第12話 貴方の為に生きています

~ 山吹色 ストゥリーナイト ~


「ヤなやつ。ヤなやつ。ヤなやつッ。 コンクリートロードはやめたほうがいいだよ。だなんてスカしちゃったてさッ……」

――はじめまして私の名前は月島……キラリ。アイドルです☆ 今夜もベッドに横になって一日の反省会をしていたところです☆ このあとは寝るだけなのですが、どうやら私の飼い猫のなーさんは今夜も簡単には眠らせてくれなさそうです……

「皆さん見てくださいこの美味しそうな○○○。 サーモンピンクでアラスカの魚市場みたいやー」

「ひゃん…… だめだよ…なーさん…… 明日も朝から収録があるのに……」

「すごいですよこの肉汁。 とろとろ溢れてきて、まるでとどまることを知らない。まるでゲイシールの間欠泉や~」

「はぁはぁ…… あっ溢れてとまらなくなっちゃうよ……」

「いい香りがしてきました。 この香りだけで三回はいけそうです。 まるで○○○界のハイブリットカーや~」

「らっらめーーーッ!」

――朝、私は某少女漫画のアイドルになった悪夢にうなされ起きると、そこは見知らぬ天井などでは無く、ふっつーに自室の天井であった。

頬っぺたをつねり痛みを感じることから、どうやら今が現実の世界であるらしい。

ほっと胸をなでおろすと、ハードな一日に向け気合を入れた。

台風一過というやつであろうか? カーテンを開けると眩しい日差しが寝惚け眼に突き刺さってきた。

最初にしたことはテレビを点けることだ。私の日課は朝の情報番組の星座占いを見ることなんですよ。

さーて今日はなんだかいい日になりそうだしきっと一位でしょッ!

そう意気込んでテレビ画面を凝視する。

順調に順位が発表され、残すところ一位と最下位の発表を残すだけとなった。

よしっ。これで一位だったら、ダイエットのため止めていたお菓子を食べちゃおーとッ。

最初はポッキーさんの新作を食べてー。甘いものを食べると、しょっぱいものを食べたくなるからー。次はじゃがりこさんをたべるんだっ☆

お菓子の事を考え始めた私には最早テレビなど眼中になく、秘蔵のお菓子ボックスにロックオンされていた。

――しかし現実は残酷だった……

「ごめんなさーい。 今日のアンラッキーは蠍座の貴方。 やることなすことがうまくいかない。空回りの一日です。 やらなくちゃいけないことは後回しにないで、しっかりやりましょう。 今日のラッキーアイテムは本です。 休憩時間に読んで知識を養えば、空回りも減るでしょう」

アナウンサーの間延びした声が聞こえてくると今までの笑みは消え去り、無表情でテレビを消した……そして流れるような動作でパソコンを起動させた――。


――無いッ。ナイ、ないー。

見つからないよー。ふと時計を見ると三十分も経過している。おかしいなー。いつもこれだけ探せば必ずいい結果になっている占いがあるのにー。

これで最後なんだけど…… 神様一生のお願いッ。今日だけはいい結果が出て欲しいのッ。そう何度目かわからない一生のお願いをすると画面をクリックした。

――「なんでやねーーーーーんッ」そう感情をあらわにするとパソコンを強制終了させた。

 次に手にとったのは携帯電話である。

 「私の手をここまで煩わせるとはなかなかやるではないか。 だが神よッ。私を見くびらないほうがいい。 私は…………ダルマ。なんかいい案が思い浮かばなかったからこれでいいや。何度転んだって立ち上がるんだ。何度倒れても最後に立っていれば勝ちなんだッ」

 ――一体いくつのサイトを閲覧しただろうか? 最初は数えていたが、両手以上の数を数えることが苦手な私はとっくに数えるのを止めていた。

 そして更に一時間が経過したころ……

 「あったッーーーーーーーーーーーーーー。 私ってば今日超ツイてるじゃん。文章にも沢山ツイているって書いてあったし☆ 二位だけどまぁいっか。 というか地縛霊ってなんだろ? まぁそういったモノが超憑いてるみたいッ。 きっとチャンスの神様や幸運の女神様的な妖精さんのことだよねッ」

 この占いサイトが有料であったことが少し気がかりであったが、占いの結果に私の気分は絶好調になっている。

よしっ。いいことあったし、お片付けは後回しにして自分へのご褒美にお菓子食べちゃおーとッ。

――そうして一日にして美桜のダイエットは終わったのであった。

 

私は三つ目のお菓子の袋を開けた時点で「はっ」と我に返った。

 もうこんな時間じゃーんッ。どうしよう。後二時間で蓮ちゃんが何時も家に来る時間になっちゃうじゃん。

 蓮ちゃんは私のことを大人の女性として見ているから、今のこの散らかった部屋を見せたらがっかりさせちゃうよ。急いで片付けなきゃ。

 そして私は猛スピードで仕分けに入った。

 これはいる物。これもいる物。これは万が一のこともあるしとっとこ。私は蓮舫さながらの非常な仕分けで部屋に散らかる物を分類していく……

 結局いらない物はさっき食べたお菓子だけと気づいた時には一時間も経過していた。

 最初は「私のバカっ」と自分を責めた。だが待てよ。でもこれで一様物は一点に集まったし、これをしまえばいいじゃん。私ってば天才という結論に至った。

 さーてこれをしまうスペースを探そうッ。

 意気揚々と引き出しを開けていくが、何に使うかわからない電化製品のコードや海で拾った綺麗な貝、何かに使えそうなお菓子の空き箱などといったモノに占拠されていた。

 ――よしッ。 ここは後回しにしてクローゼットを整理しよう。そう決意した私はクローゼットを開ける。

そこには掛けられた数着の服と共に本来なら本棚に収納すべき雑誌などが散乱していた……

 閃いたッ! 昔の雑誌なんて結局読まないし、全部捨てちゃおうッ! それで散らかっていたものをここにしまえばいいんだ。 でもこれで最後だしちょっとだけ中身を確認しとこ。あんまり時間無いけど十分だけ読んだらもう全部捨てちゃうんだから。そういえばテレビでも本はラッキーアイテムって言ってたし――。

 

              ◇

――もうここまでくればわかるよね。美桜ねぇは後何分でこれこれすれば間に合うって言うけど、結局決めた時間に始めないから何時も慌てるハメになるんだ。

 それに加え美桜ねぇは物事を自分の都合のいいようにしか解釈しないから本当に困るよ。

 何度おれはアホな美桜ねぇに振り回されたかわからない……

 ホント早く大人になって欲しいよ……


              ◇

 ――ふとトイレに行きたくなり立ち上がる。あっそういえばもう十分過ぎてるかもッ。

慌てて時計を確認すると時間は無情にも待ち合わせの時間まで後十数分のところにまで迫ってきていた……

 追い詰められた私は意を決し、押入れの前に立つ。ここは注意して開けないと雪崩が起きるため細心の注意が必要だ。

そして私は普段から決して明けないようにしていた押入れに今手をかけた……

 「バシッ」と勢い良くドアを開けると案の定モノが津波のように押し寄せてくる。しかしこれを予想していた私は身を挺してこれを押さえ込む。

 一瞬も気を抜けない状態になってしまった…… そこで私はふと気がついたんだ。

「両手塞がってね?」

 いつもならここで諦めていただろう。しかし今日の私は星座占い二位ッ。間違いなくツイている。

 私は両手が塞がっているので、華麗な足技で集めた物を押入れに入れることにした――。

 だが、一瞬の気の緩みがアダとなった……先ほどは気が付かなかったが。雑誌の山の中に一際目立つピンクの表紙があることに気がついてしまったのだ……

 ――こッれはッ! 友達に借りたえっちぃー本……

 コッこれはね……違うんだよッ! 決して私がえっちな訳ではなくて……全部蓮ちゃんのためなんだッ。蓮ちゃんがあんなお願いするからいけないんだようッ!

そう心の中で必死に言い訳をする私の眼前には、無情にも大量の物体が押し寄せてきていた……


――蓮ちゃんが高校生になった頃。私は一つのお願い事をされた。

「好きな人ができたから、恋愛について教えて欲しい……」

いつも私がお願いする立場なのに今回は蓮ちゃんがお願いしてきた。それに恥ずかしそうに頭を掻く蓮ちゃんが可愛くて、なんとか力になってあげたいと思ったんだ……

そう思った私は瞬時に「恋愛のことならこの美桜ねぇに任せないッ!」と大見得を切ってしまった。

――これはやっぱりあれだよね。

「美桜ねぇ高校生になってめっきり大人っぽくなってきたから、きっと学校でモテまくってて恋には詳しいだろ?」て思われてるんだよね?

今更、実は「今まで一度も彼氏が出来たことないから恋愛とかよくわかんないや」とも言えないし…… でもまぁ、今から恋について勉強すればなんとかなるよね?

そう考えた私はとても頑張った。文字を読むのが苦手な筈なのに沢山本を読んだ。本屋さんにある『モテる』とつくものは全部読んだ。

高校入試の時も問題文を読むことに嫌気がさし、全問鉛筆さんに任せたくらい文字嫌いな私だったが、蓮ちゃんに「ありがとう。 やっぱり美桜ねぇは大人だからなんでも知ってるなー」と言われながら頭をなでなでされるところを想像すると文字を読むのも苦ではなかった。

それ以外に今まで敬遠していたパソコンという分野にも取り組んだ。ニュースで大学入試のカンニング事件が起きたと放送された時、私は「これだっ!」てピンときたんだ。

だってどんな難しい大学の問題でも『知恵袋』ってサイトに書き込めば即座に答えが書き込まれるんだよ。このサイトを使えば私にとっては難しい、恋という問題も即座に解決してくれるよね?

そう信じた私は小学生の頃から貯めていたお年玉に初めて手をつけ、パソコンを買ったんだ。

でも実際に書き込んでみると、恋というものはそんなに簡単なものでは無かったみたい。なんでも、恋には正解が無いらしい……誰も明確な答えを教えてくれなかった……そして、困り果てた私は質問を変えてみることにしたんだ。

 「どうしたら、話しかけてもあまり会話の広がらないお嬢様と付き合えますか?」蓮ちゃんから聞いた意中の人の特徴を盛り込みつつ質問をしてみた。

 すると「プライマシーエフェクト」だとか「なんとか効果」みたいな科学的根拠に基づいた答えを出してくれる人に出会ったんだ。

正直何言ってるのか解らないことのほうが多かったけど、なんだか私まで頭が良くなった気がするし、そしてなにより、その人の回答は曖昧な言葉を並べるのではなく、明確にどうすればいいのか教えてくれるとこが嬉しかった。

 その人は自分のアカウント名からエソニーと呼んでくれって言ってたから、きっと頭のいい外国人なんじゃないかと私は睨んでいる。

 それから私とエソニーさんはネット限定とはいえ、毎日やり取りするようになった。

 エソニーさんってすごいんだよッ。だって蓮ちゃんを好きな人が凄いお金持ちって話したら「凄いお金持ちなら寂しい思いをすることも多いだろうね」って言ってたんだ。

私にはなんで凄いお金持ちだと寂しいのかわからなかったけど、蓮ちゃんに「蓮ちゃんの好きな人は寂しそうにするときある?」って聞いたら「時々窓の外を眺めて寂しそうにしてる」って言ったんだ。

――ねッ。すごいでしょッ? 

この他にも話しかけても答えてくれないって蓮ちゃんが言ってることを相談した時には「単純接触効果っていうのがあって、合う回数と共に親密度が上がるというデータがあるから、諦めないで話し続ければなんとかなる」って教えてくたんだ。

 そしたら本当に付き合うことになっていて本当にびっくりしたよ。

 後はねー。二人が付き合ってからもデートのアドバイスとかしてくれたりしたんだ。エソニーさんの言う通りに蓮ちゃんにアドバイスすると二人の仲はどんどん仲良くなっていくし、蘭華ちゃんは寂しそうな顔をしなくなったって蓮ちゃんも言ってたし、エソニーさんは本当に私にとって神様みたいな存在だよ。

 なんだか蓮ちゃんが盗られたみたいでちょっと悲しかったけど、すっごく楽しそうに蘭華ちゃんの話をしてくれる蓮ちゃんの笑顔を見ていたら、そんなことは気にならなくなったんだ。

 ――今でも私はあの日蓮ちゃんに言った「たとえ土砂降りの雨の中でも、墓地のような気分の落ち込む場所でも、蓮ちゃんの隣で微笑んでいられればそれだけで最高に幸せなんだ」という言葉は変わらないんだよ……

 そして、二人が付き合ってから少し経つと、蓮ちゃんは蘭華ちゃんを私に紹介してくれたんだ。「この人がおれの彼女です」とハニカミながら紹介してくれる蓮ちゃんの顔を見て、なんだか私まで幸せな気持ちになったんだ。

 そして二人と一緒に行動するようになって、私は蘭華ちゃんと友だちになったんだ。

 最初は三人だった私たちの周りも日を追うごとに騒がしくなり、何時も笑顔が溢れているようになったんだ。

――今でも高校生活を思い返すと、真っ先にその光景が頭に浮かぶんだ。

そんな私たちにエソニーさんが「二人が次のステップに進むためにはえっちぃ本の力が必要だ。 二人の共同作業をするとお互いの親密感はさらに高まるし、君もこれを読むことによってより恋愛に対する知識がつき、二人の非常事態にも対応できるようになるぞ」 

 そう教えてくれた通りに友達からえっちぃ本を借りるまではよかったんだけど、あまりにも過激な表紙に、私は中を確認することが出来なかったんだ……

そして、ついつい読むことを後回しにしてたらいつの間にか忘れてしまって、現在雑誌の山から発掘された。そんな次第です……


――「バァザザザー」という轟音と共に私は物の津波に飲み込まれる……

 もう時間がない事を確信していた私は慌てて瓦礫の山から抜け出すと、そこは片付ける前よりも遥かに散らかっているという惨状が広がっていた。

 「完全にしでかしてもうた……」

今からではどうあがいても一人では片付けることができない……

「しょうがないな…… お母さんに手伝ってもらうと、蓮ちゃんに余計なことを言いそうだから絶対手伝ってもらいたくなかったんだけど…… 背に腹は代えられないな」

そう決意した私は最後の切り札であるお母さんを召喚することにした。

 しかし、その前にえっちぃ本をなんとかしないことにはお母さんを召喚できない。

 そう考えた私は時間が無かったのでえっちぃ本を取り敢えずベットの下に投げ込むと、お母さんを呼んだ。

 運良くお母さんはすぐに私の声に気づき援軍に来てくれた。

二人がかりで床に散乱する物を押入れに詰め込んでいく……いや、投げ込んでいくと言ったほうが正しいのかもしれない。

 まあ、とにかく「ピンポーン」と来訪者を告げるチャイムが鳴る前に私たちは散乱した物たちを押入れに無理やり詰め込むことに成功したのだった――。


              ◇

 チャイムを押してから数秒玄関の前で佇んでいると、ドタドタと何者かが走ってくる音が聞こえてきた。

 「そんなに急がなくても逃げたりしないのに」そう思ったおれであったのだが、尻尾を振ってお出迎えをするワンコのような美桜ねぇを想像すると不思議と悪い気はしなかった。

 しかし、ドアが開いてお出迎えをしてくれたのは、予想に反して美桜ねぇのお母さんである優子さんであった。

 「蓮太郎くーーーんッ! お久しぶりーッ」優子さんはそう叫ぶとおれにフライングアタックしてきた。

 文字通り空中に浮いている優子さんの熱烈な歓迎におれは少し辟易したが、凄い勢いでこちらに飛んでくる優子さんをよけてしまうと怪我をしてしまいそうだったので、甘んじて抱きしめられることにした。

 ――喜んでなんかないんだからねッ! あくまでもしょうがなくだからッ!

 「蓮太郎くんっ。連太郎くんッ! 会いたかったよー。どうして最近私に会いに来てくれなかったの?」とおれの胸に顔を埋めてくる。

 「ほらほら成哉さんに怒られますよー」おれは未だしがみついて離さない優子さんを優しくたしなめる。

 「ぶうーー。 仕方ないなー。まぁまぁ立ち話もなんですからお上がりください」

そう言う優子さんは背丈の関係上上目遣いになっている。おれはその可愛らしい顔立ちをまじまじと見つめる……

 優子さんの顔立ちは、美桜ねぇの親と言うことを実感させる、実年齢よりも幼く見えるつくりで、笑った顔が美桜ねぇとそっくりだ。

背丈の低さもあいまって姉妹と言われても納得してしまいそうな程若く見える。二人は顔以外に性格まで似ている。きっと美桜ねぇの明るい性格も優子さん譲りのものなんだろう。     

そこまで似ている親子であるが、一つだけ似ていない所がある。

 ――そこが美桜ねぇに受け継がれなかったことをおれは神様に文句を言ってやりたい。

 そう、先ほどまで執拗に押し付けられていた豊満なバストが美桜ねぇには遺伝しなかったのである……

 ――いかんいかん。最初は顔を見ていたのだが、今はブラウスから覗く優子さんの胸を視姦してしまっている……

 そしてその視線を感知したのか「蓮太郎くんのエッチ」優子さんは胸元を抑えつつ、悪戯な笑顔でそう言った。

そんな無邪気な優子さんも魅力的ですッ。――胸のことじゃないよっ。

 「蓮ちゃん鼻の下伸びてる」おれが優子さんに色々と夢中になっている間に美桜ねぇも到着したみたいだ。針のように鋭利な視線でこちらを見ている。

 その突き刺さる視線から逃れるようにおれは美桜ねぇん家の敷居を跨いだ。

 「おじゃましまーす」そう言うおれを優子さんは「さっきまで散らかってましたがどうぞー」と優しく迎え入れてくれた。

 「お母さんッ! 全然散らかってなんか無かったんだからッ。 それと、昨日から何度も言ってるけど絶対私の部屋に来ないでよねッ。 後、あらかじめ言っておくけどお菓子とかも持ってこなくていいからね」

 美桜ねぇは「絶対来ないでよね。来たら絶交だからッ」とまるで友人と話しているかのようなセリフを吐きつつ、優子さんの背中をグイグイと押し、リビングへと強制退場させている。

おれは何時も通りの微笑ましい光景を横目に慣れた足取りで美桜ねぇの部屋を目指す。

 美桜ねぇの部屋に着くと、おれはピンク色のラグの上に置かれたローテーブルの傍に腰を下ろした――。

 

美桜ねぇの部屋はベッドの上をぬいぐるみが占拠しているということ以外は別段変わったとこのない女の子らしい部屋である。ただ、ベッドを占拠しているぬいぐるみの量は常軌を逸しており、体のサイズが大型犬と遜色ない程に小柄な美桜ねぇでなければ、横になるのも困難な程の膨大な量である。

いつも美桜ねぇとゲーセンに行くたびに「とって。とって。とせがまれるがままに捕獲してきたぬいぐるみ達は、約十年という歳月によってこれほどまでに膨大な量になってしまっている。

 ふと壁を見ると、印象派のような派手な色使いの絵が掛けられている。ピカソ的と言えば聞こえはいいのだか、ピカソとは異なり基本も抑えていない、単に派手で何が書いてあるのかわからない下手くそな絵である。

 おれはその絵の作者なため、桜の木下の下で笑っている美桜ねぇとおれという構図だと理解できるのだか、それ以外の人にはムンクが二人いるように見えることだろう。

 その他に美桜ねぇの部屋で異彩を放っている物といえば、机の上に大切そうに置かれたボロボロなぬいぐる位なものである。

 そのぬいぐるみは、ベッドにあるものとは異なり、何を模した物なのか皆目見当がつかない。

 「まだ美桜ねぇこんなもん大切にしてくれてるのか……」

 毎回美桜ねぇの家に来るたびに思うことだが、おれは単純に嬉しかった。

 

――おれと美桜ねぇは物心ついた頃から誕生日にプレゼントを交換している。

 最初はなけなしのお小遣いから美桜ねぇのへのプレゼント代を捻出していたのだが、美桜ねぇが小学校を卒業する年の誕生日におれは学校で割ってしまったガラス代を払ったため、おれは美桜ねぇにプレゼントを買うだけのお金が無かった……

 今まで以上に家事の手伝いをしていたのだが、美桜ねぇにプレゼントを買ってあげるほどの余裕は無くなってしまった……

毎年おれからのプレゼントを楽しみにしていた事を知っていたおれに何もあげないという選択肢は存在するはずも無く、三日間徹夜してあの壁に飾られている絵を書き上げた。

 書いたおれ自身も何が描いてあるのかも解らないような出来であったが、美桜ねぇは絵の構図を理解してくれたのか「ありがとう。 今までで一番素敵なプレゼントだね」と言って泣くほど喜んでくれた…… 

一生懸命に描いた絵ではあったが、描いたおれ自身も下手くそだと思っていたので「おれの描いたこんな訳のわからない絵が一番素敵なプレゼントなの? 今まであげてきたプレゼントの方が全然価値があるよ?」と至極当然の質問をすると、美桜ねぇは「私にはどんな高価なプレゼントより、蓮ちゃんが私の事を考えて手作りしてくれたプレゼントのがうれしいよぅ」とべそをかきつつ言ってくれた。

「毎年おれは美桜ねぇの事を考えて優子さんに美桜ねぇが欲しがっている物を聞いてプレゼントを買ってたんだよ? ホントは欲しいものをプレゼントされる方が嬉しいんじゃないの?」美桜ねぇが嘘泣きするような性格ではないことは十分知っていたが、思わず再確認してしまう。

「欲しがっていたものをプレゼントされたらそれは嬉しいよ。 でもね。蓮ちゃん自身がどうしたら喜ぶのかな?って考えてくれたプレゼントの方が私も嬉しいし、きっと私の事を考えてくれてるよ」そう笑う美桜ねぇの顔は今でも忘れたことはない。

美桜ねぇは本当にいい子なんだな。――高学年になっても泥団子を本気で食べさせようとすることを除いて……おれは幼いながらにそう感じたのだった。

本当は何度描き直しても納得できなくてギリギリまで修正したおれの精一杯のプレゼントを渡す時、喜んで貰えないんじゃないかと思って逃げ出したいほど不安だった……

しかし、美桜ねぇのその言葉におれは今までに味わったことの無いような幸福を感じたんだ……

以来美桜ねぇの喜ぶ顔が見たくて美桜ねぇの誕生日には手作りのプレゼントをあげることにしている。机の上のある不細工なぬいぐるみもおれがあげた物だ。他にもキーホルダーやネックレスなど様々な物をあげている。

そして美桜ねぇはどんなプレゼントでも必ず部屋に飾るか、身につけてくれている。

――ただ一つ。おれの史上最大の失敗作を除いて……


「お待たせー」

おれが感傷に浸っていると美桜ねぇがトレーに載せたティーセットをカタカタと言わせながら運んできた。

「危ないッ。 絶対美桜ねぇ倒すよッ」

咄嗟におれは手を差し伸べるが、変なところで頑固な美桜ねぇは「大丈夫だもんッ。 子供扱いしないでよねッ」と言って手伝わせてくれない。

既にトレーは溢れた紅茶で悲惨なことになっているが、ティーカップを割ることなくローテーブルの上に不時着した。

「ほら見なさいっ。 大人の言うことは信じるものよ」とドヤ顔をしているが、前回は美桜ねぇの家に来た時には美桜ねぇの努力も虚しくトレーをひっくり返してしまっているので全く説得力がない。

「ふー」と安心した顔で美桜美桜ねぇはおれの向かいに座ると話を切り出した。

「でっ。 蓮ちゃんは私に話したいことがあるんでしょ?」

「あぁ……」

昨日風呂に入った時に話す順番を整理したいたはずなのに、自分でも自分の気持ちを理解しきれなったため言葉に詰まってしまう。

そんなおれに美桜ねぇは優しく話を切り出してくれた。

「蓮ちゃんはまだ蘭華ちゃんのことが好きなんでしょ? でも菜乃花ちゃんのことも気になっていて、自分のことが嫌になってるんでしょ?」

「要約するとそんな感じだな…… やっぱ美桜ねぇにはおれの気持ちはお見通しか」

「幼馴染なめんなよ。 何年一緒にいると思ってるの?」美桜ねぇは自慢げな表情でそう言うと、湯気の立つ紅茶を啜る。

「ホント自分勝手な奴だよな…… まだ蘭華のこと引きずっているくせに、可能性がないからって菜乃花ちゃんに逃げようとしてるなんて……」

「蓮ちゃんは本当に自分に厳しいよねー。 そんなに深く考えなくていいんじゃないかな? 別に菜乃花ちゃんのことは利用しているわけじゃなくて本当に気になってきてるんでしょ?」

――美桜ねぇみたいな心の綺麗な人にはわからないんだろうな……おれは狡い人間なんだよ…… 菜乃花ちゃんの事は気になっているけど、付き合いたいという気持ちは蘭華をキッパり諦めるための逃げ場みたいなものなんだよ……

「違うんだ…… おれは誰かと付き合うことが出来れば蘭華の事をキッパり諦めることができて、昔みたいに楽しく笑い合えるような友達になれるんじゃないかっていう打算的な考えなんだよ……」

「私はね自分が付き合ったことがないから蓮ちゃんの気持ちを全部わかってあげられないと思う…… でもね、昔の偉い人も言ってるじゃん『恋を忘れるのは恋しかない』って。 蓮ちゃんが菜乃花ちゃんの話をしてる時の顔凄い楽しそうだよッ。まるで昔私に蘭華ちゃんの話をしてくれた時みたいだよ? いいんじゃないかな打算でも…… 付き合ったら菜乃花ちゃんしか見えなくなると思うよ。 それほど菜乃花ちゃんは素敵な子だと思うし、何より私が保証するッ」

何を根拠にそう断言できるのだろうか? 美桜ねぇはきっとそんな深く考えてないんだろうけど、美桜ねぇのする根拠の無い話はだいたい当たるんだよな……

「ありがとう。 美桜ねぇに話して、少し楽になった気がするよ」

「恋愛相談はこの美桜ねぇに任せなさいッ 今度菜乃花ちゃんをデートに誘ってみれば?」

「いきなりすぎじゃね? まぁメールか電話は毎日してるけど……」

「そこまで親密なら次はデートだよー。 菜乃花ちゃんが蓮ちゃんのこと気にしているのは私から見てもわかるし、誘ったら断られないと思うよ」

「それにッ! 私は蓮ちゃんのいいところはぜーんぶ知っているからねッ。 菜乃花ちゃんも蓮ちゃんのいいところを沢山知ったらやっぱり好きになっちゃうんじゃないかな?」

そう言う美桜ねぇはまるで自分の事を自慢しているみたいに凄い誇らしげで、なんだかこっちまで根拠のない自信が湧いてきた。

――これじゃ美桜ねぇの思うツボだな。 まっ。たまには悪くないか……

さっきまでの深刻そうな表情から一変し、晴れやかな表情になったおれを見て美桜ねぇは「うんうん。 やっぱり蓮ちゃんはそうでなきゃッ」と嬉しそうにしている。

「じゃあ私お茶請けを持ってくるからそこで適当にくつろいどいて」

美桜ねぇはそう言い終わるより早くタタッと駆け出し、物凄い勢いでドアを開けた……


――「ドッガン」

 美桜ねぇが勢い良くドアを開けると、ドアは何か硬質的な物体に衝突したような鈍い音を奏でた……

「イっターーーいッ。 美桜はママを殺す気なのねッ。 私も蓮太郎君のことを狙っているからってヒドイわッ たんこぶ出来ちゃったじゃない」

ドアの前には額を抑えつつ「成哉さんに見つかったら心配させちゃうわ」と呟いている優子さんがいた……

「お母さんッ! また私たちの会話を盗み聞きしてたのッ? 信じらんないッ」

「ひどいわッ。 お茶請けが無いと思って美桜の好きな鎧塚さんとこのケーキを買ってきてあげたというのにッ」

「ケーキッ!? 食べる食べるー。――ってその手にはもう乗らないんだからねッ」

「美桜が勢い良くドア開けるから危なく落っことしちゃうとこだったじゃない。 ちゃんとトレーを床に置いて部屋の様子を伺っていた私に感謝しなさいっ」

「さっすがお母さんだよ。 ケーキ落っことしてたら私ショックで寝込んでたよー。 ってやっぱり、盗み聞きしてたんじゃないッ」

「ちょっとしか聞いてないんだからそんなに怒らなくてもいいじゃないー。 丁度美桜が『蓮ちゃんのいいところはぜーんぶ知っているからねッ』って告白したところからしか聞いてないわッ。 おめでとう美桜ッ。挙式はいつかしら? やっぱり式場はママ達と同じところがいいわよね? さてっ善は急げだから早く婚姻届を提出しに行きましょうッ。 いつかこんな日が来ると思って、美桜がいつも眺めてるお宝がしまってある引き出しに大切に保管しといたんだからねッ。 ほらほら蓮太郎君もぼさっとしてないで早く印鑑を家に取りにいかなきゃッ」

――優子さんは早口でまくし立ててくる。

「いやいや。なんでおれと美桜ねぇが結婚することになってるんですか? ってか美桜ねぇも黙ってないで反論しなさい。 本当にこの人の無駄な行動力なら実現しかねないから……」

「はっ。いけないいけない。 蓮ちゃんとの結婚生活を想像してたらフリーズしちゃったよ。 いーからお母さんはケーキ置いて出てってよッ」

そう言うと美桜ねぇは「バタンっ」とドアを閉めて実の母親を無理やり締め出した。


「ふー。 ようやくお母さん居なくなったよー。 お母さん蓮ちゃんが来ると何時も暴走しちゃうんだから」

「あー。 なんか小さい頃からそんな感じだったからもう慣れちまったよ」

突然の優子さんの乱入に少し不機嫌になっていた美桜ねぇだったが今ではケーキを貪るように食べている。

「もぐもぐ。 ねぇッ。もぐもぐ。 蓮ちゃん一口取っといてよね」

「わぁーてるよ。 ちゃんと取っといてやるから、そんなにガッつくなよ」

美桜ねぇはその言葉に安心したのか少し食べるペースを落とした。

「じゃあ一口もーらいッ」

「あぁッ。 楽しみに取っておいた苺も食べんなよッ。 てか一口デカッ。 今ので半分近く無くなったぞ」

「へへーん。 早い者勝ちなんだからねッ。 はむはむ。美味しー」

おれは消失した苺に未練が無いわけではなかったが、ここでグチグチ言っても苺は返って来ないので黙っているしかない。

「蓮ちゃん…… もしかして怒ってる……? ごめんね……私のも一口あげるから」

叱られた子供のようにしゅんとしている美桜ねぇは申し訳なさそうに自分のケーキを差し出してくる。

「じゃあ遠慮なくいただきます」そう言っておれは少し大きめの一口をフォークに載せ、口に運ぶ……

――美桜ねぇがこの世の終わりかのような顔をしてこちらを見ている……

――正確にはフォークの上に乗っているモンブランを見ているのだが……

「しゃあねぇなバーロー」

見かねたおれは、ポカーンと半開きになっている美桜ねぇの口の中にモンブランを放り込んだ。

「あむあむ。 蓮ちゃんのことだから本当に食べないと思って信じてたよー」

口いっぱいにモンブランを含む美桜ねぇは至福の表情とはまさにこのことかといった顔でモンブランを頬張っている。

なんとなくムカついたので「ペシッ」と美桜ねぇの頭を叩き「だったらくれるなんて言わなきゃいいだろ」と至極真っ当なことを口にする。

「だって蓮ちゃん怒ってたんだもん。 だから最初はあげてもいいかなーって思ったけど、蓮ちゃんのフォークに乗っているモンブランさんがあまりにも美味しそうだったから…… いやー隣の芝は青く見えるってよく言うじゃん」

「なんか使い方微妙に違くないか?」

「じゃあ、失って初めて大切さに気づくってことでッ」

口についたクリームを舐めながらそんな事を言っている美桜ねぇを視界の隅に捉えつつ、おれは冷め切った紅茶を口に含む。

程よい渋みが甘ったるい生クリームの余韻をいい感じに中和してくれた。

自分の分を食べ終わった美桜ねぇは物欲しそうな顔でこちらを見てくるのでまだ二口分程残っているショートケーキを美桜ねぇに差し出した。

「もらっていいのッ?」と目を輝かせる美桜ねぇだが、先ほどのことも考慮してか遠慮しているみたいで、なかなかフォークを動かさない。

「おれたちの間に遠慮なんかいらないだろ」

「ホントっ? じゃあこれからも遠慮なく苺たべちゃうねッ」

「そこは遠慮しろッ」

そう言いつつも、こんなに旨そうに食べるならまた盗られてもいいかぁー。なんて思っている辺りおれも大概だろう。


 ――ケーキを食べ終わり、紅茶を嗜んいでいる美桜ねぇに「部屋思ったよりも片付いているな」と話しかける。

 「あったり前じゃないッ。 毎日ちゃんと片付ける習慣がついてると、部屋なんて散らからないからねー」

 美桜ねぇは「大人でしょ?」と言いたげな表情でえばっている。

――まぁそれが当然なのだが……

 すると、また突然「バタンッ」とドアが開き、優子さんが乱入して来た……

 「もう嘘おっしゃいッ。 今日必死になって私と片付けたくせにー」

 「失せろ」

 優子さんの再三の乱入に流石の美桜ねぇも堪忍袋の緒が切れたようだ。蘭華を彷彿とさせるような絶対零度の表情ですぐさま優子さんを強制退出させた。

 あまりの冷遇に優子さんが可哀想になったおれは美桜ねぇに「なぁ。なんか優子さんも混じりたいみたいだし入れてやろうぜ」と提案した。

 「却下。 蓮ちゃんは久しぶりの私と二人っきりのスイートタイムを邪魔されて嫌じゃないの?」

 「スイートタイムじゃなくてスイーツタイムだろ? それにもう食い終わったしいいじゃんか。次入ってきたら入れてあげようぜ」

 「ぶーー。 蓮ちゃんはいつもお母さんに優しいんだからー」

 「まぁまぁ。 美桜ねぇいつも言ってじゃん『人にされて嫌なことは人にしちゃいけないって』美桜ねぇは仲間外れにされたら嫌だろ?」

 「うーーん。 まぁ蓮ちゃんがそう言うならしょうがないかー」

 「ってか、さっきトイレ行きたいって言ってなかったけ?」

 「忘れてたー。 そう言えば行きたいかもッ。 ちょっち席はずしまーす」そう言うと美桜ねぇは部屋を出て行った。

 やれやれ…… 美桜ねぇも優子さんも自由奔放だから疲れるよ。思考回路が単純だから扱いが楽なのは助かるけど……

 ふー。と軽く嘆息すると不意になにやらピンク色の物を捉えてしまった……

 美桜ねぇの部屋は基本薄いピンク色のトーンで統一されているのだが、その一点のピンク色は明らかに他とは異なった禍々しい色をしていた……

 そして何より、ベッドの下からちょこんと顔を出しているといった状況がその物体の危うさを強調していた。先ほど部屋を見渡した時には気づかなかったため、異質なものはぬいぐるみと絵位なものと思っていたが、そのピンク色は明らかにこの部屋には似つかわしくない代物だ……

 ベッドの下。ピンク色。雑誌。 

――間違いない。これはちょーどえっちぃHONDA!

そこからのおれは早かった。美桜ねぇが帰ってくるまでの間にどんな性癖なのかを知り、直ぐにベッドの下に隠そうッ。そう考えたおれは電光石火の速度で雑誌をベッドの下から引きずり出すと表紙を見た……

――表紙には「今夜も親子丼ッ!」とでかでかと書かれていた……

これはアカン物を見てしまった……そう考えたおれは直ぐにベッドの下に戻そうとしたが、悲しきかな男のサガ……ページをめくり中を覗きたいそういった欲望におれは抗えなかった……

――そしてお約束のごとく美桜ねぇが帰ってきてしまったのだった……

「ガチャッ」とドアが開いたと同時に、おれは部屋の風通しを良くするため網戸になっていたベランダの網戸を開け、『親子丼』を投げ捨てた――。

ベッドの下に戻したからといって美桜ねぇの目にはもうおれが何かしらを隠したことはバレてしまう。そして、ベッドの下を確認されたらもうジ・エンドだ。しかしベランダから投げ飛ばしてしまえば、何かしらを投げたことはバレるが証拠は隠滅出来る。そう考えての判断だった。

「なにやってるの?」美桜ねぇはきっとそう言うとおれは考えていた……

しかしおれの予想とは異なり美桜ねぇが紡いだ言葉は「お母さんッ!」であった……

次いでおれの鼓膜を揺さぶった言葉は「いてっ」と言う優子さんの声であった……


――状況を説明しよう。

おれがエロ本を投げる。→美桜ねぇが戻ってくる。それと同時に優子さんが倉庫から持ち出した梯子を使いベランダから侵入しようとする。→美桜ねぇが丁度ベランダに乗り込んだ優子さんを見つけ「お母さんッ!」と言い、優子さんにはおれの投げ飛ばした危ない本がぶつかる。→おれ目が点。 ←今ココ……

「やっぱ蓮ちゃんもお母さん混ぜるの嫌だったんじゃーん。 本投げて追い出そうとするなんてさッ」

心無しか上機嫌な美桜ねぇを真剣な眼差しで見つめる優子さんは口を開いた……

「美桜。 蓮太郎くんが私にぶつけた熱いパッションをよく見なさい」

優子さんはそう言うと美桜ねぇにピンク雑誌を見せつける……

「蓮太郎くんは私も混ぜて親子丼を希望のようよッ」

「こっこの本は…… 違うんだよッ。 べっべべべつに私がえっちい訳じゃなくて。 れっ蓮ちゃんがあんなお願いをするからいけないんだよッ」

――美桜ねぇご乱心ですッ。もうテンパり過ぎて何を言っているのか理解不能です。

突然の非常事態に目がグルグル回っている美桜ねぇ……

「私が一肌脱ぎましょう」と言いつつブラウスに手をかける優子さん……

――だッダメだ。ブレーキをかける人がいねぇ。

「とっ取り敢えず中に入って休憩しましょうッ」そう言うので精一杯だった。


――「そういう訳であれは私の持ち物じゃなくて友達から借りた物なんだからねッ」

部屋に入り紅茶を飲むと些か落ち着いた美桜ねぇが事のあらましを説明してくれた。

その説明を聞きおれと優子さんは状況を理解したのだった。

――ってかエソニーさん絶対美桜ねぇをからかって遊んでんだろ……美桜ねぇはよくエソニーさんの話をしてくれるがどうもあの人は美桜ねぇをからかって遊んでいる節がある。 ――美桜ねぇをからかっていいのはおれだけなのに。

「とにかくッ。 お母さんも勝手に部屋に侵入してこないでよねッ」

「そうですよ。 本当に優子さんはこの部屋の地縛霊みたいですよねー」

「そうよッ。 私は蓮太郎くんへの強い思いがこの部屋へと縛りつける地縛霊としたのよッ」

「優子さんまだ生きてますよね?」

「まぁそこは生き霊ということでッ」

「ねぇねぇ私会話から完全においてきぼりなんだけど……」

美桜ねぇは地縛霊という単語の意味を知らないのか完全に会話について来れず、しゅんとしてしまっている。

「地縛霊ってのは簡単に言うとその土地に強い思いがあって死んじまって霊になった奴のことだな。そこから離れられなくて寂しいから他人を引き込んで交通事故を引き起こしたりと、まぁあんまりいい存在じゃないな」

「ええぇーー。 私、今日の占いで地縛霊がめっちゃツイてるって出たんだけどッ。 ってか地縛霊こわッ。 私事故に巻き込まれてるじゃんッ。 二位だったのに全然ツイてないじゃんッ!」

「大丈夫よ。 美桜には私が憑いているわッ。 それにもう美桜は事故に巻き込まれているわッ。 親にエロ本が見つかるなんて完全に人生において事故ちゃってるわ」

「もうその話は忘れてーーッ!」

 ――本日もまぁ一花家は平常運転です。

 

その後は「せっかくだからご飯でも食べていってよ」という優子さんのお言葉に甘えて夕御飯をいただくことにした。

なにやら企んでいるような顔をしていたあたり、出てくるのはきっと親子丼だろうな。

そしておれの予想通り夕御飯には親子丼が食卓に登った。美桜ねぇとおれはなんとなく気まずい気がしたが、優子さんはとても楽しそうにしていたので、まぁ良しとする。

その親子丼の卵は優子さんのようにふわふわしていた……


――さてッ。美桜ねぇにも言われたし菜乃花ちゃんに電話でもするか。

美桜ねぇの家から帰宅したおれは、風呂を済ませたあと、寝る前にいつも連絡を取っている菜乃花ちゃんに電話をすることにした。

ここ最近は常に履歴の一番上にある「菜乃花」という文字を慣れた手つきでタッチする。

「プルルルル。プルルルル。プルルルル。 ガチャ」3コール目で他の女の子よりか幾分か高い、菜乃花ちゃんの優しい声がした。

「もしもしー。 蓮太郎くん。 私今お風呂上がりで髪濡れているからすぐに乾かしてきますねッ。 またかけ直していいですか?」

「りょーかい。 おれは別にまだ寝ないから急がなくていいよ。 いつもみたいに歯磨きして、寝る準備万端になったらまたかけてねー」

「りょーかいですッ。 では、またー」


なんだか心無しか顔が熱い気がする……よかった今が夏で。

――だって頬熱さを夏の暑さのせいにできるからさ……

取り敢えずおれも明日の準備でもするか。そう考えたおれは教科書を用意し始める。

するとまだ電話を切ってから五分くらいしか経過していないはずなのに携帯電話が振動し始めた。ディスプレイが黄色く点滅しているということは菜乃花ちゃんで間違いないだろう。

「もしもし。 早かったねー。 急がなくていいって言ったじゃん」

「私っていつも直ぐに眠くなっちゃうじゃないですかー。 だから少しでも長く電話したくて、ちょっとばかし急いじゃいました」

「あのなー。 菜乃花ちゃん風邪気味って言ってなかったか? 風邪ひいたら困るから今日は早く寝なさい」

本当はおれなんかと電話するために急いでくれて嬉しかったのだが、これ以上顔が熱くなってしまうと、こっちまで熱を出したしみたいになってしまうため、クールダウンした。

「でもでも。 今日はみかんを沢山食べたのできっと治っています。 今もすごく体調いいですし、絶好調ですッ」

「夏なのにみかん? みかんなんか売ってるの?」

「売ってますよー。 それに夏のみかんはハウス栽培で天候や温度の変化が少ないから美味しいんですよ。 それにみかんにはビタミンC、A、P、ペクチンクエン酸、食物繊維が豊富に含まれていて体に良いんですよ」

「そうなんだ。今度おれも買ってみようかな。 じゃなくて。おれも乗っちゃったけど夏のみかんに対する雑学はいいから。 ちゃんと寝なきゃダメでしょ。 また元気になったら長電話すればいいんだからさ。 あっ最後に聞きたいことがあったんだ。今度の土曜日遊びに行かない? 行ってみたい店があるんだよ。 なんか今人気のダイニングバーらしんだけどさ、飲研の参考になるかもしれないし、もしよかったら行こうよ」

――我ながらかなりベタな誘い文句になってしまった…… もう少し気の利いたセリフを考えつかなかったのかと、自分を叱りつけてやりたい……

「行きたいですッ。 そう言えば蓮太郎くんも土曜日バイトお休みでしたよね。 せっかくだから遊びに行きたいと私も思ってたんですよー。 どこにあるんですか?」

「うーんと六本木だから菜乃花ちゃん家からは少し遠いんだけど、今六本木ヒルズで天空のアクアリウムっていうのがやってるみたいで、それもすごいらしいんだよね」

「天空のアクアリウムなんてロマンチックじゃないですかッ。 すごい行きたいです。 そう言えばミッドタウンも近くにありますよね。 そこも行ってみたいです」

「あそこもいいらしいね。 ってかなんかデート行くみたいじゃん」

「そう言われるとなんか照れちゃいますけど、確かにデートみたいですね」

そう言うと菜乃花ちゃんとおれはなんだか照れくさくなりお互い笑ってしまった。

「何時にどこ待ち合わせにするー?」

「そうですねー。 じゃあ二時くらいに国分寺にしましょうか」

「オッケー。 じゃあ乗る電車の時間調べたらまた連絡するよ。 八号車に乗るから、菜乃花はそこらへんで電車待ってて」

「はーい分かりました。 どんな服着てこっかなー。 どんなのがいいとかあります?」

「いつもの感じでいいんじゃないかな。 でも個人的にワンピースに一票」

「ワンピースですね。 了解ですッ」

――本当にワンピース着て来てくれるのか…… ワンピースに異常なコダワリがあるおれはテンションが上がってしまっている。 できれば白希望です……

「まぁ詳しいことはまた決めればいいから今日はこの辺で寝なさい」

「まだ十二時にもなってませんよ。 まだ大丈夫ですー」

「ダメです。 こないだもそれで後五分、後五分ってやってたら一時超えちゃったじゃん。 おれは寝るの遅くても大丈夫な人だけど菜乃花ちゃんは違うじゃん」

「わかったよぅ。 じゃあまた電話していいですか?」

「おう。 いつでもウェルカムだよ。 ってことで、おやすみー」

「やった。 ではまた明日ー。 お休みですー」

――電話が切れない…… おれは電話をするときはいつも相手が電話を切るまで待っている。 なんか昔親にそうしなさいって言われてからそういう習慣がついてしまった。



――暫しの沈黙の後「蓮太郎くん切らないの?」と菜乃花ちゃんの声がした。

「そっちから切ってください。 私からは断固として切りませんッ」無言のおれに菜乃花ちゃんは続けた。

「おっけー。 じゃあお休み」

――プツッ。ツー。ツー。

本当は「そっちから切れよ」「いーえ。蓮太郎くんから切ってください」みたいな青春的なやりとりをしてから電話を切りたかったのだが、如何せん菜乃花ちゃんの可愛さにやられそうになっていたので自重する。

しかし、このままではなんだか物足りない気がしたので菜乃花ちゃんにメールを作成することにした……


「今日も電話ありがとう。 明日は今度の土曜日の詳しい事決めようね。 おやすみ」と菜乃花ちゃんに短いメールを送った。

――すると、直ぐに菜乃花ちゃんから返信が来た。

「わー。丁度私からおやすみメールを送ろうとしたんですよッ。 こちらこそありがとうッ。 また明日も楽しみにしてます。 明日にはちゃんと風邪も治して、ちゃんと蓮太郎くんと電話したいですッ。 おやすみー」

菜乃花ちゃん……どんだけ可愛いんだよ。 ホントにもう耐え切れる自身がねぇよ。

土曜日おれ耐え切れるのかな? 

楽しみと、後悔が五分五分の気持ちのおれは、未だ菜乃花ちゃんからのメールを読み返している……

もう既に菜乃花ちゃんに心が傾いていることをおれは自覚しつつ、ケータイを枕元の充電器に差し、就寝することにした。

おれの頬の熱が伝わったのか? 熱くなったケータイ。

外の熱気。

そして。おれの気持ち……

今夜は暑さで眠れそうもなかった……

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