フクロウは見破られない

歩兵

ある街に起きた集団失踪事件

 カラン、カランと扉を開ける音が店内に響き、ずぶ濡れになった制服を着たまま一人の少女が訪れた。


「いらっしゃい。こんな夜更けにお嬢ちゃんが何の御用かな?」


 喫茶店のマスターはカップを拭きながら優しく語り掛けるが、少女は忙しなく店内を見渡してばかりで彼の言葉は耳に届いていないようだ。

 やがて少女は奥の席に腰かけているフードを目深に被った男を見つけると、その衆目のあるところでは不審者に間違われるであろう怪しい男に一目散で駆け寄った。


「あなたが喫茶店トマリギのフクロウさんですか?」


「誰の紹介だ?」


 フクロウと呼ばれたフードの男は少女に訝しい視線を向け、喫茶店のソファに深く腰掛けたまま横柄な態度を取っている。そんなフクロウに対して少女はポケットから雨でぐしゃぐしゃになった一枚のメモを取り出した。そこには女性の綺麗な文字で「川崎のぞみ」という名前とここ喫茶店トマリギまでの簡単な地図が記されていた。


 それを見たフクロウは嘆息しながらフードを外した。男は酷く目つきが悪く、金髪でカラーコンタクトを入れてヘッドフォンまでしており、その風貌から察せられるイメージはとてもいいものとは言えないだろう。それでも少女は「川崎のぞみ」という人物を信じているのか、それとも彼にしか頼ることが出来ないのか、一心に彼の瞳を見つめて話し始めた。


「あなたに頼みがあってやってきました。私は常坂ときさか未来みくといいます。私の友達、夏鈴かりんがガラの悪い男の人たちに連れて行かれてしまいました。それで――」


「その友人を助けて欲しいだけなら警察を頼るよな。で? わざわざ俺のところまで来たってことは何かあるわけだよな」


 自分の言葉を遮られ、なおかつ未来自身の事情も見透かされたため、少女は先ほどまでの威勢を失って少し恐縮している様子が伝わってくる。


「いえ、そのとても信じてもらえるとは思えなくて……」


「信じる。誰が何と言おうが俺はお前の言うことを信じる。だから、安心して俺に任せろ」


 未来の目を真っすぐに見て言うフクロウの瞳はひどく熱を帯びているようだった。その真摯な眼差しを受けた未来はゆっくりと語りだした。


「夏鈴が連れていかれるとき、奴らのリーダー格のような人と目が合うと、頑なに付いて行くことを拒んでいた夏鈴が急に大人しくなってしまって……私もその人と目が合ったとき、頭に靄がかかったような感じがして一瞬意識が朦朧としたんです。それで嘘のような話なのですが、催眠とか魅了といった魔法のようなものにかけられてしまったのではないかと考えました」


「なるほど。その後は川崎のぞみに出会ってここまで来たってことか」


 未来はフクロウの問いに対して「はい」と答えると、フクロウは大きく溜息をつき内心で愚痴る。

 彼自身このような怪異は慣れている。むしろ、フクロウこそがこの街の都市伝説の一つに数えられるほどだ。


 トマリギのフクロウ。


 怪異専門の探偵であり、その特異さから事務所を構えることをせず、仕事は特定の人物からの紹介でなければ受諾しない秘匿性。さらに、依頼者から報酬金を受け取らないというにわかには信じがたい情報が相まって、フクロウはこの街の都市伝説となった。


「事情は大体把握した。お前はここでマスターに暖かいコーヒーでも淹れてもらって大人しく待ってろ。それと――」


 フクロウは席を立つと、未来に先ほどまで彼が着ていたパーカーを羽織らせてあげた。


「人間は濡れたまんまだと風邪を引く。少しは暖かい恰好をしておけ」


 フクロウはマスターに軽く合図をすると、そのまま喫茶店を後にした。


「あ、ちょっと傘も差さないなんて……」


 カラン、カランと鳴る玄関には、もう彼の姿はなくフクロウは冷たい雨の降る夜の街へと消え去っていた。


  ■■■


 静まり返った夜の街に聳えるとある廃墟ビルの一角。そこには五人のガラの悪い男たちと大勢の女性たちが詰め寄っていた。その女性の誰もが若く優れた容姿をしているが、彼女らの目には生気がなく、一糸乱れることなく整列していることが殊更不気味さを感じさせられる。


 集団の中には未来の友達である夏鈴の姿も見えるが彼女も他の女性たちと同じ様子だ。


「いやー、目だけで女を落とせるとかマジパネェっす」

「これからアニキってよんでもいいっすか?」

「バカヤロウ!」

「そこはキョウ様だろうがッ!」


 キョウ様と呼ばれたリーダー格の男はサングラスをかけ、右手にはタバコ、左手にはワイングラスを持っているが、服装自体はサラリーマンが着ているシンプルなスーツであり、それが妙に違和感を発している。とはいえ、髪型はワックスでガチガチに固められているため、全体の雰囲気としてはまとめられているだろう。


 他四人のガラの悪い男たちはリーダー格の一人をひたすらによいしょしている。酒を注ぎ、タバコに火を着け、肩を揉み、足を揉んでいる。


 そんな廃墟ビルの階段を上がってくる音が聞こえてくる。カツ、カツ、カツと一定のリズムでフロアに響く音はキョウの取り巻きたちの手を止めさせるには十分なものだった。その音はやがて同じフロアに辿り着き、徐々に彼らが詰め寄っている部屋の扉まで近づいてきて止まった。


 ゆっくりと扉が開いていき、そこに姿を現したのは金髪でヘッドフォンをしている目つきの悪い男、フクロウであった。


 彼は扉から真っすぐにキョウの元へ歩き始めた。


「てめぇ! 何勝手に入って来てやがんだコラッ!」

「ぶん殴ってやらねぇと分からねぇか? あぁ?」


 当然、取り巻きたちはフクロウに絡んでくる。そのうちの一人が歩くフクロウの肩を掴もうとしたその次の瞬間、フクロウよりもガタイのいいその男は軽々と宙を舞って地面に倒れ伏せた。


「てめぇ……」

「あいつ今何しやがった」

「くっそ、よく分かんねぇけど止めろッ!」


 その掛け声とともに残りの三人もフクロウに掴みかかろうとするが、一様に先ほどの男と同じ様に宙に舞って倒れ伏せた。フクロウは地面で呻く取り巻きたちには一瞥もせず進むとやがてキョウの前に歩み出た。


「貴様がどうやってこれほどの人間を虜にしたのかは知らないが、大人しく彼女らを開放するなら痛い目に遭わないで済むぞ」


「ふぅー。困るんだよねー。こうゆうことされると」


 キョウはタバコの煙を吐き出すと灰皿で火を消した。その後、ワイングラスに残っていた酒を呷ると、おもむろにサングラスを外してフクロウの瞳をジッと見つめた。


「だから、君には大人しくしていてもらいたんだよ」


 キョウの瞳が怪しくきらめく。しばらくそのままの状態が続くと、キョウは脂汗を額に浮かべながら一歩後ずさった。


「そんな……俺だけに許されたはずの、絶対の力であるはずのこの能力がてめぇに効かねぇんだ!」


 狼狽えるキョウに対し、フクロウは不敵に笑ってこう返した。


「悪いがあんたらとは造りが根本的に違うんだ」


 邪悪な笑みを浮かべながらヘッドフォンを外したフクロウ。そこには人間にしてはあり得ないほど鋭く尖った耳があった。金髪の髪に碧色の瞳で美形のフクロウ。その特徴的な外見は全て生来のもの。そう彼は――


「え、エルフだと……そんな馬鹿なッ! こんなことがあるわけない!」


「おやすみ。今度はいい夢を見られるといいな」


 フクロウの唱えた風の魔法はキョウの頭部に命中するとキーンという高周波の音が発生した。それはキョウの鼓膜を激しく揺らし、彼の意識はそこで途切れた。


  ■■■


「そう。それはよかった。えぇ後はこちらに任せておきなさい。あなたは彼女の友人だけ連れて帰るといいわ」


 喫茶店トマリギの付近に駐車している黒いリムジンでフクロウからの電話を受けていた川崎のぞみは安堵の吐息を漏らす。


「はぁ、これにて一件落着ね。ほんとあいつが何かしでかすんじゃないかといつもひやひやさせられて私の胃が持たないわ」


「それほどでしたらもう手放せばいいのではないですか?」


 運転席からのぞみの秘書が応じるが、これは何度も繰り返しているやり取りであり秘書は呆れ半分といった表情だ。

 一方でのぞみは空を飛んで未来の友人である夏鈴を抱きかかえてトマリギに帰ってきたフクロウを見ながら語る。


「現状で私たちの手札であの連中に対抗できるのはフクロウしかいない。あいつが私たちの切り札ジョーカーなのよ。みすみす手放すわけにはいかないわ。それに――」


「それになんですか?」


「いえ、今のは忘れて」


 それに――あいつの事情を分かっているのは私しかこの街にいない。という言葉を飲み込んで、彼女も夜の街に消えていった。

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