フクロウの涙

れなれな(水木レナ)

3.11

 三月十一日。


 その日はつかさくんの誕生日でした。


 いつものように、つかさくんはお兄ちゃんとキャンプ場ではしゃいでいました。


 お兄ちゃんがふと、つかさくんに言いました。


「つかささあ、明日のことだけど、なんでたんじょうびに友だちをよばないの?」


「ママがよばないっていうからだよ」


「なんでママは、よばないっていうの?」


 そんなことを言われても、二つ上のお兄ちゃんの言うことが、つかさくんはわかりません。


「ボク、ちょっとたんけんにいってくる」


「はやく帰ってきてね。じゃないと、ケーキを先にたべちゃうよ」


 お兄ちゃんはスマホでゲームをしながら、つかさくんに言いました。


 つかさくんの誕生いわいに、パパが買ってきたケーキなのにね。





 つかさくんははらっぱに咲いている花を見つけました。


「ママにあげよう」


 そう思いました。


 きっとよろこんでくれる。


 それに、パーティーの席がいっそう、はなやかになるではありませんか。


 つかさくんは夢中で花をつんで、どんどん森の奥へ入っていきました。


「あれ? ここはどこだろう」


 つかさくんは周囲をみわたしましたが、景色はどこもおなじようにしか見えません。


 みどりに包まれた春先の庭です。


「こっちかな? さっきはあっちへいったとおもうから、こんどはこっちにいってみるか」


 分別くさいことを言ってはみますが、まだ五歳児のつかさくんには少しきつい事態でした。


 さあ、迷子です。


 遭難です。





 夕方になって、お兄ちゃんがいち早くきづきました。


「つかさが、帰ってこない。ケーキがまっているのに帰ってこないんじゃ、これはおかしいよ!」


 と、子供らしい理屈をこねました。


 なるほどと思ったので、パパもママも探しに行きました。


 今日は三月十日。


 誕生日のお祝いをしに、わざわざキャンプに来たというのに、大変です。


 捜索隊もしゅつどうしました。


 が、見つかりません。


「つかさー! つかさ」


 大声でよびましたが、つかさくんは出てきません。


「ああ、どうしよう。つかさがこんなことになるなんて」


 ママははんきょうらん。


「泣くのは後回しだ。捜索隊が見つけられないんじゃ、相当だぞ」


 パパは心配のあまり、きつい言い方をしました。


「こんな日に産むんじゃなかった!」


 ついに、言ってはいけない言葉がママの口を突いて出ます。


「産まれたのはつかさのせいじゃない」


「ママのせいでもないよ!」


 パパとお兄ちゃんが口々に言いました。


 そのうち雨がふってきました……。


「無事でいてくれ、つかさ……!!!」


 祈りにも似た時間が、ながい時を支配しました。





 そのとき、つかさくんは大木の根の下にうずくまっていました。


 手にはお花をもっています。


 つかさくんはおなかがすいて、くたびれきっていました。


 そこへ雨がふってきたのです。


 まるでぜつぼうです。


 そのときです。


 大きなつばさのとある野生動物がまいおりてきました……。


「ホッホーゥ!」


「あ、みみずくだ。フクロウかな?」


 フクロウは大木の枝にとまると、つかさくんを見下ろします。


『どうしたの?』


 そんなふうに言っているように見えました。


 つかさくんはうなだれながら、言いました。


「おなかがへって、くたびれちゃったんだ。もう、うごけない。さむい」


『そのお花は?』


「あげる。ママにあげようと思ったけど、もうあえないし」


『そう簡単にあきらめるものじゃないわ』


 ばさばさっと、つばさが風をきる音がして、ふと気づくと、つかさくんの目の前につばさのマントを着たきれいな女の人が立っていました。


 女の人は花をつかさくんの手から受け取ると、ふんわりにおいをかいで言いました。


『おれいにむかし話をしましょう』


 そのひとは、ちょうど三月の十一日にあった大災害の話をしました。


「それってボクの誕生日だ……ボクがうまれてきたから、いけなかったの?」


 そうつぶやくと、つかさくんは気を失ってしまいました。


『なんという、やさし気な子。おまえは大災害の日に生まれ落ちた奇跡の子。人々の希望。全ての人が、おまえの誕生を心からお祝いしてくれる日が絶対くる』


 女の人はつかさくんにマントをかけると、どこかへ行ってしまいました。


 そして、捜索隊がきたころ、日時は十一日に。


 遭難からまる一日が経っていました。


「つかさ、おまえにいいものをあげるよ」


 無事保護されたつかさくんに、お兄ちゃんがぽんとわたしてくれたのは、フクロウの木彫りでした。


「首んとこ、ひねってみなよ。ぎゅっと力をこめて」


 つかさくんが言われた通りにすると……ぽんという音を立ててフクロウの首がとれました。


「かわいそう」


「そうじゃなくて、中を見てみろって言ってんの」


 お兄ちゃんはせかします。


 中には手紙が入っていました。


『この日に生をうけたあらゆる魂に、ことほいでくれる誰かのぬくもりを』


「読んでやる。このひにせいをうけたあらゆるたましいに、ことほいでくれるだれかのぬくもりを……って読むんだ」


「むう。わからないよ」


「ことほいでくれるってなんだろうな? すこしかっこいいよな」


「でもわからない。おにいちゃんがかいたんじゃないの?」


「ううん、ちがう。つかさがねむっていたあたりにおちてたんだ。いみはママとパパにきいてみよう」


 けれど、ママもパパもわかりませんでした。


「それは多分、古い言葉ね」


「今ではあまり使われない言葉だよ」


「ふうん」


 それで、つかさくんは森の中であったことをみんなに話しました。


 女の人に出会って、話して聞いたことも、ぜんぶです。


「そうかー。それで、つかさは羽根にくるまっていたのか」


 不思議なことに、つばさのマントはやわらかな羽毛となって、つかさくんを雨から守ってくれていたのでした。


「たぶん、その女の人がたすけてくれたんだと思う」


「あ! おにいちゃん、それはボクがいおうとおもっていたのに!」


「そうだ、今日はつかさの誕生日だ。無事でよかった! お祝いしよう」


 パパがすっきりした顔で言いました。


 え? とつかさくんは首をかしげます。


「おおぜいのひとがなくなって、たいへんなことがあったひなんでしょ?」


「そうだ、大変な日だ。つかさが遭難にあって、でも助かった日だ」


 つかさくんの笑顔ときたら!


 お兄ちゃんも、パパもママも、みんなにっこりしましたよ!!


「ありがとう」


 つかさくんは、そう言って、しあわせな一日をすごしました。





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