フクロウさんは切り札になりたい

かーも

フクロウさんは切り札になりたい

 オタクの聖地として有名な池袋は、フクロウの街としても有名である。池袋の「ぶくろ」からもじっただとか、もともとフクロウがいたからだとか、様々な話がある。


 しかし、池袋にフクロウの逸話は存在しない。一羽のフクロウは、それを知り、フクロウの逸話になりたいと願った。


 だが、残念なことに、そのフクロウは幽霊だったのだ。


* * *


 んー、なんかうるさいなあ。僕の睡眠妨害をする奴はだれなんだよ!


 僕はフクロウ。ただのフクロウさんなんだ。さっきまで長い眠りについていたような気がする。それも、この騒音で目覚めてしまったけど。


「ふぁぁ、よく寝た。よく寝たってええええ!?」

 目を覚ましていきなり視界に入ってきたのは、大きなフクロウ。昔、池の中の自分の姿を見たことがある。全体的にもさぁぁっとしてて、目がぱっちり開いてて、もう、目の前の鳥そっくり。僕以外のフクロウさんを見たのは、実は初めてなんだ。


「僕フクロウさん!君もフクロウさんだよね!?よかったら、その、お友達になってくれたら嬉しいなーなんて……」

 と、ここで僕は、とても重大なことに気づいてしまった。このフクロウ、さっきから全く動いていない。微動だにしない。いや本当に。


 まあ、気まぐれなフクロウさんもいるからしょうがないと思いつつ振り返った。……人がめちゃめちゃいるではないですかあ!?しかも、見たことのないヘンテコな服を着てのんびり歩いている。周りは平らな壁が続いていて、上からは人間さんの文字が書かれた箱がぶら下がっていた。


あれ……もしかして僕、すごいところに来ちゃったかも?


* * *


 どうやら僕は周りの人から見えていないらしい。さっきからたくさんの人に話しかけているけど、返事を返してくれた人は一人もいない。


「僕、本当に変なとこに来ちゃったみたい!」

 これからどうしようかな。行くあてもないし。かといって、ここから動かないのもなんだかなあ。


 低空飛行で人間さんたちの上を飛び回る。やっぱりみんな、僕のことに気づかない。ちょっとくらい驚いてくれたっていいのに!


 本当にここには知らないものだらけ。四角い箱がたくさんあって、とにかく人がいっぱいいて、そんでもって太陽がないのにすっごく明るい。小耳に挟んだ話だと、ここは「いけぶくろえき」ってところなんだってさ。


 池袋駅にはたくさんのフクロウさんがいた。それで、みんな像だったんだ。さっき気づいとけばよかったなあ。寝起きだったからしょうがないか。ちなみに最初のフクロウさんは「いけふくろう」っていうらしい。なかなかイケてる名前ではないですか。


 いけぶくろえきを飛び回っていると、若い女の人たちの声が聞こえてきた。

「池袋ってなんでフクロウが有名なの?」

「え?知らなーい。あれじゃん?いけぶくろ、いけふくろ、いけふくろう……なんつって」


…………えーと。もしかしてだけど、フクロウさんの逸話があるとかじゃないんですかね。ただの語呂合わせなんですかね。


フクロウさんの像がたくさんあったから、フクロウさんは偉いんだーとか思ってたんだけど、違ったようだ。てっきり昔、どこかのフクロウさんがすごい存在だったとかそういうものを想像していた。


いわゆる、切り札……って呼ばれるくらいの。


* * *


 あぁー、ひまですよひまですよぉー。誰も僕のこと見えてないし、ぶつかりにいってもスィーって通り抜けちゃうし、やっぱりここはおかしな世界だ。話し相手が欲しいです……。


「おーい! そこの幽霊さん?」

 中学生くらいの女の子が話しかけてきた。「え、もしかして僕に話しかけてくれてるの!? 嬉しいけどごめん! 僕、幽霊じゃないよ!」

 どちらかというと女の子の方が幽霊な気がする。地面に足がついていなくて、若干透けているような……?


「なんというか、フクロウでも幽霊だったら喋れるんだ……」

「え、だから僕幽霊じゃないんだってば」

 幽霊に幽霊呼ばわりされるんじゃ、困ったもんだ。

「ところで、ここはどこ? 僕、変なところに来ちゃってさー」

 女の子は怪訝そうな目を向けて聞いてきた。

「もしかして、……自分が死んでるって、気づいてないの?」


* * *


 いやー、やっぱりね!僕も薄々気づいてたんですよねー。……すみません嘘です。全く気づいてませんでした。周りの人たちがおかしいんじゃないかって思ってました。


「僕、死んでたんだー。そっかー。そうなのかー」

「顔は変わってないけど、声が死んでるよ」


 それはいいの!フクロウさんだもん。表情豊かとか憧れるけどね!


「えーと、名前聞いてもいい? いや、気になってさ」

 気分転換に羽をバッサバッサ動かしながら聞く。

「え? ナンパなら結構なんでーって冗談! 私の名前はエミ! 命の恩人を探しにきてるんだー。君を私の助手にしてしんぜよう!」

 エミという少女は笑顔でそう言った。


* * *


「命の恩人? 待って話が壮大なんだけど僕の名前は……」

「いけふくろう! そうでしょう! いけふくろうの幽霊さんだよね」

 いけふくろう……?って、あれだ。イケてる名前のあいつだ。あれ?僕ただのフクロウなんですけど。


「ごめん、命の恩人って、君も死んでるよね? 助かってないけど」

「ちがうんだってばー! 幽体離脱っていうの。私すごいから!!」

 誇らしげにエミは笑った。


 「いけぶくろえき」はすっごく広い。不思議なものがたくさんある。例えば、人間さんがピッって薄い板をかざして通るところとか。勝手に通れないようになっているのかー。でも幽霊だから、そんなの必要ない。スゥーっとただ中に入ればいいんだよね。でも、まだ幽霊って認めたくないんだけどー!


「それで……ここに命の恩人が来るんだね?」

「んー。たぶん。この辺で助けてもらったから。三ヶ月前くらいかなー?」

 エミの話はかなりあやふやで、怪しい。


「でも、フクロウが助手なんて、魔法使いみたい!……本当はカッコいいドラゴンとか?そういう方が強そうだけどー」

 エミがよくわからないことを話していると、突如、響き渡る声がした。

「まもなくー、三番線に急行 ……」

「なになに!? 事件! どうしよう!」

 エミは笑いをこらえながら言った。

「電車が来るんだよ。アナウンスって知らないの?」


 左のほうから、ガタンゴトンと音を立てて、

かなりの速さが四角い箱が迫ってきた。あれが「でんしゃ」ですか!?


* * *


 どうやら慌てているのは僕だけらしい。周りを見下ろすと、当たり前のように「でんしゃ」を待っている人たちがいる。うーん。待っていない子もいるみたいだけど。小さな女の子が蝶を夢中で追いかけている。


「命の恩人の話。私、線路に落ちたんだけどね、引かれる直前にフードを誰かに引っ張られたんだ。一瞬だったからそれしかわからないんだけど」

 着ている服の後ろの、余っている布をヒラヒラさせながら言った。中にはいったらぬくぬくしそうですなあ。

「特徴とか、覚えてないの?」

「えー。わかんなーい。あ、電車きたよ」

 これじゃ見つからないと思ったとき、蝶を追いかけていた女の子が消えた。正確には、落ちた。


「危ない!!」

 何かに衝き動かされるように、僕は女の子の「ふーど」の中に入って、勢いのまま女の子ごと上に持ち上げられた。

 瞬間、「でんしゃ」が目の前を通り過ぎる。助かったみたい。


「僕、今、実体化した!?」

 女の子のお母さんらしい人が駆け寄ってきた。

「ナツ! 引かれたかと思ったわ!」

「ごめんなさい……。でも、誰かが助けてくれたの! 一瞬!」

 女の子はそう言って振り返ったが、僕のことは見えるはずがない。そっか、僕、この子を助けたんだ。


* * *


「いやぁ、働いたから疲れちゃったよぉ。ところで、恩人見つかった? 僕、それどころじゃなくて……」

「……見つかった。命の恩人は、いけふくろう!!」


 僕、さっき起きたばっかりなんだけど。いつ助けたっけ?

「悪いけど僕……」

「ほんっとうにありがとう。あのとき助かってなかったらって思うと。今ね、病院で昏睡状態でさ。もしかしたら目覚めないかもだから」

 無傷では助からなかったのか。でも、僕助けてない。


「あ、そろそろ戻らなくちゃ」

 エミの身体が透けていく。

「僕、助けたかなぁ? でも、なんかそんな気がするし、どういたしまして!」

「ありがとう。 池袋駅の切り札はいけふくろう!」

 そう言って、エミは消えた。あぁ、僕も時間みたいだ。記憶が、エミとの記憶がなくなっていくのがわかる。切り札の能力を使ったら、全部忘れちゃうのかな?


* * *


 いけふくろうと呼ばれる像は、僕にそっくりなんだ。それはこの前確かめた。僕はいけふくろうなのかもしれない……と、最近思っているんだよね。僕はただ、「いけぶくろえき」を通る人を見ているだけ。ひまだけど、たくさんの人がいて、見てて飽きないんだ。


「エミ! そろそろ行くよ!」

 懐かしい響きがした。

「えー。久しぶりに外に出たんだもーん」

 エミと呼ばれた声の主に目を向ける。ふと、向こうもこちらを見てきて微笑んだ。どこかで会ったような、どこかで話したような、そんな気がした。

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