真偽
影宮
蛇ノ手鬼ノ目
ちょいと覗いて魅ませう。
それは影か
鬼ノ目を真似ては
「『浅き夢に彼は何ぞと問うのなら
うたを歌いながらふと思う。
このうたに従えば…?
忍がケラケラと笑う。
この両手を組んで目の前に、その
「『魅せよ、魅せやれその正体。偽りの化けの皮を
うたを何度もうたい念じたが、忍は何も変わらない。
怪しいならこの忍くらいだと、思ったが違うのか。
それともこのうたは言葉遊びに過ぎなかったのか。
一度目を閉じる。
「馬鹿だったな。」
再び目を開ければこの穴の向こう、そこにいる忍の姿が変わっていた。
ゆるりと振り返りニタリと笑んだ。
その目は赤く黒く、そして蒼さえ魅せてくる。
影と魂を連れて、その目を見開いて笑う。
ケタケタと音を立てて笑う
心の臓がドクドクと大きな音を立てて、もう、その頭蓋と鼓動の音しか聞こえない。
動けないでただ、そのまま両手の穴を覗いたままだった。
伸ばされた黒い爪を鋭く魅せる妖は二本の尻尾を揺らめかせ、ゆるりとこう、言うた。
「ミタナ。」
その黒い耳も、鋭い牙も、そして、そしてその殺気も。
恐ろしゅうて気が付けば視界は黒一色に染まっている。
上も下も右も左も分からない。
地に足がついているという感覚もない。
心の臓を盗られたのか、己の鼓動すら感じない。
胸に手を当てても、あれほどさっきまでうるさかった振動すら感じられない。
息が苦しい。
頭が酷く痛い。
一歩足を踏み出してみた。
チャプッと水の音が足元でする。
屈んでその水に触れてみる。
この液体が何であるかすぐにわかった。
立ち上がると
何処からともなくケラケラとあの笑う声がする。
「ミタナ。」
そのゾッとする声が耳元で
振り返ってもそこにはいない。
すくい上げた液体が手にこびりついた。
吐き気がする。
クラクラとするような、どうしていいかわからない。
何も見えない。
何も見えない。
何もミエナイ。
ナニも見えナイ。
ナニモミエナイ。
浅キ夢ニ彼ハ何ゾト問ウノナラ、其ノ両手ヲ組ンデ待チ伏セテ、サァソノ穴ヲ覗イテゴ覧。其ノ両手ガ蛇ノ手ナラバ、其ノ目ガ鬼ノ目ナラバ魅エマセウ。彼ハ何ゾト目ヲ凝ラセ。魅セヨ、魅セヤレソノ正体。偽リノ化ケノ皮暴キマセウ。魅セヨ、魅セヤレソノ正体。真ノソノ姿ヲ晒シヤレ。
響くうたにこの両手を見つめる。
これを蛇ノ手と言うならば、目が痛いような気がしたが、もしもこの目が今鬼ノ目であるならば。
両手を組んで待ち伏せよう。
ここから解放される為。
ここを魅てみようか。
穴を覗いて目を凝らす。
そこを魅る為に。
そこを暴く為に。
目を一度閉じる。
彼は何ぞ。
目を開けば。
目の前には天井があった。
「嗚呼、目が覚めたかい?」
その声に横を見やる。
忍が心配そうに小首を傾げた。
「熱中症かねぇ?あの炎天下の中突っ立ってちゃ流石のあんたも倒れるさ。気を付けなよ?」
忍はケラケラと笑うとそこに水を置いた。
チャプッと水の音。
この両手はただ床に置かれていた。
心の臓が鼓動を強く打たせて、体はその強い振動に揺らされる。
まだ頭が痛い。
「お疲れかい?もうちっと休んだ方がいいよ。」
あれは夢なのか。
「あぁ、そうする。すまん。」
忍は立ち上がる。
そしてその障子をスラリと開けた。
「何かあったら呼んでね。部下かこちとらが向かうから。」
「わかった。」
「そんじゃ、ごゆるり。」
ニタリと笑んだその顔に、目を見開いた。
その障子に隠れた体の影が揺らいでいる。
二本の尻尾が影を奪って揺らぐ、ゆらぐ、ユラぐ。
風も無しに、嗚呼、嗚呼!
震える体は動かず、忍はそのまま障子を閉めると影となってその場で消え失せた。
水を飲んで落ち着こうと一度目を閉じ手に取って、目を開けた時。
水は真っ赤に染まっていた。
思わずパシャリと落とせば、この両手は赤く赤く染まり、鉄の匂いを漂わせる。
息が苦しい。
震える両手を組んで待ち伏せて、その穴を覗いて目を凝らした。
一度目を閉じ見開けば、暗闇が広がっているのだ。
嘘だ、嘘だと叫びたくなった。
耳元で囁く忍の声。
「ミタナ。」
振り返るがそこは部屋の壁。
汗が落ちて組んだ両手を広げて見下ろす。
そこには赤は無い。
ただ、ただ水に濡れている。
暑さでやられたのか。
そうか、そうだ。
きっとそうに違いない。
そうでないと、これは、これは説明が出来ない。
目を閉じよう。
もう、目を開けてはならない。
そう、
忍は一つまた笑う。
そこで眠ろうとする武士の目をこの黒い手で覆い隠して、人差し指を立てるのだ。
見てはならぬ、覗いてはならぬ。
正体を知ってはならぬ、暴いてはならぬ。
「命が
忍はニタリと笑んでその尻尾を揺らがせた。
チャプッと水の音。
蛇ノ手で、鬼ノ目で。
妖は言う。
「忘れることなかれ。」
武士は真っ赤な水の上を歩く。
手は赤く、目は酷く痛む。
一寸先は暗闇で。
両手を組んで待ち伏せて、その穴覗いて目を凝らせば、いつもの風景が見えている。
耳元でまた囁かれる。
「ミタナ。」
武士は笑うた。
もう明日の光もわからない。
夜の月さえ見ることは叶わない。
音は無く、何も見えない。
それでも息が苦しいままに、そこを歩く。
炎天下に倒れた武士が熱中症のせいか盲目になったそうだ。
「そうかい。そりゃぁ、可哀想に。」
それに、耳も聞こえないのだと。
「嗚呼、大層生きづらそうだ。」
忍のお前も知らなかったのか。
意外だな。
「あっはは、何をご冗談を。忍だからとて武士全てを知ってはおりませんよ。」
そうか、それもそうだな。
しかし、あの武士は惜しい。
「嗚呼、確かに。大将になる予定だったのにねぇ。これじゃお先真っ暗、かね。」
そうだ、明日その武士に会うのだが。
「ええ、勿論、お供いたしますよ。」
うむ。
頼むぞ。
して、夜影もあの武士と面識があったのだろう?
「ありますよ。そりゃぁもう、美味しゅうお人様でした。」
どういう意味だ?
「お気になさらず。主は魅てはなりませんよ。」
みる?
また忍術か?
「さぁて、どうでしょう?ただ、あの武士様は魅えたのでしょうね。」
よくわからぬが、良い事があったのだな!
影が騒いでおるぞ!
「ええ。そうですね。主には、既に魅えかけていますからねぇ。」
忍の主、これに気付かず。
ただ、その目に捉えた影を何とも言わず。
命が惜しくば、忘れることなかれ。
魅てはならぬ。
魅られてならぬ。
その両手を組んで待ち伏せて、その穴覗いて目を凝らせば、死ぬまで呪われようぞ。
ミタナ、と囁かれた時、その魂はそこにない。
忍の主のみが許された、その影に踏み入れば、きっとその耳奪われて、その目を喰われ消えてゆく。
明日に、明日には、既に息を絶やすだろう。
言葉遊びに過ぎぬと笑え。
妖は常に忍んで待つぞ。
美味しいお前に暴かれて、呪い殺す瞬間を。
命が惜しくば、忘れることなかれ。
真偽 影宮 @yagami_kagemiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます