フクロウと魔法使い

嘉代 椛

フクロウと魔法使い

 フクロウの首は270度回る。


 人間はそれを見て、「さすがは神の使徒様だ」と口々に言った。フクロウは知恵を持っていた。というのも彼の創造主、簡単に言うのなら父親に当たる人物が、彼を自分の次に賢く作ったからである。


 なのでフクロウは、人々の言っていることが勘違いだと分かっていた。彼は眼球をあまり動かすことが出来なかった。加えて彼の視界は110°しかなかった。だから首を回すのだ。対して、人間は眼球を自在に動かすし、彼らの視界は170°もある。そんな彼らが口々に「すごい、すごい」と自分をはやし立てるのが、フクロウにはどうにもくすぐったかった。


 フクロウから見れば、人間はとても素晴らしい生き物だった。彼らは時に、その腕で素晴らしいものを作り上げた。それは絵画であったり、詩であったり、機械であったり、様々であったが、そのどれもがフクロウには作れないものだった。フクロウには翼があったが、それでできることは、力強く大気の中を進むことだけだった。


 フクロウはある日、一人の老人を呼び出して言った。


「人間たちは、どうして私を敬うのですか」


 その老人は、人間の中で最も賢いといわれているものであった。時に人の手に負えない現象さえ使いこなす彼を、人々は畏敬を込めて魔法使いと呼んでいた。フクロウには、彼がどうやってその魔法を使っているのか分かっていた。しかし、その仕組みはこの上なく複雑だったので、フクロウはそれを作った老人のことを尊敬していた。


「フクロウ様、それはあなたが素晴らしい存在だからです」


 老人はそう言った。彼は杖をついていたが、体が悪いわけではなかった。ただこうしていると威厳が出るので、ただそうしているだけだった。


「いいえ、そうではありません。ともかく、お座りなさい。体に障るといけません」


 フクロウの言葉に、老人は面食らってしまった。というのも、彼はフクロウも人間も同様に見下していたからだ。魔法を見せてほしいとせがみに来る人間たちは、日ごとに数を増やしていって、彼はうんざりしていた。そして、フクロウもどうせ魔法を見たいのだろうと、たかをくくっていたのである。


「貴方は、私の魔法をご覧になりたいのではないのですか」


 フクロウは不思議そうに首を回した。その様子に老人は、自分がとんでもない思い違いをしていたのだと、気が付いた。老人は、フクロウの首のつくりが人間と違うことを知っていた。だから周りの人間がフクロウを褒めたたえるたびに、馬鹿だなと思っていたし、フクロウを尊敬する気持ちなんて、これっぽっちもなかった。老人は慌てて言葉を続けた。


「どうして、私にそんなことをお尋ねになるのですか」


 今度は、フクロウは反対に首を回した。老人は何か気に障ったかと思って、どきっとしたが、フクロウの黒い瞳は深い知性を湛えていた。


「あなたが、私を敬っていないからです」


 老人は唖然とした。唖然として、そして自分の自惚れを深く恥じた。フクロウは自分が侮られていると分かっていながら、老人に座るように勧めた。そして心無いおべっかにも、穏やかに対応したのである。同じことができるのかと、老人は自分に問いかけた。うぬぼれた心が、羞恥の色を帯びるのと同時に、その形を変えるのが分かった。


「お答えします。フクロウ様」


 老人は立ち上がって、深々と頭を下げた。杖はもういらなかった。


「彼らは、フクロウの首の骨が、人間より多いのを知りません。それに視野が広くないのも、その翼では物を作れないこともです。彼らは分からないものを、分からないからという理由だけで、そのままにしているのです。それがどう作られたかなど、想像もしないのです」

「それは、あなたの魔法に対しても同じなのですね」


 老人はその言葉に声を上げて泣いた。その声があまりに大きかったので、フクロウは彼を大きな翼で包んでやった。老人はほかの誰よりも一生懸命努力をした。魔法が使えるようになった時、彼はとても喜んだ。

誰にもできないことを成し遂げた彼は、誰にもできないことを成し遂げてしまった彼になった。人々に理解されない中、ただフクロウだけが彼のしたことの偉大さを理解していた。


 老人が泣き止むと、フクロウはそっと翼を離した。彼はつきものが落ちたようにすっきりとしていて、少年のような笑みを浮かべていた。それはフクロウも同様だった。なぜなら、彼は自分と対等に話すことのできる存在を初めて見つけたからだ。


「私はあなたの友人になりたいのです」


 フクロウがそういうと、老人はとても驚いた。しかし、何度もフクロウが頼むので、恩人の願いを無下にするわけにはいかないと、最後には承諾した。フクロウが身震いを一つすると、一枚の綿毛がふわりと浮かび上がった。綿毛はつがいの小さなフクロウになると、老人の両肩にそれぞれ留まった。




 老人がもといた家に戻ると、たくさんの人間が彼に魔法を見せてくれとねだった。彼はそれまでもっていた杖を投げ捨てて、こう言った。


「魔法を教わりたいものは、明日からここへ来なさい」


 そうして、フクロウは魔法使いの使い魔となった。


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フクロウと魔法使い 嘉代 椛 @aigis107

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