ジェネリック幼女スペースシャトル

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

幼女=スペースシャトル はかせ≠博士≒ひろし

「博士、ついにここまで来ましたね」


 助手三郎は涙ながらにつぶやいた。

 彼の隣では、博士太郎も感慨深くうなずいている。


 二十世紀初頭。

 エネルギー問題を解決し、地球という小さな世界の開拓を終えた人類は、必然、宇宙の開拓へと乗り出した。


 宇宙開拓事業の幕開けである。


 しかし、月への有人飛行さえ二昔の出来事。にっちもさっちもいきやしない。


 根本的な問題は、スペースシャトルにあった。

 一基のスペースシャトルを宇宙ソラに飛ばす費用は、約10億ドル。

 日本円にして1240億円である。これはロリポップを、単純計算で31億個買える金額だ。


 これだけのコストを掛けながら、さらに乗組員の命まで保証しなければならない宇宙開拓という事業。

 とてもではないが割に合わないし、数年やそこらで劇的な改善は見込めないはずだった。

 そうだ、前代未聞のブレイクスルーでもなければ。


「まさか、幼女がスペースシャトルと高い共通点を持っているなんて、しょうじき盲点でした」


 助手三郎が博士太郎を見る目には、まぎれもない尊敬が浮かんでいた。

 日本紳士協会名誉会員である博士太郎は、各国が宇宙の開拓に停滞するなか、異次元の学説を提唱した。


 それこそ、ジェネリック幼女スペースシャトルである。


 博士太郎に曰く、幼女とスペースシャトルには高い相関が認められる。

 大気圏脱出速度を得るほどの高い推進力を持つスペースシャトルだが、幼女も同じように背伸びという特徴を持っている。


 背伸びをする幼女とは、成長というエネルギーの啓示的な発露であり、つまり未来への無限の可能性だ。それは重力などという脆弱な鎖にはとらわれない爆発力を有していた。


 スペースシャトルは大気との摩擦熱を最小限にするため丸みを帯びているものだが、幼女もまた独特の丸みを帯びている。熱を持つと赤くなることまで同じだ。


 シャトルには乗組員や物資が当然収納されるわけだが、幼女の包容力は語るまでもなくバブみである。


 さらにいえば、シャトルが惑星間を往復するさまは、幼女の初めてのお使いに似ており──と、例をあげれば枚挙にいとまがない。

 幼女とスペースシャトルが同一のものであることは、もはや語るまでもないことだった。

 故にこの学説は、一瞬で世界中に広まった。


 博士の革新的な論文、研究を始点として、宇宙開発は一気に進展し、ついに本日今日。

 人類初の外宇宙往復ジェネリック幼女スペースシャトルが、打ち上げられる運びとなったのである。


 事実、助手三郎たちの前にはブランコに腰掛けた幼女が、内部に人員と物資を満載し、出発のときを今か今かと待ちわびていた。

 なぜブランコかというと、大気圏突入の初速とスイングバイを同時に確保し、なおかつかわいいからという理屈だった。完璧である。


 そう、ブランコに揺られる幼女はまさに、自由の女神以上に尊かった。

 イッツ、パーフェクトリーである。


「博士、質問があります」

「なんだね、助手ニコフくん」

「助手三郎です。もしいま、幼女が靴を飛ばしたらどうなるでしょうか? 大気圏を脱出するでしょうか?」

「そんなこともわからんのかね? 表なら明日の天気は晴れ、裏なら雨になるに決まっているだろう」

「…………っ!」


 博士太郎の一縷の隙もない完璧な理論に、助手三郎は感激し打ち震えることしかできなかった。

 天候は、スペースシャトルの打ち上げに際して最も重要なファクターの一つだ。

 ジェネリック幼女なら、ここまでカバーできてしまうのである。


 そうこうしているうちに、打ち上げの秒読みが始まった。

 幼女が勢いをつけて、ブランコを漕ぎ始める。


「いよいよですね、博士!」

「そうだな、助手ヴィッチくん」

「助手三郎です。ところで博士、スペースシャトルと幼女がジェネリックの関係にあることはよく分かったのですが……ひとつだけ、かねてからの疑問があるんです」

「うむ、言ってみたまえ、ジョッシュ三郎くん」

「助手三郎です。宇宙に飛び立った幼女は、いったいどうやって地球に帰ってくるのでしょうか……?」


 助手三郎に問いかけに、「ああ、そんなことか」と、博士太郎は平然と答えてみせた。


「それはだね、地球が母なる星だからだよ。幼女は必ず、母親のもとに帰るものだから──」

「あ、博士! 打ち上げですよ! 3、2、1」

「ゼロ!」


「「ボンヴォヤーーーーーーージュ!!」」


 ブランコからテイクオフした幼女が、白煙を上げながら蒼穹へと昇っていく。

 助手と博士は、いつまでも。

 いつまでも幼女へと手を振りながら、その光景を眺めていたのだった──


§§


「ねぇ、お母さん。あのおじちゃんたち、ずっとあたしに手を振ってくるよ? なんなのかなぁ?」

「しっ! 見ちゃいけません。あれはジェネリック紳士発電機といって、妄想で都市の電気を賄ってくれているひとたちなの。妄想と発電には共通点があって、これは来年学校で習うと思うのだけど……とにかく長い時間見つめていると、公害で目が悪くなっちゃうから、早くおうちに帰りましょう?」

「はーい! おじちゃんたちも、バイバーイ!」


 日本紳士名誉会員である博士太郎の革新的論文によって、人類はエネルギー問題を解決した。

 博士がはじめたジェネリック紳士発電機は、いまや人類にはなくてはならないものだった。


 幼女とその母親が、足早に去っていく様を、博士たちは笑顔で見送り、手を振り続ける。

 彼らはお互いの名前も正確には思い出せないほどの、深い妄想世界へとダイブしていた。

 彼らの妄想、両手のキワキワとした動き、表情筋のゆるみなど一挙手一投足は、いままさに発電へと結び付き、今日も世界と幼女の笑顔を照らし続けるのだった。


 そう、妄想という内なる小宇宙の探求が。

 誰もが幸福な世界が、はじめて実現されようとしているのだった──



 ジェネリック幼女スペースシャトル 完

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