ふとした瞬間に思い返して笑う

城崎

会話

私の彼女は、少し気が難しい。嫉妬深いと言った方が正しいだろうか。私がほかの人と話していると、恨めしそうな視線を背中へと向けてくる。それが端的な連絡事項であれ、ちょっとした挨拶であれ、だ。困ったものだと思うと同時に、愛されているのだなという実感も湧いてくる。時折ワザとやってしまうくらいには、そうやって嫉妬している彼女を見るのが好きだ。そう思う自分が、1番困ったものかもしれない。それに、同じように自らも嫉妬をする時がある。その時、普段の彼女を知っていると嫉妬している趣旨を伝えやすい。些細なことであれ、嫌なことは積み重なっていく。言える時に言えるというのは良いことだ。


彼女には、私一筋であってほしい。

深度は違えど、お互い様である。


今は彼女の方が、先ほどまで私が幼馴染に肩を触るのを許していたことに腹を立てていた。

「アイツは私に対して、なんの感情も持っていないよ」

数回目になる言葉。

「どうしてそう言い切れるの? 私から見た由紀は、とても魅力的なのよ? 彼が由紀の魅力を分かっていないわけがないじゃない! もしも分かっていなかったら、その審美眼のなさを恨むわ」

こちらもまた数回目になる、まくしたてるような鋭い言葉。

「アイツに審美眼なんてあるわけないじゃん。買いかぶりすぎだって」

肩を落とした途端、ふいと窓の外を見つめたまま視線を合わせてくれなくなってしまった。窓越しでも可愛らしい瞳に、私はきちんと向き合いたい。

「これはどう? 私が今日購買で買ったメロンパン。オヤツに食べようと思ってたんだけど」

しかし自らには策を考える思考力などないので、物で釣ることにする。

「ヤダ。太るでしょ」

「太らないよ、多分」

「最近気にしてるの。ちょうど昨日も言ったでしょ? むやみに甘いものを勧めないでって」

「だってみゆちゃん、お菓子を見つめる目がすごい輝いてるからあげたくなるんだもん」

今も、彼女の目は窓に映るメロンパンに釘付けである。そんな自分を恥じらうかのように、彼女はこちらへ手を払った。

「メロンパンはダメ。ついでに、その指の隙間から見えるチョコレートもダメだからね? 今日の私は、甘いものは受け付けません」

それでは打つ手がほぼない。思わず、口の端から変な声が漏れ出た。口の端を抑えつつ、なにかないかと鞄の中を探る。

「これは? 近所のファミレスの割引券」

「期限は?」

「……切れてる」

「でしょうね」

ハッと、鼻で笑われた。彼女は、私より私のことを分かっている。

「じゃあこれ。修学旅行で買ったお守り」

「赤いのでしょ? 同じの持ってる」

「そうでした。じゃあこれは? 『サクラ咲くらしい』の3巻」

「この前、由紀の家で読んだ。っていうか、漫画本は持ってきちゃダメでしょ? 早くしまいなさい」

「ごめん。あとはこれ。未使用マスク」

「素直にいりません」

「ですよねー……」

乾いた笑いが、やがてため息へと変わっていく。彼女の視線は、窓から動いてくれない。重さからしたらなんでも入っていそうな鞄にはしかし、彼女の目を引けそうなものは何1つ入っていない。

入っていない。

そうかと、私は鞄からストラップを取り外した。取り外したストラップを手に、彼女の視線の隅に入ればと、窓側へと移る。

「ホッホー、こちらを向いてホ」

声を裏返し、ストラップのフクロウさんはきっとこう喋るだろう風に喋った。彼女はピクリと肩を震わせ、思わず、と言ったようにこちらを振り向く。

「振り向いたホ! やった! 私の勝ち!」

「か、勝ち負けとかそんなものないでしょ!?」

「負けはないけど勝ちはある!」

フクロウに付けられている小さな手を、ガッツポーズに見立てて動かした。彼女はしばらくこちらをぼうっと見つめたのち、穏やかに笑い始める。その瞳と目が合った。意味が分からないと、彼女は言う。私にだって分からない。でも、彼女の笑顔が見れたので今日のところは一件落着なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふとした瞬間に思い返して笑う 城崎 @kaito8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説