フクロウよ誰の為にホーと鳴く

violet

フクロウよ。お前は誰の為に鳴いたのだ

 今日も、我が身惜しさに娘や息子を差し出す貧民がやってきた。


「王様、どうぞこの子をお受け取りください」


 強引に作った笑顔を下品にひけらかして、夫婦は少女を差し出してきた。ボロ布を身に纏った金髪の少女は、伸びきった傷だらけの前髪が右目を隠していた。


「ふむ。ではそこの娘、こちらに来なさい」


 私がそう言うと、夫の方が娘の尻を引っ叩いて急かした。


「お待ちください」


 謁見の間の窓際で寛いでいた黒猫が、唐突に話し出した。


「ね、猫が喋った……」


 夫婦が驚くのも無理はない。


「リオ、その姿で話すなとあれほど言っただろう」

「おっと失礼」


 黒猫の姿をしたリオは、瞬く間に女性の姿に変身した。黒いマントに黒いとんがり帽子被っていた。背丈は小さくて幼く見えるが、私よりも歳を取った魔女だ。


「お二方。本当によろしいのですか。二人の子供。愛の結晶でしょう?」


 リオはそう言って夫婦を見つめた。すると夫は罰が悪そうに目をそらして口を開いた。


「私たちにはもう、それしか生きる手段が無いのです」


 夫は俯いた。磨かれた大理石の床が夫の表情を反射させていた。リオもそれを見たらしく、顔をしかめた。


「リオ、余計なことをするな。さあ娘よ、こちらに」


 娘がこちらに寄ってきて、そして側近の兵士に拘束される。


「娘は確かに受け取った。これはその代金だ。そして子供税の免除を言い渡す」

「は。有難うございます」





「リオ。先のは何のつもりだ」


 夫婦が帰った後、私はリオを咎めた。


「お前も分かっているだろう。人口が増えすぎた為に各地で食料不足が発生している。子供税によって解決の兆しが見えてきたというのに、水を差す気か」


 私の言葉に、リオはムッとした表情でこちらを睨んだ。


「ええ、わかっています。しかし、納得はしていません。他に方法は無いのですか」

「無い。むしろこれ以上ない程に効果的な手段である」


 子供一人につき多額な税金を支払わせる法律により、貧困層は子供を差し出さないと生活できない程に追い込まれる。しかし富裕層は支払うことが出来るため、貧困層の生きる価値の少ない子供のみを間引きすることが出来るのだ。


「王様。私は生きる価値の少ない者なのですか」


 夫婦に差し出された娘が、私に問う。


「そうだよ。貧困な者たちは、能力が無いから貧困なのだ。その能力がない者同士で出来た子供が君だ。君の能力は親に似て低いだろうし、よって価値も少ないのだ」


 私の言葉に、娘の反応は思いのほか素っ気なかった。むしろ側にいたリオが額に手を当てていて、大層嘆いていた。


「その価値のない私を、これからどうするのですか」

「明日の朝、処刑する。食料が勿体ないからな」

「そう、ですか……」


 娘は俯いた。


「娘よ。名は何という」

「ララです」

「ふむ、ララか。良い名だな。お前の両親も、お前を産んだ頃はたっぷり愛するつもりだったのだろう。だからララよ、両親を恨むでないぞ」


 娘は困ったような表情をしていた。


「明日死ぬ私に、そんなことを言ってどうするのですか」

「まあ聞け」


 私はさて、と一息ついた。


「この城の南に森があるだろう。その森を抜けた先に泉がある。そこにある小屋に住む者は、何やら訳ありの者たちを匿ってくれるそうだ」

「何を言っているのですか?」

「良いか。絶対に城を抜け出して、そこに向かおうと思わないことだ」

「は、はあ」


 ララと私のやり取りを聞いていたリオは、呆れたように笑っていた。





 夜。どうやらララは城を抜け出して森に入っていったようだ。小娘に易々と抜け出されてしまうなど、城の警備はどうなっているのだ。聞けば錠の閉め忘れという。呆れた話である。


 私は棚から水晶を取り出した。そこに魔力を込めると、水晶が輝いてとある場所を映し出した。この城の南にある森だ。その森の中を、ビクビクと怯えながら歩くララがいた。


「ふむ。あの娘、あれ程言ったのに城を抜けて森に入っていったのか。馬鹿者め」


 私はニヤリと笑う。


「生きる価値の無い小娘が。ならば証明してみせよ。そこの森は獰猛な獣も生息している危険なところだ。見事森を抜け、生き延び、やがて人の為に役立ってみよ」


 高みの見物と行こうではないか。


 私は水晶にてララを見守る。ララは遅いペースで、しかし着実に森を進んでいった。


――ウオォォォオオオン!


 オオカミの遠吠えが響いた。


「ひぃ!」


 ララは怯えて立ち止まってしまう。無理もない。オオカミに襲われてしまったら、小娘など一溜まりもないだろう。


「もう嫌ぁ!」


 ララは音を上げて跪く。


「どうして私ばかりこんな目に!」


 ララは泣き出した。


 諦めるのか。つまらぬ。非常につまらぬ。やはり貧困な親から産まれた子も、出来損ないでしかないのか。生きる価値が無いと言われても尚、諦めてしまうとは。情けない。


 さて、終いとしよう。


――ホー、ホー、ホー……。


 私は水晶をしまうのを止めた。


「今のは、フクロウの鳴き声」


 あの森にフクロウは生息していないはずだ。


 そしてララの前に降り立ったのは、やはり一羽のモリフクロウだった。茶色で縞々の翼を折りたたんで、首をくねくねを動かしていた。


 そしてまたホーホーと鳴いて、空を飛ぶ。


「待って」


 ララは慌てて立ち上がると、そのフクロウを追いかけていく。


 そしてフクロウを追いかけているうちに、いとも簡単に森を抜けていった。


「フクロウよ。お前は誰の為に鳴いたのだ」


 私は水晶に映るフクロウ、リオに問う。魔女である彼女は、恐らく私の声が聞こえているだろう。


「人間の為というのなら、ララを助けるべきではなかった」


 水晶に映るリオは、人間の姿に戻ってこちらを見た。やはり聞こえているらしい。


「私は、子供を殺さないといけない立場でありながら、それでも子供を愛さずにはいられない。そんな王様の為に鳴いたのです」


 リオの言葉に、私は目を見開いた。


 はは。言ってくれる。私がそんな甘い男に見えていたらしい。笑わせてくれるな。


「あ、そうそう。いい加減言っておきたかったのです」


 リオは、そしてこう言い放った。


 この、ツンデレ王め。

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