Run away

@yunyunz

Run away

1.日常

綿毛だ。タンポポの綿毛が咲いていた。よく見てみると、周りにも結構咲いている。考えてみると今は春休みだから、時期なのだ。住宅地の公園なのだからチューリップとかそういうもっと華やかなものが咲いていればいいのにと思った。けれど、一本飛ばしてみようと思う。クキを手に取る。横におってちぎろうとした時、ふと昔のことを思い出した。じわじわ記憶が蘇ってくる。その記憶を呼び起こす。じわじわじわじわ……



「ひなみちゃん!だめ!」

私はえっと声を上げた。

「ダメだよ。綿毛を飛ばしたら。」

ことみちゃんだった。お隣の家に住んでいた幼なじみ。同級生だったし、わりに親しかった。

「なんで?」

綿毛を飛ばしたかった。フワフワするのが楽しかったし、なにより退屈だった。

「その綿毛は種子なんだよ。」

「知ってるよ」

正直種子という言葉は聞いたことなかったけど種のことかなと思った。そのことよりも当たり前のことを教えてくる相手の言葉をはねのけたかった。

「だったら、なんで飛ばすの?種子は風にのって遠くに行くためにフワフワがついているんだよ。」

初めて知った。あの時は小学生だったし、タンポポに大した興味もなかったから、新たな知識だった。でも

「いいでしょ?フーってすれば飛ぶじゃん」

なにか反論したかった。論破されたくなかった。

「タンポポは遠くに行きたいんだよ。フーってするのは一瞬だから、近くに落ちちゃう。風に乗らないと遠くに行けないでしょ?」

そうなのかと感心できるだけの寛大さがなかった。素直に納得出来なかった。なにか、言い返したかった。自分の方が優れていると、相手に伝えたかった。いや、伝えるなんていうものじゃない。刻みこみたかった。残酷に。

「そんなんだから、ことちゃんはみんなにいじめられるんだよ!!」

言ってしまった。刻んでしまった。その瞬間のことみちゃんの顔は忘れない。忘れることができない。今までの勝気な表情が一瞬にして崩れさり、儚げになる。目を伏せてくるりと後ろを向き、スタスタとどこかに行ってしまった。



じわじわ出てきた記憶が後退していく。いつの間にか手はタンポポから離れていた。それからことみちゃんとは学校では喋らなかったし、一緒に帰ったりしなかった。それでも私にはそれほどのダメージはなかった。他にも仲いい子は沢山いたし、地味なことみちゃんと二人で帰るより、ちょっと回り道してでもみんなでわいわいかえるほうが楽しかった。今年から高校生になる今ではわざわざみんなと帰るために回り道するより、普通にかえって自分の時間を確保することを優先する。でも、あの時は部活もなかったし宿題も20分やそこらで終わっていた。なにより追い立ててくるものがなかった。受験。レギュラー争い。恋愛。

あの頃は良かったなと切実に思う。だがあの頃に戻りたくはない。中学生活が楽しくなかった訳では無いが、学生生活をはやく終わらせたいのだ。……だいぶ話はそれたがそれから、1年くらいしてことみちゃんは引っ越した。新築住宅地だったのに、住み始めて5年くらいで引っ越しちゃうなんて、もったいないと思う。母が何か言っていた気がする。田村さんち、転勤だってよ、とかなんとか。いや、違ったかもしれない。とにかく、ことみちゃんには酷いことを言ってしまった。喋らなくなっても平気という顔をしていたけれど、本当は違う子と帰るのがちょっと後ろめたかった。ことみちゃんが引っ越した次の春、一期一会と習字に書いた。(そのころは、お習字教室にかよっていたんだ。)ことみちゃんのことを忘れないように。


忘れていた。完全に忘れていた。退屈が極まって綿毛を飛ばそうと思わない限り、一生忘れていただろう。習字もどこに行ったかわからない。最低だなと思った。けれど、人間ってそんなもんかとも思った。そうやって使わない記憶は頭のすみにおいやって、新しい情報を次から次に入れてって、すみにおいやったものは、いつの間にか消えていく。消えていく前に思い出してよかったなと思った。今だけでも頭の中心に置いておこう。また新しい情報に押し寄せられて隅っこによっちゃうだろうけど、今だけ。今だけでも。


ピロンピロン

携帯がなった。着信音は、色々試したけどこれが1番お気に入りだ。着信音っていうのは、毎日10回以上は、聞くものだ。だから、生活に直結している(というのが私の持論だ)。事実、私の叔父の着信音はジジジジッという黒電話の音なのだが、勢いよく鳴り、けたたましく音を出す。私はその音が嫌いだ。叔父も自らが選んだ音にイライラして、結果、家庭状況が悪くなっている(と思う)。携帯を取り出してみると、着信は一件だけではなかった。下から順に開いていく。まず、最初。

『OK!』

同じクラスだった佐藤くんからだ。昨日の夜に何か話していてその返事だろう。何をはなしていたか忘れてしまった。適当にスタンプを押してトークルームを閉じる。

次。

『まわさないとあなたが不幸に……これは世界で3個だけの本当のチェーンメール……(略)』

同じテニス部でペアを組んでいたまいからだ。ほかにも同じ内容のメールが五件ぐらいきていた。返事は送らずに消した。チェーンメールは回さない主義だ。チェーンメールには送らないと不幸になる!!なんて、書いてあるが私はそんな不幸にみまわれたことはない。それにメールで人の幸、不幸が決まるなんて馬鹿らしい。けど、みんなはそうは思わないみたいだ。チェーンメールの発生源なんて知らないけど、チェーンメールっていうのは一斉に五、六件はくる。そこから、十人ずつぐらい増えていくんだから物凄い数になるんだろう。次のメッセージを開く。

『今日、遊ばない?十一時から笑りょうくんいまーす。』

これは保育園から一緒ででいつも一緒にいたはるかだ。面白くて、優しい。それに一度信用した相手のことは絶対悪く言わない。(これって、現代のJKにとって天然記念物ものだね。)私はとってもこの子が好きだ。今は十時半。今から遊ぶとなると着替えてメイクして……色々しなくちゃいけなくてめんどくさいから普通は断るんだけど、はるかとだったらめんどくさいことをしてでも遊びたかった。はるかのメッセージはグループチャットに送ってあったので、ほかにも色々来るんだろう。それでも行こうと思った。ほかの着信は無視して家に帰る。私の住む住宅地は公園を中心に道が7本伸びている。公園から遠くなるほど安い住宅になっているらしく、段々と家は小さくなっている。私の住む家は公園から歩いて2分。まあ中の上と言ったところだろう。玄関の前に立つ。ふっと息をついてドアを開けた。

「あら、ひなみちゃん。お帰りなさい。」

母が待ち構えていたかのようにそういった。返事をしてやらないのも可哀想だから、ただいまと言って二階にあがる。自分の部屋に入ると自然にため息が出ていた。私は母と会話をするのが苦痛みたいだ。今では、顔を見るのも億劫になっている。色白で綺麗な二重。薄い唇……。どことなく顔が似ているのも気に入らなかった。


遊ぶ時、その事をはるかに話してみた。はるかはわざとらしく難しい顔をしてみせると、

「やっぱ、それは環境の変化ってやつじゃなあい?」

と言ってきた。深刻そうな顔をしているが、料金を払わずこっそり注いできたドリンクバーのコーラを飲んでいる。髪は春休み中だけと茶色に染めているし、眉を不自然に整っている。そのアンバランスさに笑ってしまった。隣に座っていたミヤビは

「かんきょーの変化ってうちらも今年から高校生だよ。うち、ひなみんちみたいに親と仲悪くないんだけど?」

と言った。はるかがわざとらしくため息をしてこっちを見る。こちらもオーバーにフンと鼻で笑ってやった。

「実はさ。うちの親離婚した次の日に再婚してんの。新しいお母さん……京子さんって言うんだけどさ。なんか金目当てっていうの?ちょー美人だし若いし、お父さんとはタダで結婚しないと思うんだよね。」

「あ、そゆこと……」

ミヤビの顔がくもった。やっぱ、しらけさせちゃったなと思う。だからまーどーでもいいけどねーと適当そうに言った。

「でもひなみのお母さん、前の授業参観きてたよね?いつ離婚ってか再婚したの?」

「1ヶ月前くらい?」

「1ヶ月?!」

「ま、そんな訳だからさすがのひなみちゃんも環境の変化ってやつについていけなかったんだよね。」

はるかがそう言ってニヤリと笑った。白い歯がチラリとのぞく。その時、りょうとさくまがトイレから帰ってきた。りょうが私の隣にドシンと座る。そして向かいがわにさくまが座った。やっぱり、卒業っていうのは一大行事のようで、その行事を終えた二人の髪の色は明るくなっていた。時刻は11時32分。ちょっと早いがお昼にしようと5人はファミレスに集まった。私は妙にムシャクシャしてカロリーなんて気にせずクリームパスタを頼んだ。はるかとミヤビはヘルシーハンバーグセットでりょうはチーズインハンバーグ、さくまはダブルハンバーグにポテトを追加した。ちなみにりょうと私は今月の初めに付き合いはじめた。今日で3日目。ここで別れたら一生笑いもんだなと思う。前の彼氏とは1年くらい続いた。結構いい感じで卒業まで余裕で続くと思っていたのに、余裕で別れた。それから、元彼は1週間もしないうちに他校のかわいい子と付き合い始めた。受験のための塾で知り合ったらしい。でも、その子もよく見ると足太いし、鼻大きいし私の方がいいかなと思う。それなのにあっちを選ぶなんて、見る目がないんだね。元彼にふられた夜、はるかに電話してぐちりまくった結果、この結論にたどり着いた。それまでにかかった時間は2時間、電話を切った後通話記録を見て驚いた。時間の割には内容薄かったなーと思う。それでも、何かあった時愚痴れる相手って大事だ。だから、嫌なこととかあったら、すぐ携帯を手に取る。そんなふうにして母親のことも相談した。相談してどうにかなるっていう訳では無いが自分の中で溜め込むよりだいぶましだと思っている。

「そうそう。相談ってだぁいじ!!」

りょうはそう言って私の肩に手をのせた。重みがつたわる。

「お前さっきから、メロンジュースばっか飲んでばっかだけどよ。」

果汁0%のメロンジュース。何故、メロンと名付けた、とちょっと思った。

「はるかだけじゃなくて俺にも相談しろよな?」

りょうはそう言ってドヤ顔になった。サッカー部だったからか、肌はこんがりやけている。けれど、凹凸がなく、綺麗だ。りょうはとにかくかるい。その性格でよく今まで生きてこれたなと思う。

「いったい何の話してたのよ?」

「ひなみが難しい顔してたからじゃない。私がひなみんちのこと言ったらさ。りょうがヤキモチ焼いちゃって。」

と、はるかが言った。

「理由になってないし。」

いつの間にかメロンジュースはなくなっていた。

「ついでくるぞ。俺も飲みたいし。何がいい?」

なんでも、とつぶやいた。りょうはちょっと眉をひそめたが何も言わずに席を立った。

「ちょっと、ひなみ。なんであんなぶっきらぼうないいかたすんのよ?」

はるかが声をひそめて言った。

「うるさいなぁ。もー、なんでもいいでしょ。りょうってさ。なんかかるいんだよねー。」

ミヤビが笑った。

「そうでもないよ?2年の時りょうと1ヶ月ぐらい付き合ったことあるけどさ。別れた後やばかったからね?女子と目も合わせないの。てか合わせんのが怖かったんだよ。1週間は続いたからね?」

ミヤビはひとしきり笑った後こっちを見た。

「だからさ、ひなみ。簡単にわかれちゃだめだよ?あー見えて繊細なんだから。」

初めて知った。はるかを見ると、

「私は知ってたよ。部活の時ミヤビに聞いたもん。」

「俺も知ってたぜ。2年の時はりょうと同じクラスだったし。」

そうだったのか。ひたすらかるいやつだと思っていた。そんな1面があったなんてまったく知らなかった。やっぱ、人間多面体なんだなと思う。

「ひなみ、かるいかるい言ってたもんね。前の彼氏がくそまじめだったからかなー?」

「まじめだったら、別れて3日でほかの女とつきあう?」

その時りょうが帰ってきた。手にはメロンソーダとカシスオレンジが握られている。私の前にカシスオレンジを置いてそれで良かった?と聞いた。

「うん。ありがと!てか、りょうもドリンクバーたのんでないんでしょ?ただ飲み禁止って知ってますよねー?」

いつになく明るい声を出す。りょうも笑って

「ばーか。そこに飲んでくださーいって置いてあんのに金払うわけねーじゃん。」

と言った。

「そーそー。マジメに払ってんのひなみだけー!」

とミヤビも続ける。みんなが笑った。いつものかるいりょうだったけどミヤビの話を聞いた後だったからすごくかっこよく見えた。あの話を聞いたからってかっこよくみえるなんておかしいと思う。そう思ったら、自然に笑いがこみあげてきた。今自分が思っていることを、口に出したくなった。

「りょう、大好き!」

恥ずかしくて本人の顔は見れない。たくまがヒューヒュー!と茶化す。ミヤビが写真まで撮り出した。はるかが大好きだってー!と叫ぶ。私も大声で笑った。りょうも意味不明な声を上げる。私たちの大騒ぎはウェイトレスがクリームパスタを運んでくるまで続くことになる。


2.亀裂

目の前には色鮮やかな夕食。足元にはモモちゃん(愛犬で犬種はチワックスだ)。隣には椅子。向かい側にはスーツの中年男性。その隣に清楚なワンピースをきた女が座っている。二人とも夕食には手をつけていない。無言で私を見つめていた。だが、何も喋ろうとしない。私も真っ直ぐ2人を見つめ返した。

「何か、話があるんでしょ。ご飯冷めちゃうし、はやく話してよ。お父さん。」

「……」

「それがね……。まことさん。あ……お父さんね。転勤することになったんですって。」

口を開いたのは京子さんだった。でも、私が質問した相手は父さんだ。

「あ、もちろんひなみちゃんは転校とかしなくていいのよ?せっかく志望校通ったんだから。」

「お母さんは、お前と、この家に残ることにするそうだ。」

私は席を立った。自分の意見を言葉にする前に体が先に動いたのだ。おい、ひなみと声がした。けれど、私は自分の体に従う。夕食には手をつけず自分の部屋に入った。腹が立ったのだ。自分で説明しない父親と良い母親ぶっている京子に。あの女は母親でも何でもないと思ったどうせ金目当てなら、父さんと転勤先に一緒に行けばいいのだ。いや、父さんが家にいない間に自分の好きにするのかも知れない。今からあの女の本性が出てくるのかと思うと恐ろしかった。携帯を手に取る。自然に手が伸びていた。アプリに開いて、りょうに今暇?とメッセージを送った。すぐに既読がつく。どーした?今日、りょうは俺にも頼ってくれと言ってくれた。だから、頼った。相手もそれを悟ったのかもしれない。普通だったらふざけたスタンプが届くところだ。笑みがこぼれた。


ぐちっていい?

どーぞどーぞ。

うち、お父さん転勤するんだって笑

マジかよ。転校?

いや、転校しなくていい。

単身赴任?

そう。今日、はるかから、京子さんのこと聞いてるよね?

聞いた。あー、親父さんと一緒に行く的な?

逆。こっち残るの。


少し時間があったあと、

二人で住むのだるいもんな

ときた。向こうが必死で話に合わせてくれていたことにそこで気づいた。ほんとに優しいんだなと思った。声が聞きたくなる。通話ボタンを押した。


ごめん。いきなりかけて。

や……全然だいじょぶ。

あのさ。だるいっていうか、こわいんだよ。

京子さんが?

そう。


数秒の沈黙。


いつでもおれんとこ来いよ。まじいつでもオッケーだから。

うん。ありがと。じゃ、またね

おう。


電話をきった。

話を聞いてくれたことが有難かった。自分の中のもやもやがだいぶはきだされたかんじだ。りょうって結構頼りになるじゃん。前の彼氏はこんなことしてくれたかな。そう思ったら、前の彼氏のことを思い出していた。名前は桐島くん。サッカー部の副キャプテンだった。はるかが言ったとおりマジメ。定期テストの順位もトップ10くらいにははいってたはずだ。周りの人たちは私たちが付き合うのが意外だったらしい。わかれたら?と言われたこともあった。それでも、私は桐島くんのことが好きだった。ホントに好きだったのにあっさり、ふられちゃった。「悪いんだけど、俺らもう別れよう。」と言われた。直接言われた。直接いうところが桐島くんのいいところだと思う。まあ、別れて1週間で他の子と付き合うとか幻滅だけど。別れた原因は、まだ誰にも言ってない。

「ひなみちゃーん?二階にいるのー?まだ、話があるの。」

京子の声だった。階段を登る音が聞こえる。コンコンとノックされた。

「はいっていいかな?」

なんとも、優しそうな声だ。吐き気がしてくる。だが、京子のこういうところに父さんは惚れたのだろう。前の母にはそういう所はなかった。結婚する前は仕事人間だったと聞くし、私と話す時もバサバサと喋っていく感じだ。(私は少なくともふんわりやわらかな女よりバサバサの人が好きだ。)一方、京子には人を優しく包み込むような、やんわりしたものがある。思わず自分の懐に入れてしまいそうな。(思わず自分の懐に入れてしまったのが私の父さんなのだが。)包容力というのは、男性に効くらしい。

「ひなみちゃん?」

また声が聞こえた。うんざりする。私は勢いよくドアを開けた。ドアの前に立っていた京子がよろめいた。

「ひなみちゃん……」

ろうかにでてドアを閉める。笑顔でなにか喋ろうとしている京子を押しのけるようにして歩き出す。父の部屋の前に立つとノックもせずにドアを開けた。

「なんだ。ノックもなしに。」

パソコンにむかっていた父さんが顔をあげた。メガネをかけた父さんはいつもにまして知的に見えた。

「怒った?」

「話があるんだろう。そこに座って、ちょっと待ってなさい。用をすませる。」

はーいと言ってソファに座る。黒の革張りのソファなんて我が父ながらセンスの良さに感心する。ここで、勘違いしないでほしいのは、私は、父さんのことを嫌っているわけではないという事だ。私は前の母さんと同じくらい父さんが好きだ。ちゃんと、話を聞いてくれるし、(母さんは聞いてくれるがあまりいいアドバイスをくれない。)欲しいものがあったらひなみが言うんだからいいものなんだろうねと言って買ってくれる。これは決して甘やかしているのではないと思う。信頼してくれているのだ。私が無駄遣いが嫌いなことを知っているし、ちゃんと買うものを調べてから悩んだ末に買うか諦めるか決めることをわかってくれている。あと、すじが通っているところも好きだ。だから、叱られても納得できる。(私が桐島くんと付き合ったのって父さんと似てるからかもしれない。)だけど、このごろの父さんはちがう。離婚や再婚のこともちゃんと説明してくれなかったし、さっきの事だって……考えたら悲しくて鼻がツーンとなった。

「ひなみ」

気づいたら、父さんは隣に座っていた。

「さっきはちゃんと説明できなくて、悪かったね。」

あやまりかたが紳士的だ。

「実は転勤は半月前には決まっていたんだ。今まで黙っていたのは、ひなみはその時受験勉強をしていたし、京子さん……お母さんのこともあって色々大変だと思ったからだ。ひなみには受験に集中してほしかったからね。」

半月か……

「すまないね。受験は終わったんだからもっと早く伝えないとと思っていたんだけど。」

大丈夫。

「ひなみが新しい環境になれるのに苦労していたようだから……」

頭がすっと縮んだ気がした。

マッテ。ソレハチガウ。

「転勤先は海外……ドイツだ。」

ワケワカラナイ。

「1年に2回帰ってこれたらいい方だと言われたよ。それをお母さんに話したら、ひなみのことはまかせてと言ってくれたんだ。」

なんで……。なんで、私より京子に先に話してんのよ。

普通は1番に妻に相談するのが当たり前のはずなのに、そんな疑問がわいてくる。

「ひなみ。ひなみはお母さんのことを誤解しているようだが……」

「なにが誤解よ!」

気づいたら叫んでいた。

「何が誤解なの!なんで、私があんな女と一緒に住まなきゃなんないのよ!」

涙が出てきた。そんな姿を見られたくなくて、部屋をでる。ルームウェアだったけど、一刻も早く家から出たくてクロックスをつっかけながら外に出る。とにかく、コンビニに行こうと思った。トボトボと歩き出す。だんだん、体が冷めていく。初めてだ。父さんにあんな事言ったの言ったのはこれが初めてだった。父さんどんな顔してたっけ。怒ったかもしれない。なんで、あんなこと言ったのか分からなかった。父さんと話して、落ち着くつもりだった。今日、ファミレスであったこととか、ももちゃんと散歩した時にみた変なおじさんとか面白い話をしたかったんだ。もちろん転勤の話もちゃんとしたかった。だけど、それよりも、コミュニケーションをとりたかったんだ。なのに……でも、今でも父さんが好きだ。ため息をつく。なんで、あんな事言ったの言ったのだろう。普通私より京子に先に報告するよね。もう……。いつの間にかコンビニについていた。中に入ると、はるかがいた。

「おっ、ひなみ!なにやってんの、そんな格好で。」

「え……。なんか、家出?」

それが、最適な言葉かなと思う。

「まじで!うける。家出先見つかってんの?」

そこで、はじめて自分が財布も携帯も持ってきていないことに気づいた。

「見つかってない。携帯持ってきてないし。」

「うちんちくる?Mステ録画してあるよ?」

ありがたかった。くる?と言ってくれたこともそうだし、私が来やすい問いかけにしてくれたことも。

「ありがたく、おじゃまさせていただきます。」

私はおどけた仕草でそう言った。


3.変化

結局、はるかの家でお風呂に入った後二人でカラオケに行った。2人でカラオケってどうだろ?と思ったけど、恋バナしたり、愚痴ったり、下ネタで盛り上がるにはカラオケは最適な場所だった。

「それでさ!あいつ、ほかのヤツと予定立ててたんだよ!部活のヤツと!」

はるかがソファに寝転びながら言った。

「え、まじぃ」

「普通、彼女をとるでしょ!」

「それは、はるかが言い出すのおそかったからじゃん」

「うわ、そこになぜふれる。」

「ふれてほしくなかった?」

「実は」

キャハハハと二人で笑う。はるかと話すのには無駄なことを考えなくていい。頭に浮かんだことをそのまま口にする。早いテンポでポンポン会話が進む。とても心地よかった。

「実はね。今日のこと、りょうに話したの。」

「おー、やっとカレカノらしいことしてるね。」

「まーね。そしたら、やけに男らしくてー!」

「ほれなおした?」

「なおしたなおした。なんかね。俺んち来いよだって!もー桐島くんとは大違い。」

「桐島くんとは、タイプがちがうし。」

「でも、うれしいよね。行く気はないけど。」

「えー、そうなの?行けば言いのに。りょうのお兄ちゃんってモデルらしいし。」

「まじで!知らなかった。」

言ってから気づく。私ってりょうのこと何も知らないんだ。りょうの彼女なのに、なにも知らない。

「だからりょうも人脈やばいらしいよ。てか、前にスカウトされたんだって。」

「まじ!すごい。」

どこの事務所?と聞こうとしたが、あえて聞かなかった。りょうのことはりょうから聞きたい。それだけじゃない。私はりょうのことを知らなすぎる。知りたいんだ。本人の口から聞きたい。

「ひなみ」

「なにー?」

「あと、3分で2時間だってよ」

そんなに、しゃべっていたのか。もう、眠たくなってきた。私は健全な家出少女だ。10時には眠くなる。

「かえろっか。」

はるかの家に。

はるかがうなずいて、帰る準備をし始める。私はのみかけのコーラをグビッとのみほすと立ち上がった。


………………………………………………………


「ひなみー」

……

「ひなみーー」

……

「お父さんとケンカして家に帰れないひなみちゃーん」

……

「うっさいなぁ。」

「ひなみがさっきからぶすくれてるからじゃん。」

……ぶすくれてないし。

「はやく、帰って仲直りしないとー。もう、10時だよ?」

「だって……。こんなの初めてだし……。絶対さ……なんか……」

「ひなみちゃん。うちの子と違ってお利口さんだものねぇ。」

「おばさん……」

はるかのお母さんだった。結構ふっくらしていて、柔らかな雰囲気がある。綿菓子みたいだとぼんやり思った。

「はるかの友達と言ったら、さくまくんとか、りんかちゃんとか悪ガキばっかなのよ。もうびっくりしちゃう。しっかりしてるのはひなみちゃんだけよ。」

「それ、ひなみもだしぃー。」

アハハと笑った。

「そんなことないですよ。はるかも私もつるんでるの一緒ですし。」

「ほらほら。敬語使っちゃって。はるかも見習いなさい。」

はーいとはるかが返事をする。心底いいなと思う。こんなふうに普通に会話をしたい。普通に笑って、普通にしゃべって。金目当てのオンナと暮らすなんて普通じゃないよね。絶対。

「でも、ひなみちゃん?お父さんのとこ行ってあげないとパパ泣いちゃうかもよ?」

おばさんが泣くマネをした。普通に暮らしたいなら、帰らないといけない。帰って、仲直りして、お父さんとドイツに行くのもいいかもしれない。やっと帰る気になれた。

「わかりました。ほんと、お世話になりました。」

はいはい、またいらっしゃいね。とおばさんが言った。はるかがバイバーイと手を振る。家を出た。はるかに貸してもらった服を着ているから、ふんわりはるかの匂いがする。洗剤変えたいなぁとか思いながら歩き出す。家に帰るのが楽しみだ。お父さん心配してるだろう。友達の家に電話しているかもしれない。帰ってきたら怒られるだろう。けど、それはちょっとだけでそのあとは私の話をじっくり聞いてくれるはずだ。転勤までの間友達からの誘いはすべて断ろう。お父さんと時間を共有したい。何を話そうか。彼氏のことも話していいかもしれない。お父さんは何を話してくれるだろうか。お父さんはなにしろ物知りだ。色んなことを知っているだろう。本当に自慢のお父さんだ。家路に着いた。走り出す。玄関を勢いよく開ける。

「ただいま!」

お父さんがおかえり、よく帰ってきたね。と言って、頭をなでてくれる。


はずだった。


目の前にあったのは京子だけだった。


「おかえりなさい。」

嫌な予感がした。

二階に行く。お父さんは部屋にいるのかもしれない。階段を1段登る。

「ひなみちゃん」

聞こえない。

「お父さんね」

キコエナイ

「今日が転勤日だったの。」

キコエナ……イ

「もう、行ってしまったの。」

モウ、イッテシマッタノ。

モウ、イッテシマッタノ

モウ、イッテシマッタノ

意味が理解できない。うまく言葉を変換できない。

「ごめんなさい……。」

しゃべりかけないで。

「何度も、電話したの。でも、連絡……つかなくて。ごめんなさい。」

当たり前だ。携帯、おいてきたのだから。京子が謝るのは筋違いだ。だけど、自分の中にどす黒いものがたまっていく。イライラしてくる。吐き出してしまいたい。自分の中の塊を吐き出してしまいたい。自分を抑えられなかった。

「調子のらないでよ!」

京子の表情が変わった。ダメだと瞬間的に思う。このまま吐き出してしまったら、変わってしまう。

ナニガ?

何かが。

そのまま階段をのぼった。自分の部屋に入る。とりあえず携帯と財布を手に取る。ふっと息をつく。体の芯が冷えていく。良かった。吐き出さなくて本当に良かった。

「ひなみちゃん。」

顔をあげると京子が立っていた。腹が立つ。あなたのことを心底心配しているのよという顔。父の金で買ったであろう高級ブランドのワンピース。

くそ。

死んでしまえ。

消えろ。

吐き出したらどんなに楽だろう。そうだ。楽になってしまおう。メチャクチャにしてやろう。

「だまれ!この金目当てが。出ていけ。この家から出ていけ!」

刹那に生じる快感によって言葉が生まれる。頭に血が上った。

死ね

詐欺師

消えろ

そんなことを言ったと思う。気づいたら家から出ていた。さっきの快感はもうどこにもない。何も無い。何もないまま歩き出す。ひどく孤独になった気がした。涙がでてくる。

「もう……泣いてばっかじゃん。」

つぶやかずにはいられない。つぶやいた自分の声にむなしくなる。くそ。なんで、あんなやつのために……。泣かなきゃいけないの。なんで。なんで。もういやだ。色んなことがありすぎて頭のなかがこんがらがる。私の容量の少ない脳じゃさばききれないんだろう。考えることをやめた。ぼーっとしてみる。いい天気だな。あ、タンポポ。ことみちゃん。どこいるかな。お母さんも。仕事してるかな。だいたい、なんで親権お父さんにあるんだっけ。いつお母さんに会えるんだっけ。なんも聞いてなかったもんな。なんも話してなかったもんな。なおさら話さなきゃならなかったな。目を閉じる。まだ、お母さんの顔思い出せる。ホッとした。どのくらい会わなかったら忘れちゃうだろうか。2ヶ月かな。半年かな。1年かな。


忘れたくない。


急に、お母さんに会いたくなった。お母さん……。どこにいるんだろう。

「お母さん……。」


4.家族

お母さんとはカンタンに会えた。いや、会えることになった。前にお母さんの電話番号をお父さんからおしえてもらってたんだ。かけづらくて非表示にしてたまま忘れていた。本当に忘れることが多い。とにかく、電話してみたら、割にカンタンにでた。会いたいって言ったら、カフェで待ち合わせることになった。一生会えない気がしてた、一時間前が嘘みたいだ。

「ほんっとにカンタンに……。」

「なにが簡単なの?ひなみちゃん。」

上から声が降ってきた。見上げると、スーツ姿の女の人がたっている。ベリーショートの髪から出ている耳に小さなピアスがつけてあった。

「お母さん??」

「そうよぉ。なんで、疑問形なのよ。」

お母さんが笑いながら、向かい合った席についた。

「だって、髪……。それに、メイクかわってない?」

「ふられたから、髪切るってもう、ひなみちゃんたちの年代にはないことなの?」

「え?あるっちゃあるけど……。離婚しても髪きるんだね。」

「やることなかったから。それに、メイクはかえないわよ。」

「うそだ。かわってるよ。」

「綺麗になったって、言いたいの?」

お母さんが笑った。私も笑った。

「お母さんは前から綺麗だよ。」

「あなたもその遺伝子をつけ継いでるようね。」

また、笑う。楽しい。


「ねぇ。お母さん。お母さんと一緒に住みたい。」


自然に出てきた言葉だった。けれど、1番求めている言葉だった。


「私はもうあなたのお母さんじゃないわ。」

「離婚したってお母さんはお母さんだよ。血が繋がってるし親権はお父さんでも……」

「繋がってないわ。」

「え……。」

「繋がってないわ。あなたの本当の母親は京子よ。」

お母さんはふぅっと息を吐いた。

「あなたはお父さんと京子の子供よ。あなたができた当時は京子は高校生だったから親権をお父さんに譲って別れてるのよ。」

「そんな。冗談でしょ!」

「冗談みたいね。けれど、本当。でも私たちの離婚と京子は関係ないわね。私達は本当にダメになった。っていうかね。私が耐えられなかったのよ。」

「……。なにに?」

声がかすれた。聞くのが怖かった。

「あなたの顔がどんどん京子に似てくるのに。耐えられなかった。私たちの間には子供はできなかったしね。神様は私ではなく京子の方があの人にふさわしいって言ってる。そんな気がした。」

「神様ってそんな。」

そんな迷信じみたものお母さんは信じない。はずだ。

「あなたには私は強い女にうつってるかもしれない。けれどそれは違う。あなたにそう見えるのはね。私があなたに本当の自分を見せたことがないから。一度だってない。あなたの母親である限りそれは見せられなかった。あなたの理想の母親にならなければ私はあの人に愛されている証を証明できなかった。自分自身にね。」

お母さんは息を吸った。

「大人気ないでしょう。まだ高校生にもなってない子供になんてこと言ってるのかしらね。だけどね。私は今とても楽なの。あなたと暮らしているころは苦しかった。とても苦しかった。」

お母さんは泣いていた。一緒に暮らしていた頃はお母さんの涙なんて見たことがなかった。私のことをあなたと呼んでお父さんのことをあの人というお母さんはたしかにいままでのお母さんではなかった。

「京子も、苦しんでいた。」

「……。なにに?」

「愚かな自分の選択に。なんで私は天使のようなマイベイビーを手放したのかしらと。」

………………………………………………………

家に戻ると、京子がいた。

「あの、京子さん……。」

「あっ、ひなみちゃん!さっきはごめんなさい。」

「謝らなくていいから!」

「え?」

「謝らなくていいから……。」

どうして、こんなに自然にごめんなさいが言えるのだろう。私はあなたより、たくさん謝らなくちゃいけないことがある。けど、出てこない。

「その、さっき言ったこと。さっき言ったこと……。」

言葉にならない。でも、言葉にしなくちゃいけない。ずっと誤解していたこと。ひどいこと言ったこと。

「ごめんなさい。」

一息で言った。

「いいの。ひなみちゃんが、怒るのは当たり前のことなの。だって、そうでしょ。お母さんが突然いなくなって、理由も説明されないうちに私がやってきて。」

「ちがうの。それだけじゃないの。私京子さんのこと疑ってた。お父さんのことほんとは愛してないんじゃないかって。目的は別にあるんじゃないかって。」

「お金……?」

泣きながら頷く。

「でも、ちがった。だって、京子さんは。」

「ねぇ。」

京子さんが私の手をとった。

「お母さんって呼んでなんて傲慢なこと私は言わない。私はあなたを手放したのだから。だけど、もう少し私のこと信じてほしい。」

「うん。」

私は京子さんの頬にキスをした。

「ねぇ、京子さん。」

「なに?」

微笑みかける京子の顔も前とは違って見えた。その声も表情も仕草も全てが美しく愛おしい。

この人と暮らしていい。親子にはまだ遠いかもしれないけど、

「家族になりたい。」

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Run away @yunyunz

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