する。フクロウに導かれるままミチヨシは走り続けた。




やがて、背後から追ってきていた狼はいなくなった。どうやらうまくまいたようだ。




フクロウに導かれるまま息を切らしてミチヨシは走っていたが、疲労でついに足が止まる。




とぼとぼと歩きながら森の上空を飛ぶフクロウを眺めていると、やがて池にたどり着いた。




森の中にたたずむ池は月明りに照らされ神秘的な雰囲気を漂わせている。




池のほとりには孔雀がいた。真っ赤な羽を大きく広げている。




「赤い羽根の孔雀ははじめて見るな。おお、フクロウが飛んできた」




フクロウは池のそばにある大きな木の枝にとまり、ミチヨシを見下ろす。




フクロウはおもむろに口を開き、しゃべりだした。




「人間よ、申し訳なかった。私は池のフクロウだ」




フクロウがしゃべりだし、ミチヨシは驚きを隠せない。




「なんということだ。動物がしゃべるとは」




「我々は普通の動物ではない。山手を護る仙人『山手仙』だ」




「ええー!ヤマノテセン?電車の?」




「山手線の名称は、我々山手仙からきているのだ。私は池袋を守る池のフクロウ。池袋駅周辺にはフクロウの像がたくさんあるだろう。あれは私をまつっている名残だ」




「ええ!マジかー。じゃあ、赤い羽根の孔雀も仙人なの?」




「そうだ。深紅の孔雀は新宿を護っている。新宿は元々シンジャクと呼ばれていたのだ。今は当て字だがな。新宿のネオンはやたらと派手だろう?あれは深紅の孔雀をイメージしているのだ。かつて、きらびやかな孔雀をまつる風習があり、その名残だ。君は新宿御苑で道に迷い、この森にたどり着いた。申し訳ない。新宿を護る孔雀が、私の池まで遊びに来てくれていたのだ。そこで微妙に時空がゆがんでしまい、たまたま君が迷い込んでしまった」




「え、この森はどこなの?」




「この森は山手仙が住み人間を見護る場所、ヤマノメだ。山に目と書く」




「うわーフクロウさん詳しいわー。さすが池袋護ってるだけあるわー。ええ、じゃあひょっとして追いかけてきた狼も仙人?めっちゃ怖かったけど」




「そうだ。狼のつがいだ。大塚を護っている。もともと大塚は狼塚と書いたのだ。彼らは君を襲おうとしていたのではない。君がここから元の世界に戻れるように導いていたのだ」




「ええー。なら早く言ってよ。俺、怖くて滅茶苦茶走ったから」




「さあ、私について来なさい。元の世界への道を案内しよう」




フクロウが飛び立ち、道を示してくれる。ミチヨシは池にいた孔雀に別れを告げ、フクロウのあとをついて行った。




こうして、ミチヨシはフクロウに導かれて道を踏み外すことなく、もといた道に戻ることができたのである。




森を抜けると、いつのまにやら、もといた新宿御苑に戻っていたミチヨシ。フクロウの姿も見えなくなっていた。




すっかり夜だ。あわてて新宿御苑の正門に行くと警備員に注意された。




「もう閉園時間をとっくに過ぎてますよ!」




「ああ、すんません。フクロウのおかげで戻ってくることができました」




ミチヨシはとっさにこう口走る。警備員に呆れた顔をされるのは致し方ない。




元いた世界に戻ることができて、ミチヨシはほっとした。




この出来事以来、ミチヨシは池袋でフクロウの像を見つけるたびに感謝して手を合わせるようになったのである。




(終)

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