フクロウはトリニタイトの光を見る
湫川 仰角
フクロウはトリニタイトの光を見る
◇
世界はくりくりとしたガラス玉で出来ていた。
溶かしたようにツルツルで、磨いたようにピカピカだ。どれもが緑色に輝いているのは、きっと森の緑を真似したからだと思う。
お母さんに聞いてみたら、そのガラス玉は建物と呼ぶらしい。大人たちはあまり近づこうとしないけど、たくさんの建物と森が一緒に生きている様子を、僕は気に入っていた。
空に輝く大きな光。あれは太陽というらしい。
お父さんに聞いてみたら、昔々に大きな太陽が何個も現れて、世界を大きく変えたのだって。だから太陽の光も雨も雪も、長く当たっちゃいけないとうるさく言われた。僕たちが地下に住んでいることもそれと関係していると教わった。
建物や世界のことをなんでも知っていて、お父さんもお母さんも物知りだ。
でも、なんだか今日は顔が怖い。僕もそろそろ子供を持つ時期だからかもしれない。この前子供を産んだ友達の女の子に聞くと、最初に何か痛いことをされるらしい。
注射とか言ってたっけ。痛いのは嫌だな。
よくわからないけど、大人たちの話では、僕たちは何かに変わらなければいけないらしい。
本当に大人たちは物知りだ。
◆
人類は偉大な存在に成り果てた。
抑止の効かなくなった争いは、行き着くところまで行ってしまったということだ。血で血を洗い、火で火を消そうとした。どうやら偉大な存在たる我らが賢者たちは、火と火を合わせるとより大きな炎になることを知らなかったようだ。
結果、人類は抑止力であるはずの兵器を気前よく使い切り、途轍もない熱量にあらゆる構造物がガラス化した。やがては地球という惑星の大気組成まで変容させ、生物相すら変えてみせた。
すっかり少なくなった後の者たちは咽び泣いた。
賢者たちの恵みのおかげで、私たちは強い紫外線に抗えず、酸性雨に曝された動植物を食べ着実に体が蝕まれているのだから。
日中は外に出られず、夜な夜な穴ぐらから這い出ては野ネズミや木の実を探す。
暗闇に目は慣れず、寒さに震えながら耳をそばだて、ガラス化したアスファルトを這いつくばる日々。
人類はモグラと化したと誰かが言った。その言葉をきっかけに、倫理観すら限界を迎えた。
一刻も早く、環境に適応しなければならない。
人類は自らを遺伝子操作し、環境に適応する形質の獲得を選んだ。
強烈な紫外線と酸性雨から肌を守るため、極寒の夜に耐え忍ぶため、体は羽毛で覆われよう。
夜目が効くよう眼球を更に大きく進化させ、少しの物音も聞き逃さぬよう聴覚も研ぎ澄ませよう。
野ネズミやモグラを獲るためには、音もなく近づき、手早く仕留めるどう猛な気質が必要だ。凶暴性は増すだろうが、背に腹は変えられない。
世代交代を早回し、後の世代に真の恵みを与えよう。
遠からず、人類は形を変えることになるだろう。しかしそれは、それこそが、生き残るための起死回生の切り札となる。
そうだ、フクロウなんかがぴったりだ。モグラになんてなるものか。今はまだ地を這おう、生き汚く泥を啜ろう。だがいつか、我々は再び賢者となろう。
さぁ、おいで子供たち。
これは君たちの子供を強くするための薬だ。
フクロウはトリニタイトの光を見る 湫川 仰角 @gyoukaku37do
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