唸れ闘魂!〜打王カケル伝説〜

@jub

切り札はフクロウ

9回裏、ツーアウト、走者ランナーなしーーーー

我ら森ノ中もりのなか学園は、その頂を目指さんと死力を尽くして、1点という大きな壁を追っていた。

対するは天美空あまみそら高校。昨年の第7ブロック甲子園出場校にして、夏の覇者。

偉大なる敵だ。

強大なる敵だ。

「だが、それがどうしたーーーー!」

ザンッと土を鳴らし、バットを構えるは我らが4番、呉理 楽ごうり らくである。

「いけぇー!!意地を見せてやれぇー!!」

ベンチから必死の応援が飛ぶ。

「この3年間を叩きつけてやれぇー!!」

俺も声のあらん限りを、ネクストサークルから飛ばす。

「ふっ、お熱いね」

そんな、俺らの鬼気迫る熱気をまるでそよ風のように受け流す、天美空高校のピッチャー烏丸 甲からすまる こう

まだ、俺らはやつから1点も取れていない。

それどころか、ワンヒットすらーーーー

その事実は回を経るごとに重さを増し、そして、最終回に至り全てを圧し折らんとしている。

だが、この程度の逆境、今までも何度もあった!

死地はここではない!

活路は必ず開く!

そんな俺らの気持ちを代弁するように、呉理ごうりのバットは凄まじい勢いで空転する。

空まで切ってるわけだが・・・・

「落ち着けー!!ゴリーー!!」

「ゴリじゃねぇ!ごうりだ!!」

ふざけたやり取りだが、若干、呉理ごうりの顔から硬さが消えた。

「やれやれ、そんなんじゃあ簡単に終わってしまうよ?」

烏丸からすまるは飄々とした態度を崩さない。

だが、その眼光は一切の隙を見せていない。

敵ながら天晴れである。

「ふぅーーっ」

大きく息を吐く呉理ごうり

その構えは、居合抜きのように低く、バットを後ろに引いている。

「なんのつもりか知らないけどーーーー」

9回裏、ツーアウト、ワンストライク。

「僕の必殺球の前には無駄だよ!」

烏丸からすまるの叫びと共に、第2球が投げられた。

サイドスローから繰り出される、サイドスローとは思えない豪速球。

マウンドから土埃が舞うほどの大きな踏み込みとしなる左腕がそれを可能としている。

だがーーーー!

対する呉理ごうりにも秘打がある!

森羅薙ぐ剛の理ゴリラーーーー!!!」

呉理ごうりがゴリたる所以は、何も名前の類似だけではない。

呉理ごうりが編み出したその秘打、その威力からくるものでもある。

ほぼ水平に振られた力任せのスイングは、その威力ゆえ、ボールは前に飛ぶ!

呉理ごうりの叫びと共に繰り出された秘打は、間違いなく烏丸からすまるのボールを捉えた!

「何だと!?」

烏丸からすまるは驚愕に目を見開く。

快音こそ鳴らないものの、ボールはフワリと浮き、ショートとレフトの中間に落ちた。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

割れんばかりの歓声がグラウンドに乱舞する。

ゴリも、否、呉理ごうりもドラミングしそうな勢いで叫んでいる。

「本物のゴリラだな、ありゃ」

思わずにやけた口の端を隠すようにヘルメットを深く被り直す。

集中だ。

俺にできることはそれだけ。

ゴリのような凄まじい秘打なんぞない。

だから、1球1球に集中し、全神経を持って、ボールに対峙する。

「正直な話・・・」

烏丸からすまるは、呉理ごうりにノーヒットノーランを阻止されたことなど意に返してないかのように、飄々と語り出す。

「君が1番安心して投げられるよ。5番を担うには、あまりに貧弱じゃないかい?」

烏丸の指摘通り、俺はガタイがいいわけではない。

筋力も並みの球児よりもないくらいだ。

「それに、打率も振るわないしね」

これまた指摘通り、本戦での俺の打率は低迷なんてレベルじゃない。

そう、全て指摘通り。

「多少、手を抜いたとしても、君からは三振が取れる気がするよ!」

態度の軽さとは裏腹に、裂帛の気合いを伴って、ボールがマウンドを駆ける。

駆けた先、ミットに吸い込まれる直前。

スッと出現したバットに阻まれ、、キャッチャーの後ろへと転がっていく。

再び驚愕に目を見開く烏丸からすまるに対し、朗々と俺は語る。

「そう、指摘通りだ。指摘通りであってもらわなきゃ困る」

俺が。

この俺こそが、この時、この状況を待っていたのだから。

完全に格下と思っているヤツが、実はそうではないのではないかという疑惑にのまれるこの状況をーーーー!

「く、クソぉ!」

悪態をつきながらも消えるような豪速球を繰り出す烏丸からすまる

しかし、俺はスラリと構えた神主打法を崩すことなく見送る。

「ボーーール!!!」

「なっ・・・・!!」

疑惑は確信に変わりつつある。

そして、続く3球目、内角低めいっぱいに刺さった豪速球をこれまたチップし、ファールにする。

疑惑は、事ここに至りて確信へと変わる。

「ま、まさか・・・・」

そう、俺は烏丸からすまるの必殺球が完璧に見えている!

「うおぉぉぉぉぉぉ!いいぞぉぉぉ、部長ーーーー!!!」

ヒットを打ったわけでもないのに、ベンチから歓声が飛んでくる。

それもそのはず。

敵を欺くには味方から。

5番の器ではないと、部員の中には考えているヤツもいるほど、俺の打てないという演技は完璧だった。

監督は気づいていたようだが。

「ま、まぁ、結果は変わらないよ」

冷や汗を流しつつも、飄々とした態度を変えない烏丸からすまる

それもそうだろう、あいつには昨年の天美空高校を甲子園優勝まで導いた秘球がある!

そのカラクリは結局誰にも分からずじまい。

終いには魔球だなんだと持て囃されていた。

それがあるからこその余裕。

ブロック大会では、昨年も今年も1回も使っていない。

使う程の相手がいないのもあったが、カラクリがバレるおそれを回避する目的もあった。

だからこそ、これは、これだけは打たれない!当たらない!

その確信を持って、投球フォームに入る。

9回裏、ワンナウト、ツーストライク、ワンボール。

絶対の自信を持って、ウイニングボールの名を叫ぶ。

黒天を翔ける宵闇の翼カラスーーーー!!!」

変わらない!

普段の必殺球と!

そう思わせるほどに、普段と何も変わらぬ投球フォームから、何も変わらぬ角度、威力を持ってマウンドを駆けるボール。

だがーーーー

何も、格下と思わせ、疑惑を生み出させることが狙いの本質ではない。

全ては、今、このボールを投げさせること。

最終回、俺の打席で、このボールを投げさせる事こそが、本来の狙いであった!

悪いな、烏丸からすまる

卑怯と罵られようが、なんだろうが

俺は、この時、この瞬間を待っていた!

この切り札を切るためにーーーー!!!

闇夜を切り裂く狩人の瞳フクロウーーーー!!!」

世界が止まる。

そう錯覚するほど、極限まで高められた動体視力を持って、スローモーションになった世界で、俺の思考だけが加速する。

ゆっくりと進むボールを見る。

やはり、やはりだ。

回転していないーーーー!

烏丸からすまるのウイニングボール、それは、必殺球とほぼ変わらぬ速度で繰り出される、凄まじい落差のSFFであった!

そりゃ誰も打てないわけだーーーー

加速する思考の中、烏丸からすまるに対し思わず畏敬の念を抱く。

どれほどの練習をこなせば、これほどのボールを投げられるようになるのか。

そう感じるほど、この秘球には才能だけでない、血と汗とが込められていた。

だが、悪いな烏丸からすまる

この勝負、俺の、俺らの3年間が勝たせてもらう!!

「うぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!!」

歓声が響いていたはずだ。

声援に満ちていたはずだ。

怒号に溢れていたはずだ。

でも、俺には、その音しかなかった。

その音以外、静まりかえっていた。

金属バットから鳴る甲高い、気持ちの良い快音。

長い長い響きを吸い込んで空を翔ける白球。

行き先は分かっている。

だから、もう、追わない。

俺はゆっくりと、ただ、ゆっくりと。

握りしめた右手を高らかにあげたーーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

唸れ闘魂!〜打王カケル伝説〜 @jub

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ