フクロウじゃなきゃダメみたい
告井 凪
フクロウじゃなきゃダメみたい
「ふわぁぁぁぁ……フー助くん、もふもふ……かわいいっ」
僕の目の前で、僕の好きな女の子が、フクロウを撫でくりまわしている。
「いいなぁ、かわいいなぁ。うちでも飼いたいけど、マンションだから絶対無理だもんなぁ」
「フクロウって飼うの大変だからね。マンションじゃなくてもなかなか難しいかもよ」
「そっか~……でもいいなぁ、もふもふ」
フクロウ――フー助、完全に甘えるモードになってる……。
飼い主(父親)の息子にはこんな風に甘えたりしない。ていうかデリケートで、知らない人が来ると嫌がるのに。撫でまわしても嫌がらないなんて。動物に好かれる人って、本当にいるんだな。
僕の名前は
二人とも高校二年生だ。
最初に言った通り、僕はクラスメイトの津久見さんのことが好きだ。
二学期になって隣の席になって、話をするようになって……でもそこから進展が無くて、困っていたところを助けてくれたのが、フクロウのフー助だった。
家でフクロウを飼っているという話をすると、見に行きたい! という話になり。
ここ二週間ほど、学校帰りに毎日見に来ている。
ただ――。
「ふふっ、フー助くんかわいい~」
カワイイのは津久見さんだっ。
はぁ……これ、進展してるって言うのかな。
放課後毎日、一緒に帰ってうちに寄る。
それだけ聞くと付き合ってるんでしょってなるけど、実際にイチャついてるのはフー助だ。そこ代われフクロウ。
津久見さんはフー助のために僕と一緒に帰っているだけなのだ。
好きな子が、玄関とはいえ家の中にいるというのに。
1ミリも進展してない。
このままじゃダメだ。状況を動かせ。この恋を進めろ!
「あのさ、津久見さん。今度、映画見に行かない?」
「うん? 映画……?」
「そう――鳥が出てくるやつ」
*
僕はやり遂げた。
日曜日、津久見さんと映画を観に行くことになった!
鳥が出てくるとか意味不明な保険をかけてしまったけど、それでも誘うのには成功した。
やばい、私服かわいい! かわいいって言いたいけど恥ずかしいから無理!
これってデートって言うんだよね? 言っていいよね? ダメなのかな?
どっちでもいいや! 少なくとも進展したのは間違いない!
……はずだったんだけど。
「津久見さん、映画、面白かったね」
「…………」
「えっと、津久見さん?」
「あっ! うん! すっごく面白かった!」
これは、映画のチョイスを間違っただろうか。
確かに鳥になった魔王が異世界に飛んで世界を救ったのに追いかけてきた勇者にやられて電子の海を漂う鳥になるという、ごちゃごちゃした設定の話だったからなぁ。
「福谷くん疑ってない? ほんとに面白かったよ? あの電子の海を漂う鳥が、仲間を集めていくところ、感動しちゃった」
「う、疑ってないよ? 僕もあのシーン好きだな。みんなの声が鳥に届いて――」
気のせいかな?
今のはちょっとボーッとしていただけで、映画は楽しんでいたみたいだ。
少しだけホッとする――のは、早かった。
さすがに即解散! にはならず、チェーンの有名喫茶店に入った。
「…………」
「…………」
別に話題がないわけじゃない。学校のこととか、なんでも話せるはずだ。
でも……津久見さんが上の空なんだ。
ぼーっと地面を見ていたり、今だって僕の後ろの方を見ている。
話が弾んだのは、さっきの映画の感想だけだった。
これは、まずい。
やっぱりチェーンの喫茶店なんかじゃダメなのか。もっとオシャレなとこに入るべきなのか。でも高校生ならこういうとこが普通だよね?
……いや、きっとダメなんだ。もっと色々調べて、お金も貯めてから誘うべきだったんだ。
だって、そう思わなきゃ僕が死ぬ。
そういう理由じゃなきゃ、単純に僕といるのがつまらないってことに――
(あああぁぁぁぁ! そんなことを考えるなぁぁぁ!)
現実から目を背けるなとか言うな!
「……はぁ」
「……はぁ」
思わず出たため息に、僕は慌てて口元を押えた。
な、なにしてんだ僕は! ていうかいま津久見さんもため息ついた!?
もうだめだ死ぬ!
見ると、さすがに津久見さんもため息はまずいと思ったのか、同じように口元に手を当てている。
あぁ……これが、現実なのか。
僕は現実を直視してしまった。
身体が鉛のように重くなる。本当に死ぬのかもしれない。
だけど……。
「あの、さ。津久見さん。……ええっと」
「は、はいっ! あ……福谷くん、ごめんね、わたしその」
うわっ、やばい、謝られた。
僕どんな顔してるんだ?
津久見さん、そんな不安そうな顔しないでくれ!
躊躇っている場合じゃない。僕は持っているじゃないか。
すべてをリセットする、最強のカードを。
いま使わなくて、いつ使うんだ?
僕は津久見さんの目を真っ直ぐ見つめて。切り札を、出した。
「この後、フー助、見に来る?」
「――行く!」
即答し、一瞬でキラキラした笑顔になる津久見さんだった。
*
「ふわぁぁぁぁ……フー助くん、かわいいようっ、モフモフだよう」
僕はモフモフに負けた。
完敗だよ、フー助。
「ん~~やっぱりかわいいなぁ~」
「……よかった」
好きな女の子を不安そうな顔のままにしておけない。
だから、これでよかったんだよ。
僕には津久見さんを笑顔にしてあげられなかったから。
今日。津久見さんは、いつものようにフクロウを見に来た。
僕との映画はそのおまけ。
僕の恋は1ミリも進みやしない。
明日も明後日も。ずっと変わらない。
ドキドキしながら一緒に帰って、フクロウを見せる。それだけなんだ……。
「……ね、福谷くん」
「――っ、な、なに?」
「今日、ありがとうね。映画、誘ってくれて」
「……え? い、いや、僕は……」
「ごめんね、わたし、たぶんヘンだったよね」
――ヘン? そんなことない、いつも通りかわいいよ。
それよりも、かわいい津久見さんに謝られたら、僕はもう――
「わたし、緊張、してたっ」
――立ち直れない………………え?
「男の子と、ふたりきりで……映画の、デート! なんてっ」
「つ、津久見さん?」
「嬉しかったのにっ、わたし、わたし――」
「あ……」
見ると、フー助を抱えた津久見さんの顔が、真っ赤になっていた。
「――今日はもう帰るね! はいっ、フー助くんありがとう!」
「ぶわっ! ――う、うん、気を付けて」
顔にフー助を押しつけられて、どけた時には津久見さんは背を向けて、玄関から出ようとしていた。
「津久見さん、また明日!」
「――うん! また明日ね!」
振り返った津久見さんの顔はやっぱり真っ赤で、笑顔で手を振って出て行ってしまった。
「……進展、あったの、かな」
「ホッホーウ」
フー助の鳴き声が、どこか誇らしげに聞こえた。
フクロウじゃなきゃダメみたい 告井 凪 @nagi_schier
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