木のお爺さん

リュウ

木のお爺さん

 それは、人里離れた森の中だった。

 一頭のクマが古い大きな樹に背中を擦り付けていた。

「いやぁ、木の爺さんよ、お前の木肌が実に心地よい。ありがとう」

「どうしたクマさん、気持ち悪いな。今までそんなこと言ったことはないじゃないか」

 クマは木の爺さんを見上げた。

 広い青い空に広がる立派な枝をみて、惚れ惚れしていた。

 クマは、急に頭を垂れて、木の爺さんに話始めた。

「爺さん、子どもの頃から遊んでくれてありがとう。

 実は、カラスから訊いた話だが、ここに人間が来る」

「人間?それは、大変じゃな。クマさん」

「人間は、恐ろしい。私がここまで生きてられたのは、人間を避けてきたからだ」

「大変じゃな」

 木の爺さんは、気の毒そうに言った。

「爺さん、違うんだ。私に気を使ってくれるな。私は、峯や谷を転々と移動していくだけだ。

 心配しているのは、爺さん、あんたのことだ」

「私のことか?」

「ここに人間が自分たちが通るための林道を作るのだ。

 人間は、木のじいさんたちが用意してくれたケモノ道だけじゃ、満足しない。

 ここら辺、一帯は、木は倒され、根までもほじくられ、硬い地面にされてしまうのだ」

「それじゃ、鳥や動物たちも困るじゃろ」

「困るだけじゃない。人間は、自動車という私の身体の何倍もあるモノに乗ってくる。

 それが、ヘビやタヌキやシカまでも、轢いて殺してしまうのだ。

 許せないのは、轢いた動物たちを食べないのだ」

「人間は、そう生き物らしいな。昔は、そんなことは無かったのだが」

「林道っていうのは、地面が硬くなって、雑草も生えない」

 木のじいさんは、一生懸命に説明してくれるクマが、ありがたかった。

 あんな小さかったクマが、こんなに素晴らしいクマに育ったことを知ると誇らしかった。

 クマは、話を続けた。

「この前、人間が来ただろう?」

「ああ、何人か来たな。気に長いヒモをくくり付けていった。

 それと木一本一本にピンクや緑色のピラピラしたモノを張りつけていった」

「それは、人間が付けた印だ。取り除く木のだ」

「そううか、倒されたしまうのか。クマさんよ、私の後ろを見てくれないか」

 クマは、きのじいさんの後ろに回ってみた。

 ピンクのピラピラが、貼られていた。

 それを見たクマは、何とも言えなくなり、ただ頭を下げて小さな声で言った。

「じいさん、貼られているよ」

 少し時間を空けて、木のじいさんは答えた。

「クマさんよ、教えてくれてありがとう、貴方と出会えてとてもよかったよ。さあ、行きなさい」

「それじゃ、爺さん」とクマは、振り向かないで森の中に消えていった。


 木の爺さんは、本当に林道が作られるのか確認するために、連絡をした。

 連絡は、地面の根を通して行われる。根から、隣の木へと放射状に伝わっていった。

 そして、三日目の朝に連絡は帰ってきた。

 やはり、話は本当らしい。

 そのことに気付いた地下に住んでいる虫や動物たちは、木の爺さんに挨拶をして、この場所を離れていった。


「爺さん、どうする?」

 周りに木々が話しかけてきた。

「どうするも、ここに居てはだめらしい。みんな、種をつくるのじゃ」

 周りの木や草は、種を作り、遠くへと飛ばしていった。

 木の実は、リスや鳥が運んでくれた。

 木の爺さんは、また、あのクマに会いたくなった。

 ただ、種を飛ばすだけでは、本当にクマに会えるかわからなかった。

 そこで、また、森の木にクマの通り道で、いい場所がないか聞いてみた。

 何日かして、いい場所の連絡が入った。

 そこは、古い大きな樹に雷が落ちて、その一帯が空き地になっていた。

 もう一本大きな木があったが、訊いてみると木の爺さんの遠い親戚らしく、

引っ越しを歓迎してくれた。

 木の爺さんは、リスに話をして木の実を運んで貰った。

 でも、木の爺さんに不安はあった。

 あの場所はとても良い場所だが、芽をだしてから無事に育つだろうか?と。

 小鳥やネズミやモグラやシカに食べられはしないだろうか。

 リスも私の木の実を忘れてしまい、食べはしないだろうか。

 心配になった木の爺さんは考えた。

 自分の木の実の周りに草や笹で囲み目立たなくするように、草花に連絡をした。

 草花やキノコさえ、快く応じてくれた。

 でも、まだ、不安だった。

 どうしても、あのクマに会いたかったからだ。


 その時、木の爺さんの枝に若い夫婦のフクロウがとまった。

 フクロウは、しばらく周りを見渡して話しかけてきた。

「お尋ねします。この辺に住みたいのですが、どうでしょうか?」

 木のじいさんは、残念そうに答えた。

「この辺は、勧められません。もう少しで、人間がやってくるのです。

 カラスに訊きませんでしたか?」

「カラス……。カラスは、私たちに教えてくれません」

 フクロウの夫の顔が歪んだ。

 木の爺さんは、しまったと思った。

 昔から、フクロウとカラスは、仲が悪かったのを思い出したからだ。

「カラスは、ここに来るのですか?」

「静かに過ごしたいので、カラスが来ないように、他の木々に頼んでいるです」

「それは、良かったです。けれど、ここに人間が来るのは残念です」

 フクロウの夫婦は、残念そうに見つめあった。

 その時、木の爺さんの移動先に大きな樹に樹洞があることを思い出した。

「あのう、よろしければ、私と一緒に暮らしませんか?」

 木の爺さんは、引っ越し場所を教えた。

 フクロウの夫婦は、引っ越し場所に見に行き、しばらくして帰ってきた。

 フクロウの夫婦は、大きな木にも挨拶してきました。

「樹洞も丁度いいおおきさで、カラスもいないので安心して子育てが出来ます。

 あそこに住まわせてください」

 フクロウの夫婦は、嬉しさに目が輝いています。

「一つ、お願いがあるのです。私が無事に育つまで見守ってくれませんか」

 木の爺さんは、フクロウの子供たちも見て、クマに会うまで楽しく過ごせると思うとワクワクするのでした。

「わかりましたよ」

 フクロウの夫婦は、笑顔で了解してくれました。


 木の爺さんの木の実をフクロウは、ネズミやシカが来ないか目を丸くして首を回しながら見守っていました。

 木の爺さんの木の実から、芽が出て、やっとフクロウの背丈ほどに育った頃、フクロウの巣の前をクマが通りかかりました。

「やぁ、クマさん」

 クマは、キョロキョロ周りを見渡した。

 頭の上から、声が聞こえた。

「こっちだよ。クマさん」

 そこには、フクロウが居た。クマは、フクロウを見上げた。

「やぁ、フクロウさん。何か?」

「そこ、そこの小さな木を踏まないで」

「木?」

 クマは、周りを見渡した。

 そこには、朝露に濡れて光る小さな木があった。

 クマは、木の周りを注意深く嗅ぎまわった。

 フクロウは、木を折られてしまうかとハラハラし、いつでも飛び出していけるように羽を軽く広げた。

 クマは、フクロウの方を見上げた。

「フクロウさん、教えてくれてありがとう。また来るよ」

 クマは、嬉しそうに森の中に消えていった。


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木のお爺さん リュウ @ryu_labo

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