血湧き肉躍れ!

naka-motoo

血湧き肉躍れ!

 彼女のコードネームは『フクロウ』。

 彼のコードネームは『月影』。


 闇夜に蠢く呪いの言葉を吐く輩、殺意こもった逆祓さかばらえを行う逆賊どもを駆逐するのが2人の使命だった。


「逆賊すなわち誠なき者ども」


 フクロウたちの属する『Dance with blood』の主催者であるCAPは明確でシンプルな定義を持つ。

 つまりは派閥・階級・年齢・性別・金の多寡など意に介さない。


「卑怯かどうか」


 すべての判断基準がこれに尽きる。

 口でいかように正義を騙る人間であろうとも、他者を欺き虐げる卑怯者は逆賊なのだ。


 フクロウも月影も、骨の髄まで染みている。


 そんなDance with bloodが組成以来最悪の卑怯と対峙する案件にぶつかっていた。


「フクロウ。先物市場を虚偽のデータでコントロールしようとしている民間シンクタンクが黒幕とつながっていることまでは切り札たるキミのお陰で掴めた訳だが」

「CAP。切り札は月影よ。わたしは前座でしかないわ」

「フクロウ。キミこそ切り札さ。俺はキミの頭脳で体を動かすだけさ」


 月影は謙遜など込めずに事実を告げた。CAPが続きを急ぐ。


「しかし、時間がない。こうしている間にも原油・穀物、あらゆる先物市場が恣意性を持って奴らに牛耳られてしまう。その意味は?」

「市場原理の滅亡」


 フクロウと月影が声を揃えた。

 月影が呟く。


「本来市場原理は冷たいものではない筈だ。それが本当にならな。本来それはスポーツのルールにも似た明確で透明なものだ」


 フクロウが薄く笑う。


「スポーツが公正だって思ってるの?」


 ・・・・・・・・・・・・・


 フクロウと月影。

 どんなに敵の兵力が甚大であろうと先端テクであろうと、常にたった2人で数の論理に立ち向かってきた。


 実は、今回の案件で黒幕の特定はできていない。

 しかし、民間シンクタンクそのものを叩けば動きを鈍化させ、コンマ数秒が命取りとなる先物市場から黒幕どもを一時的に退出させることは可能だ。


「フクロウ。武器は何を」

「短刀のみ。月影も同様に」

「わかった」


 月影はフクロウの戦略に絶大な信頼を置く。民間シンクタンクとは言いながらその実態は黒幕のグレーゾーン寄りの縁者が取締役にずらりと並ぶ武装集団だ。

 頭脳はAIと必要最低限の研究者どもで事足りる。


「行くわよ」

「ああ」


 ごくオーソドックスなビジネススーツの2人が選んだのは平日の正午少し前の時間帯、侵入するのはシンクタンクの中枢ラボ。


「アポイントメントがおありですか?」

「いいえ。飛び込みの営業です」


 月影がエントランスの守衛に応対する。検知器に通される2人。


「金属、何をお持ちですか」

「水筒です」


 2人してステンレスのコンパクトな水筒をバッグから取り出した。


「開けてみてください」


 ゆっくりとキャップを回す。


「・・・・・どうぞ」

「ありがとう」


 ビジネスチャンスを逃さないしたたかさを持つと最初から調査済みだ。アポなしの客でも差別はしない。

 自分たちの金儲けのためならば、分け隔てがない訳だ。


 フクロウが月影に囁いた。


「2分よ」

「了解」


 エントランスまで迎えに来たコンサルタント部門の担当者が名刺を渡そうとするその脇を2人は音もなく駆け抜けた。


 そう。マラソンのトップランナーがアスファルトを猫足の如くひた走るように。

 ただ、彼女の場合はフクロウが飛行する如くだが。


 走りながら2人はバッグから水筒を取り出し、カシュン、と中から短刀を滑り出させる。残りはコーヒーごとフロアに捨て置いた。


『チェックの正解は、‘水筒を逆さに’だ。言えるわけもなかろうが』


 月影はほんの少し口元を弛めがならフクロウの指示を受ける。


「月影! あなたはトレーディング用のAIルームを!」

「ああ、フクロウ、頼むぞ!」


 通路を二手に分かれる。

 この時点で10秒。


「でえい!」


 月影が短刀の切っ先でAIルームの認証システムを高速スキャンした。

 日々あらゆるシステムパターンを数万回シミュレーションしている彼にとって、偶然ではなく必然の解除だ。

 ビ、という軽いショート音と共にドアが開く。


 人は、いない。


 ’驕ってやがる‘


 心でほくそ笑み、AIしか居ないその本体を、短刀のひと突きでダウンさせた。




「どいて」


 フクロウが静かに声を掛けてどかない相手は、シュン、という音すら聴かせない神速で頸動脈を切られていった。


 ラボの床が血でぬめる。

 フクロウはその床を、やはりまるで飛行しているとしか思えないようにスリップもせずに最短距離・最少歩数で駆け抜けていく。


 があれば頸動脈を切りながら。


 の居る部屋にたどり着いた。

 この時点で45秒。


「あなたが頭脳ね」


 フクロウは数人いる内の一番若い女性研究職に向き合った。


「な、なにを」

「見れば分かるのよ。ごめんなさい」

「わ、私はただの研究員よ! ただこうして理論を構築しプログラムを組むだけ!」

「あなたの報酬は?」

「え?」

「いくらなの?」


 嘘を言っても無駄だということを彼女は十分理解した。そして答えた。


「3年契約で、10億」


 フクロウはゆっくりと彼女に歩み寄る。


「このリスクも報酬の内だったのよ」


 そっと抱きかかえ、心臓を刺し貫いた。


 フクロウが現場を離脱しても、追おうとする気概のあるは1人もいなかった。


 ただ、若く美しき自分たちのボスが胸から流す血がラボの床に広がるのを見つめているだけだった。


 この時点で1分30秒。

 フクロウは彼女を殺すのに一番秒数を使った。

 フクロウなりの心だった。


 バラバラにラボの建物から離脱するフクロウと月影。


 CAPが運転する軽四ワゴンがスペック以上のスピードとブレーキングで別地点を疾駆する2人を回収した。


 ・・・・・・・・・・・・・


 夕刻までには10数社の一部上場企業の株価が急落するというニュースがネットに流し続けられた。


 結果は後から、必ず、付いてくる。

 不誠実な者どもはそれなりの報いを。


 市場原理の掟だ。


「フクロウ。今晩、食事しないか?」

「月影。わたしは喪に服する」

「・・・そうか」


 誰かをの命を滅した後しばらく、フクロウは音楽すら聴かない。


 人間としての慈しみと、猛禽としての誇りの現れなのだろうか。


FIN

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