また会えたね

芝樹 享

冒険の予感

「また、冒険に連れてってよ!」


 あたしは、その動物に訴えかけた。動物でありながら、二足立ちするアイツは、風変わりな恰好をしている。

 天気が晴れている、雨が降っているにも関わらず、時代劇でみた笠―――三度笠、菅笠と呼ぶらしい―――を被っている。腰には特注で作られたのか、朱色の大柄な万年筆を急角度に差している。アイツの笑顔というものをあたしは、何度か冒険をしているけど、一度も見たことがなかった。

 まるで、感情のない顔であたしを見つめる。寡黙で、突然怒り出すことがあり、つかみどころがない性格だった。だけど、どこか信頼できる表情だ。そうあたしには受け取った。そんな薄情にも似たアイツが、珍しくあたしに書置きを残した。


 じんじゃのごしんぼくへ きておくんなはい


 ぶっきら棒な字だった。それもそのはず、日本語はあたしが教えたからだった。でも嬉しかった。書置きに使ってくれただけでなく、二年ぶりにアイツに会えるからだった。


 冒険への期待があたしの中で高まった。急いで学校を飛び出し、滝の見える高台の神社を駆け上がる。境内までの階段は、勾配がきつかったけど、わくわくする冒険に比べれば些細なことだった。心が無我夢中で息切れを忘れるほどだった。

 到達した。石畳をゆっくりとご神木の方角へと歩んでいく。


 分厚い木の根がいくつも顔を出している。樹齢何千年といえる大樹が、吹き抜ける一陣の風とともに姿をあらわした。


 あたしが来るのを待っていたのか、あたしよりも極度に身長の低いアイツが、ご神木の前で見上げていた。

 風が吹き抜けるたびに木の葉が舞い落ちてくる。二年前と変わらない後ろ姿と三度笠、そして緑色の外套がいとうをひるがえした。

 アイツが振り向くと同時にまたも、強い風が吹き抜ける。

 外套をはためかせ、全身灰色のウサギが振り返った。普通のウサギとはちがい、ひとまわり大きい凛々りりしい姿で立っていた。

「久しぶり。また、会えたね!」

「お久しゅうござんす。紗英さえどの」

 低く鋭いキレのある声があたしの耳に響いてくる。抑揚のない顔が飛び込んできた。一瞬猫ともおもえる髭がピンと伸び、三本線が張り出している。


 それが三度目の再会であり、あたしにとって冒険の幕開けだった。


                                 完?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また会えたね 芝樹 享 @sibaki2017

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ