三竦みゲーム

陽月

三竦みゲーム

 克哉かつやが玄関のドアを開けると、「お帰りなさい」と息子の祐介ゆうすけが出迎えた。珍しいが、ないこともない出来事だ。

 こういう時は、お願いしたいことがあるのだと決まっていた。


「ただいま。それで、今日はなんのお願いだ?」

 父の問いに、息子はバレているのかと笑う。

「自由研究はさ、新しいゲームを作ろうと思うんだ。で、とりあえずできたから、実際にプレイして、お父さんの意見が聞きたい」

 鞄を持つよと差し出す手に、預けて、並んでリビングへ向かう。

「どんなゲームなんだ?」

「ジャンケンみたいなの。まあ、実物を見せて説明するよ」


 リビングテーブルの上には、既に祐介が作ったゲームが用意されていた。

 奥のキッチンからは、夕飯ができるまでやっていてと、声が飛んでくる。

 祐介のゲームは、カードゲームで三種類の絵柄がそれぞれ四枚ずつ用意されている。絵柄は、へびかえると茶色い何かだ。


「それじゃ、説明するね。お父さんは三すくみって知ってる?」

「蛇は蛙を食べる。蛙は蛞蝓なめくじを食べる。蛞蝓は蛇を溶かすってやつだろ」

 父の答えに、祐介はさすがだと目を輝かせる。

 茶色い何かの正体が、蛞蝓なのだと、これで判明した。


「このカードを混ぜて、裏向きで六枚ずつ配るでしょ」

 祐介は、説明をしながら、手を動かしている。配り終えたら、カードを確認する。

「お父さんも自分のカードを見ていいよ」

 指示に従い確認すれば、今回はきれいに二枚ずつだった。

「せーので一枚カードを出してね。いくよ、せーのっ」

 場に出したのは、克哉が蛇で、祐介が蛙だった。

「蛇は蛙に勝つから、今回はお父さんの勝ち。勝った人がカードをもらう」

 克哉が場のカードを手札に戻そうとして、祐介に止められる。

「ごめん、手札には戻さなくて、横に置いとく」


「次行くよ、せーのっ」

 今度は二人とも蛞蝓を出した。

「引き分けだな。この場合はどうするんだ?」

「引き分けの時は、出したカードは次へ持ち越し。次に勝った人がカードをもらう。で、六枚全部出し終わった後に、カードを沢山持っていた方が勝ち」

 回数に限りがあり、出せる手に制限があるジャンケンのようなゲームということだ。


 途中に夕食をはさみ、父と息子が対戦すること十戦。その勝敗には偏りがあった。

「これで十回。祐介はこのゲームどうだ?」

「うーん、六回だから結構引き分けになりやすい。あと、お父さんに勝てない。考えたのは僕なのに」

「まあ、お父さんだからな」

 父の自慢げな表情に、息子がむっとする。

「お父さんは大人だから、何かあるんでしょ。教えてよ」


「仕方ないな。祐介は、自分の手札を見て、どれを出そうか考えているだろ」

 素直にうなずく。

「父さんは祐介の手札と自分の手札を考えて、出す札を決めている。違いはそこだな」

「でも、相手の手札は見えないよ」

 息子の反論に、克哉はちっちっちと、人差し指を動かした。

「甘いな。全部のカードが全て配られているんだから、配られた時点で持っていないのが相手の手札だ。そこから出たものを引いていけばいい。見えていなくとも、何を持っているのかはわかるんだよ」

「なるほど。もうちょっと考えてみる」


「それじゃあ、もう一つ。せっかく三竦みを使ったゲームなんだから、もう少し三竦みを意識してみよう。このままだと、ジャンケンと変わらない」

 言っていることがよくわかりませんという表情をする祐介。

 克哉は、蛇、蛙、蛞蝓のカードを一枚ずつ場に出した。

「こういう状態だとどうなる?」

「あいこでしょ」

「単にあいこじゃなくてだな。この状態で、蛇が蛙を食べるとどうなる?」

「蛞蝓に溶かされる」

「じゃあ、蛙が蛞蝓を食べたら?」

「蛙は蛇に食べられる。そうか、勝てる相手がいるのに勝つことをやってしまったら自分が負けるんだ」

「そう。だから、どうにも動けない。そういうのも、上手く使えればいいんじゃないかな」

「わかった。考えてみる」



 翌日、克哉の帰りを祐介が待ち構えていた。

「おかえり。昨日のゲームをもうちょっと考えたんだ」

 早く早くと、リビングへ急かす。


 リビングへ辿り着けば、嬉々として考えた新しいルールを発表する。

「まず、配るカードは五枚ずつにして、残りは山札にする。これで、奇数回の勝負だから、引き分けになりにくいし、山札分の相手がもっているかも知れないカードが生まれるから、相手の手札が把握しにくくなるでしょ」

 どうだこれなら昨日みたいには行かないぞと、祐介が胸を張る。

「で、せっかくの山札だから、これも使う。お互いに、一回だけ待ったができる。その時に山札を引くんだ。あいこの時に、勝つ札がでたらその場でカードをもらえる。あいこのままなら、そのまま。負けたら山札カードはなくなって、二枚だけであいこに。勝負がついているときなら、三竦みになればあいこにできるし、そうでなければ勝った方が一枚多くカードをもらえることになる」

「あいこの時に山札カードが負けても相手には行かないんだ」

「そう。蛇と蛇がいるところに蛙が来たら、蛙が食べられて終わりでしょ」

 きちんとカードの力関係を利用したルールというわけだ。


「そしてもう一枚。ジャジャーン」

 そう言って取り出したガードには、ふくろうが描かれていた。

「それは梟か?」

「そう、梟は、全部食べるからなんにでも勝つ。でも入っているのは一枚だけ。例えばだけど、負けたときに待ったをして、三竦みであいこにできれば、次に梟を出して、負けを一気に勝ちにできる」


「なるほど、山札や切り札で、ジャンケンよりもゲーム性を出したわけだ」

「では、一勝負お願いします」

「よし、やってやるか。簡単には勝たせないけどな」


 二人がやる気になっているところに、キッチンから声がかかった。

「二人とも、盛り上がっているところ悪いけど、ご飯できたから、勝負は食べてからにしなさい」

「それじゃあ、ご飯を食べてからにするか」

「行かないと、お母さん怖いしね」

 父と息子は、揃ってキッチンへ向けて返事をすると、配膳の手伝いに向かった。

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