サンセット計画、履行します

naka-motoo

サンセット計画、履行します

 ああ。

 疲れた疲れた疲れた疲れた。

 本当にもう疲れ果てちゃったよ、僕は。


 こういう金曜の夜は彼女との逢瀬に限るよ。


「待った?」

「ううん」


 そう答える僕の腕は冷風で痺れ切ってる。

 彼女が大幅に遅刻したからだ。


 彼女も、社畜だから。


「どこ行く?」

「サンシャイン」


 訊くまでもない。

 週末デートの夕暮れ、僕と彼女は必ずサンシャインの展望台に直行する。


 夕日を見下ろすために。


「これで30連勝だね」

「数えてたんだ?」


 何に勝ち続けてたかというと夕焼けの確率にだ。

 どうしてか僕と彼女の逢引の夕暮れは夕焼けになる。彼女が数えててくれた通り、30回連続の夕焼けだ。

 足掛け1年、ずっとそうだ、ってことだ。


「あ。見て。富士山」

「登ったこと、ある?」

「ない」

「いつか一緒に登ってみようか」


 僕らはこんなたわいもない会話を逢瀬毎に繰り返して年を重ねてきてる。

 気が付くと二人ともいい年で、仕事も中堅の域に差し掛かりつつある。


 ずっと社畜のままだけど。


 完全に日が暮れ落ちるまで、つまり夕日の輝きが線になって点になって消えるまで僕と彼女は展望台で寄り添っていた。


「ねえ、彼氏」

「なんだい、彼女」

「ご飯でも食べますか」

「そうしよう」


 どこの国のか分からないエスニック的な料理を下界のサンシャインシティで食べた。ビールがやたらおいしかった。


 ちょっと酔いが回った状態で少し歩くとステイショナリー・ショップがあった。


「寄ってっていい?」

「うん」


 女子はこういうのがやっぱり好きなのかな。

 ステイショナリー・ショップとは言いながら売っているのはほぼ実用的でない文具やアクセサリー的な小物。

 マニキュア、ペディキュア、テディ・ベア。


 プリティな物体が店にあふれてる。

 その色彩にも僕は酔う。


 彼女が何やら真剣に見ているので僕も一人で店内をぶらぶらと徘徊してみた。


「いらっしゃいませ。こんなのいかがですか?」


 このテの店でプロモーションされるなんて予測もしてなかったのでその女の子が指し示す棚を見ると、なぜか電池のコーナーだった。


「電池は、いいです」

「まあそうおっしゃらずに」


 なんのつもりだ? と訝しんだけれども彼女は少し離れたコーナーでまだ真剣に何やら物色している。だから暇つぶしにこのスタッフの女の子の営業活動に協力することにした。


「この電池、軽いんです」

「はい?」

「ほら、こんなに」


 右手に単四、左手に単三を持たされて、


「単三電池の方が小さい単四よりも軽いでしょう?」

「そう言われれば・・・」


 そんな気がしてきた。


「軽いというのは優位性なんですか?」

「ほら、あそこにいらっしゃるのはお客様の彼女さんですよね?」

「はい、まあ」

「彼女さんよりわたしの方が体重が軽いですよ」


 ほえ? と素直に思った。


「軽いのはお客様のおっしゃる通り優位性なんですよ」

「なにかのドッキリですか?」


 最近は素人相手にもこういうことを仕掛ける素人がいるから油断ならない。


「いいえ。本気です」

「なにが?」

「彼女さんからお客様を奪おうと思います」


 僕は気付かれないように数センチずつあとずさりした。


 彼女よ。

 早く来ておくれ。


「お待たせ」

「ちっ」


 彼女にこの女の子の舌打ちが聞こえないかと冷や冷やした。

 彼女は天使のように僕に訊く。


「かわいい女の子ね。何かあったの?」

「電池を売り込まれてた」

「?」


 サンシャインから巣鴨方面に坂を下り、大学をひとつ通り過ぎたあたりが彼女のマンションだ。

 信じられないかもしれないけれども、僕は彼女の部屋に泊まって30連続何もない。


 本当に、何もないんだ。


「わ! ダメだー!」


 彼女の部屋で2人でスマブラをやった。

 僕ができるゲームはこれぐらいだから。

 僕が一方的に負け続ける。


「彼氏、ダサすぎ」

「うるさいよ、彼女」


 そう言っている内に、不意に社畜としての一週間の疲労が一気に押し寄せてきた。


「グデー」

「大丈夫?」


 僕がソファの上でうつ伏せになって背骨の周辺の筋肉の疲れをグデーというつぶやきで表現していると彼女がいつの間にか僕の背中にまたがっていた。


「逆マウントだね」

「覚悟しろ、彼氏」


 ああ、もしかして背中とかマッサージしてくれるのかな、と思ったら、彼女のいつも少し冷たい、けれども滑らかで柔らかな手の感触ではなく、何か得たいの知れない触感が後頭部に伝わってきた。


「イタタタタタ!」

「どうだ、彼氏!」


 つむじからうなじにかけて、ピリッ、とした痛みが走る。

 なんだ、この固さは。


「ほれほれ。ここはどうだい!?」

「タタタタタタ、や、やめれー!」


 今度は耳の裏を痛みが走る。

 指がこんなに固い訳はない。


 爪?

 凶器?


 真剣にそう思ってしまった。


「それそれそれ、女の子に言い寄られてた罰だよっ!」

「あ、やっぱり分かってたんだ!?」

「当然! さあ、若い子がいいんでしょ? 彼氏、白状しろ!」

「よくないよくない! 年増がいい!」

「年増だとお!?」

「わわわわ! 大人の女性がいい!」


 もはや僕が何を言おうと彼女は蛮行を止めなかった。


 ただ、生命が危ぶまれることの恍惚なのだろうか、だんだんと痛みが気持ちよさに変わっていく。

 ああ・・・


 彼女はとうとうその凶器らしきものを、僕の首筋にあてがった。


 でも、いいかも。

 これで終わりでも。


「どう? 彼氏。リンパマッサージだよ」


 彼女は僕の首筋のリンパの辺りをぐりぐりとその固いモノでえぐるように、けれども痛みの一歩手前のような力加減でもんでくれた? 


 フクロウ?


 うつ伏せの僕が顔を横にしてそのぐりぐりした物体を見ると、それは青地に黒と黄色で顔と体と羽が表されたフクロウだった。


 長さ15cmぐらいの、棒状の、木彫りの。


「マッサージ棒ってやつ? さっきショップで買ったんだ」

「ああ、あの時選んでた・・・」

「色んなのがあってさ。猫ちゃん、ワンちゃん、にょろヘビちゃん。でもこのフクロウちゃんが一番効きそうだったから」


 確かに効いた。

 一度は昇天を覚悟したぐらいに。


「ねえ、彼女」

「なに? 彼氏」

「恥骨が当たってる」


 フクロウの足の部分で力いっぱいうなじの凹みをえぐられた。


 僕はソファの上でバタフライするようにジタバタした。

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