ふくろう

八谷彌月

第梟話

 学校に登校して靴を履き替えるため自分の下駄箱から上履きを取りだそうとすると、中にフクロウがいた。本物ではなく手のひらサイズのデフォルメフィギュアだ。

 翼を広げたポーズをとっているそのフクロウは、白い手紙を咥えていた。伝書鳩ならぬ伝書梟だろうか。

 始業時間も近いのでとりあえずフクロウごと手紙を取って教室に向かうことにする。

 そうして、友達と喋ったり1時限目の準備をしている間に手紙のことはすっかり忘れてしまっていた。




「ゆい、なにをそんな悩んでるの」

 放課後になって、やっと手紙のことを思い出した私が白い紙切れとにらめっこしていると、後ろから声をかけられた。

 その子とはクラスメイトではあったが一対一で話したことはほとんど無かった。ましてや、名前で呼び合う仲でもない。というか彼女の名前を私は知らない。

「いや、べつに」

「べつにって。さっきからその紙見てずーっと唸ってるじゃん」

 えいっと、彼女は私の持っていた紙切れを奪い取る。

「あっ、ちょっと、返してよ」

「まあ、いいじゃん。……なにこれ、暗号?」

 その紙を見ればみんなそう思うだろう。

 手に入れた場所が下駄箱だけにあまり人に言いふらす気にはなれなかったが、暗号も解けずに困っていたので彼女に事情を説明する。

「じゃあこれ、ラブレターか果たし状かもしれないじゃん」と彼女は興奮したように言う。

 こうなるから人に話したくなかったんだ。

 てか、果たし状って。私、いつの間に人様の恨みを買ってたのかな。

 どちらにしても暗号が解けないとどうしようもないのだ。

「よし、じゃあ暗号を解かせたら世界一と言われたことのないわたしが手伝ってあげよう」

「ありがとう。期待しないでいるよ」

 紙切れには真ん中に『水三土三火四火五金二月五』、そしてその右下に『MAR,2019 from Y』と明朝体で書いてある。

 パソコンを使ったらしい。

 彼女は数秒紙切れを眺めると、こんなの簡単じゃんと言ってきた。

「この、水土火火金月って明らかに曜日のこと指してるよね。それと数字がセットになってるってことは、ぱっと思いつくのはカレンダーとか時間割り表。でも今回は右下に2019年の3月って書いてあるからそれを使えってこと。つまり、曜日がカレンダーの縦、数字が横に対応している。んで変換していくと13/16/19/26/8/25になる」

 私もその方法は思いついていたが、彼女の言葉に挟むことなく最後まで聞くことにする。

「この変換した数字、26っていうのが最高だしfrom Y って書かれてあるのを見るとアルファベットに変換するのが正解だと思うんだよね」

「うん、じゃあ変換してみて」

「むり。わたしアルファベット順えーびーしーでーいーえふじーまでしかわかんない」

「いやもう少しやる気を出せよ」

「えー。ゆい宛の手紙なんだし最後くらい自分で解きなよ」

「なんかこれが正解だと確信してるようだけどさ、置き換えるとmpszhyになるの」

「変換はやっ」

「そんな誰でも思いつく方法はもう試してるの」

「mpszhyか。まったく意味わからない」

「でしょ。まあここからさらに変換しなきゃいけない可能性も捨てられないけど」

「うーん、でも間違ってるとしたらどこだろう。カレンダーは関係なくて時間割り表で変換していくとか」

「でもうち土曜授業無いから土三っていうのが当てはまらない。そもそも曜日が関係あるのかなあ」

「いやあ、さすがにあるでしょ」

 二人で考えてもどうやら答えは出なさそうだった。

「差出人もわからないから直接問いただすこともできないし。どうしよ」

「Yがイニシャルだとしてもこのクラスだけでも3人いるからねえ。手紙以外になんかヒントとか無かった?」

「フクロウがいたくらい。フクロウもヒントなのかな。フクロウだから2960とか」

 いろいろ思考しながら私はバッグの中から今朝下駄箱にいたフクロウを出す。

「てゆうか時間使わせちゃってるけど、あんた自分の用事ないの」

「今日は部活もないし、友達も忙しそうにしてるから暇なんだ。ゆいこそこんな訳のわからない手紙に構ってる程暇なの」

「私は帰宅部だし。それに訳がわからなくとも差出人はいるのならちゃんと返事はしてあげたいじゃん」

「そんなこと考えるなんてゆいは優しいね。まあでも、もしほんとにラブレターだったら返事どうすんの」

 ……どうすんだろう。私は普段男子と話すことなんか少ないし、私を好きになってくれる人なんているのかな。もともと人付き合いが苦手だから人を好きになることもなかった。でも私だって女子高校生だ。恋人が欲しいと思ったことなんて、何度もある。

「あんたは彼氏いんの」

「出来ればわたしのこと名前で呼んで欲しいんだけど」

「えと、ごめん、ゆりかだっけ」

 なんとか彼女の名前を絞り出す。

「『ゆ』じゃなくて『る』。るりかだよ。それで彼氏ね。いないけど好きな人はいるよ。今猛アプローチをしてるんだけどなかなか振り向いてもらえなさそうだよ」

「そっか。頑張って」

 部活に恋に、目の前の彼女は私とは正反対の人間らしい。

「誰なのーとかは訊かないんだね」

「うん。訊くと責任が生じるからね。深くは突っ込まないのが私の処世術」

 ただの臆病者ってだけだが。

「まあ、とにかく差出人にな数日待ってもらってゆっくり考えてみることにするよ」

 暗号も恋の返事も。

「私はもう帰るけど、るりかはどうすんの」

 まだ一緒に帰るという程の仲じゃあないかなと判断して、相手に選択権をあたえる。これも一緒に帰ろうと誘う勇気もなく臆病なだけだが。

「ゆいがよければ一緒に帰ろ」

 そう言ってくれて私は少し嬉しくなる。

 外を見ると暗くなりはじめてる。カラスが飛んでいるのも見えるがあと数時間もすれば闇に染まってしまうだろう。夜になるとまだ肌寒い季節だ。できるだけはやめに帰りたい。

 ん?

 カラスが飛んでる?

 飛んでる?

「あっ、わかったかも。というかなんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろ」

「えっなにが」

「暗号の答え。やっぱりフクロウがヒントだったんだ」

「といいますと」

「そのフクロウ翼を広げてるじゃん」

 私は机の上に置きっぱなしにしているフクロウを指さす。

「うん」

「これ、フクロウが飛んでるっことじゃん。つまり2965をとばせってこと」

「『2965』? 語呂合わせだとしても何でウが5になるの?」

「日にちに0はないからね。数字を中国読みすると、いーりゃんさんすーうーだからウは5。それともうひとつ。学校にある2019年3月のカレンダーは24と31が重なってる。この30個の数字から4つ飛ばすとちょうと26個。アルファベットと同じ数になる」

「うん。たしかに筋は通ってなくもない」

「それで2,9,6,5日を飛ばしてアルファベット順に割り振る。そうしてから変換すると」

 私はスマホを使って置き換える。

「ほら、iloveuになった。uはyouだとすると、i love youになる。やっぱりラブレターだったんだー」

「ほんとだ。すごいね。じゃあYってのは誰かわかるの?」

「確証はないけど、Yのある日にちが出席番号にの人だったりしてそう」

「正解」

「えっ?」

「わたしがゆいにその手紙だしたの。なんとなく話のきっかけになればいいなくらいに思って書いたんだけど。解けたのなら言うね。好き。付き合ってください」

「えっと、とりあえず友達からでいいかな」

 臆病な私はそう言うのだった。

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