Kill him who doubts by food cooked raw!

西藤有染

Food cooked raw.

「あの東洋人はまだ見つからないのか!」


 声を荒げる事によって苛立ちを表に出す。机の向こうに並ぶ部下たちの顔が一斉に青くなる。


「申し訳有りません。ですが、何分この街は広く、全て洗い出すにももう少々時間がかかるかと」


 うちひとりが、賢しげにも言い訳がましく口答えしてくる。が、求めていたのはそういった反応では無い。机の上に載せていた足を無言で天板に叩き付ける。突然鳴った大きな音に、驚いて部下は肩を跳ね上げ、喋っていた者は口を閉ざした。そうだ、それでいい。俺の存在に、一挙一投足に恐怖し、支配されている様子を見て、満足する。だからこそ、俺に恐怖せず、挙句騙してきたあの東洋人が許せない。


「あの東洋人め、俺様を騙しやがって! 生きては帰さねえぞ……!」


 先日、ひとりの東洋人が取引を持ち掛けてきた。通訳を介した商談に持ち込まれたのは、袋に入った「質の良い大麻」と言う名目の品だった。一目見て、上等なものである事は伺えたので、こちらは喜んで取引に応じ、相場からは考えられない程の低価格で買い取った。相場を知らない可哀想な東洋人を騙したと思ったが、騙されたのはこちらの方であった。大麻だと思って買い取った物が全て茶葉だったのだ。ここまで馬鹿にされて、ただで生かしておくわけにはいかない。袋叩きにするだけでは済まない。もっと、トラウマを植え付けなくては。


「そういえば、東洋人は生の食品を好んで食うらしいなあ?」


 この国で生の物を食うとどうなるか、身をもって体験させて、ヤツらの好きなものを2度と食えなくしてやる。


Kill him who doubtsオレを騙したアイツを me by food cooked生食でもって殺せ! raw!」


 その言葉に、部下たちは一斉に部屋から飛び出して行った。何処からか、梟の鳴き声が聞こえてきた。後ろを振り返ると、窓の外の木に一匹の梟が留まっていた。じっとこちらを見つめるその目が何となく気味悪く、思わずカーテンを閉めた。



 部下たちに紛れて建物の外に出て、人目のつかない物陰へと隠れる。変装を解き、近くにいるであろう自分の相棒へと声を掛ける。


「もういいぞ、小次郎。出てこい」


 すると、静かに羽根を羽ばたかせて、一匹の梟が近くの茂みの上に器用に留まった。


「お主も見ていたでたろう? 敵の親玉は怒り心頭の様子だったぞ。いやはや、上から見下しているつもりの人間を手玉に取るのは何とも痛快なものよ」


 こちらが漏らす笑い声に応じて、小次郎も目を細め、ホーウと愉快そうに鳴く。


「お館様に敵の様子を探って来いと言われた時は、容易いことだと思っていたが、何を言っているのかさっぱり分からなかったな。敵性言語ではあるが、やはりこれからの時代に合わせて、学ぶ必要があるな」


 小次郎も首を大きく傾げていた。いくら聡いとは言え、奴らが何を言っているのか理解出来なかったのだろう。


「しかし、敵の親玉も中々に侮れんな。日本語で我々を炙り出そうとしてくるどころか、こちらの事まで調べ上げているとは、敵ながら用心深い奴だ」


 小次郎は忙しなく首を回し始めた。彼にとってもまた、先程のことは想定外だったのだろう。


「よもや相手に『Kill him who doubts きりふだ me by food cooked rawふくろう』と言う事がバレているとはな」 


 小次郎も、敵ながらあっぱれだと言うように、短くホゥと鳴いた。


「しかし、梟と共に在り、梟と共に闇を生き抜く我ら一族の力は伊達ではない。例えこちらの実力のタネが割れていたとしても、勝つのは我らよの? 小次郎」


 古来より日本では、梟は死の象徴とされ、忌み避けられていた。その象徴を行使し、数々の名士や名だたる強者を闇に葬って来た知る人ぞ恐れる者たち。それが我ら一族だ。今更こんな所で負ける訳にはいかない。そんなこちらの考えを知ってか知らずか、小次郎は首を傾げて短くホウ、ホウと鳴いた。


「ははっそうかそうか、腹が減っておるのか、済まぬな小次郎。すぐに飯を用意してやるからの」

 

 小次郎は首を元の位置に戻し、身を軽く震わせた。準備万端と言う合図だ。彼も餌が待ち切れないのだろう。何故なら、


「彼奴らの肉は脂が乗って美味そうだったろう?」


 小次郎は目を閉じ、長めにホーウ、と鳴いた。その声は喜色に満ちていた。



 

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