ラクダの逆襲

伊月樹

ラクダの逆襲

「百パーセントキャメルヘアって、それは微妙だと思うな」

 カフェで(大学のコンパで知り合ったらしい)女性と向かい合って座り、そう意見する堂本の表情はいたって真面目である。そのうしろの席で、僕はいつものようにそっと他人のふりをしている。

 堂本は中学生の頃に北海道から引っ越してきた同級生で、大学生になった今でもなんだかんだよく会っている。してそのほとんどは僕が呼び出されている。

「コートを砂漠の生き物の毛で作るっていうのは、僕には理解できないかな」

 堂本はいつだって、思ったことはしっかり言う質だった。中学校でいじめが起こった時も、何も言えない僕の横で真っ先に声を上げたのは堂本だったし、街を一緒に歩いていてタバコのポイ捨てを見かけたときも(それが怖い顔をしたお兄さん達であったとかは関係なしに)ちゃんと注意した。

「白熊の毛でできてるコート、とかならわかるよ、北極に住んでるクマが愛用してるくらいだ、そりゃああったかいだろう、ってなるけど」

 堂本はいつだって、思ったことを言わずにはいられなかった。国語の先生のスーツのお尻が破れていた時も(それが授業参観の真っ最中であったとかは関係なしに)すぐ教えてあげたし、二人で新しくできたラーメン屋を訪れたときも、(大将の目の前のカウンター席に座っていたとかは関係なしに)美味しくないという旨の感想を率直に述べた。

 僕は、キャメルコートの女性にダメ出しをする堂本の声を聞きながら、ここのコーヒーは可もなく不可もなく普通かな、とそんなことを思う。きっと堂本なら声に出したかもしれない。

「で、何が言いたいわけ?」

 女性の声が聞こえ、今回もか、と思う。自分が着ているものをこう否定されれば、誰だってあまりいい気分にはならない。嘘でもほめておけば、せめて黙っておけばいいものをと思いつつ、スプーンでティラミスをすくって口に入れる。これはおいしい。堂本のおごりであることを考えると、一層おいしく感じる。

「いや、だから」

 堂本は、怪訝な顔をする女性に向かって続ける。いいぞ、堂本。

「コートをどんな時に着るのか考えてほしいんだ、そう、寒い時だろう。それを、砂漠なんて暑いところに住んでいるキャメルの毛で作ってますって、誰でもそれはちょっと、って思うんじゃないかな」

 そこまで言って、堂本ははっと何かに気づいたような顔になる。もしかして、と呟く堂本を僕は、よし、もう少しだと心の中で応援する。

「もしかしてなんだけど、君」

 堂本は誰か女性と初めて外で会う時、決まって僕を呼び出す。何もしてくれなくていいけどなんとなく心細いから、だそうで、その代わりに、いつも何かしらおごってくれるのである。また都合のいいことに彼は惚れっぽいので、割と頻繁にこういった機会がある。僕にとっては非常においしい話である。彼が誰かと結ばれるのは口惜しい。

「これは本当にもしかしてなんだけど、君キャメルって日本語で何のことかわかってない、とかかな?」

 よくやった堂本。次は何が食べられるだろうか、と僕はうれしくなる。一方相手の女性は顔を引きつらせて、何か言いたげに口を震わせる。

「ああ、ごめん、それなら僕の言うことを理解できなくても無理はないんだ、うん、キャメルがわからないなら」

 うんうんならいいんだ、と堂本は納得したようにうなずいてから、テーブルにおいてあるメニューを手に取り、あ、ケーキもあるんだ、何か頼もうか、コーヒーには甘いものだよね、と一人でしゃべっている。

「私いらない」

「え?」

「もう帰らなきゃ」

「え、だって」

「急用を思い出しちゃって」

 言うなり女性は立ち上がり、あぜんとする堂本に、これコーヒー代、と千円札を置いて店を出ていった。堂本はその後姿を呆然と見送ってから、ふう、とため息をつく。そして荷物をまとめて僕の向かいに移動してきた。

「ダメだった」

 そう言う堂本は、苦渋の表情を浮かべている。僕としては失敗してくれて万々歳なのだが、一応長年の友達として、今回は残念だったな、次頑張れよ、と言ってやる。

「だってコートじゃないか!」

 堂本はコーヒーカップをカチンッとソーサーに打ち付ける。何人かがこちらを振り返ったが、彼は気にしない。

「なんでだよ、寒さをしのぎたいんだろ、それなのになんで」

 管をまく堂本に、僕はそうだよな、砂漠だもんな、と適当に相槌を打ちながら、残りのティラミスを堪能する。

「はあ、やっぱり今回ばかりは僕は悪くないよ」

 堂本はうなだれ、コーヒーをすすっている。

「暑い所にホッキョクグマの毛皮なんて着ていかないじゃないか」

「砂漠も昼間は暑いけど、夜はすごい冷え込むんだ、だから、ラクダの毛皮でコートを作るのはあながち的外れではないんだ。それに一枚で暑さも寒さもしのげるなら、ラクダだっていいんじゃないか」

「いや、あのコートじゃ暑さはしのげないよ、たぶん。もこもこしてて、結構暑そうだったから」

 それなら初めから何の問題もなかったじゃないかと思ったが、面倒なので何も言わなかった。堂本はまだ若干不服そうではあったが、少し区切りがついたのか、ねえそのティラミスおいしい?と聞いてきた。おいしいよ、と言うと堂本は、じゃあ僕も頼もっかなあ、と店員を呼び、ティラミスを一つ、と注文する。カウンターへ下がっていく店員を見送りながら、それにしても、と堂本は言う。

「ここのコーヒー」

 そのときの僕は完全に次の報酬のデザートのことを考えていて、堂本が言い出さんとすることへの注意を欠いていた。ちょっと待った、と思ったときにはもう遅かった。

 堂本の口が動く。

「ここって喫茶店なのに、コーヒーがさ、可もなく不可もなくほんと普通だよね」

 堂本は手元のカップを見つめてはっきりと言い切った。

 ちょうどカウンターでコーヒーを落としていたマスターがハッと顔を上げてこちらを見たが、もちろん堂本はそんなことは気にしない。

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