第3話

「二人も、勇者を殺しに行くのか!?」

「おうともよ!」


 二人組の思わぬ発言に俺は目を丸くした。

 俺からすれば勇者は復讐の対象でしかないが、世間からすれば勇者というのはその名の通り英雄であるはずだ。

 この二人はその勇者を殺しに行くのだという。

 あれ、あの時の村長の気持ちがわかってきたな。


「ニコラス、お前もなんだろ?」


 ヴェレンドが俺の肩を抱き寄せてにやけ顔で言った。

 ギベットも同じ様子だ。

 俺の気も知らないで笑っているコイツらを見ているとなんだか腹が立ってきた。


「あのな、俺はお前たちと違って本気で勇者を殺したいんだ! ふざけてるんだったらほっといてくれよ」


 ヴェレンドの腕を振り払って、二人から逃げるように道を進もうとした。

 その時。


「おいおい、俺たちもふざけてるわけじゃねぇ」

「なにを―」


 知ったような言い方をするギベットに腹が立って思わず振り返った。

 殴り合い上等の覚悟で振り向いた俺の心は二人の様子を見て一瞬にして鎮静した。

 次第に昇る朝日をその身体に浴びながら俺の正面に立つギベット。


「お前、その足……」


 さっきまでヴェレンドの体に隠れていたのと暗かったのとで気付かなかった。

 彼の右足は義足だ。

 千鳥足の原因は酒に酔っていただけでなく、右足全体が義足に置き換わっているからだったのか。


「気づいたか? 俺の右足はないのさ。別に生まれついてなかったわけじゃねぇ。ひと月前まではちゃあんとくっついてたんだぜ? じゃあなんで今はこんなガラクタがくっついてるのか。分かるか、ニコラス?」

「事故……ってわけじゃないんだろ」

「もちろん。この俺がそんなへまするはずない……ちょん切られちまったんだよ、勇者サマにな」


 ギベットはくそ、と手に持っていた酒瓶を地面にたたきつけた。

 酒瓶は地面に激突し、四方にその体を散らせた。


「理由は?」

「理由? あぁ、あったさ。俺の儲けを羨んでた宝石商が俺に詐欺の疑いをかけたんだ。ソイツが身につけてる品は全部俺が作ったものだったのにな。そんで突然町に現れたあの勇者は話も聞かずに俺の足をぶった切った! そして偉そうに言うんだ、『自分のした事を悔いろ』ってな」

「……そうか」

「ヴェレンドだってそうさ! こいつはシュパイセルでも一番の鍛冶師だったんだ! なのに勇者が自分の気に食わないことで衛兵と争いだした! こいつの店と家族はそれに巻き込まれて、あいつのバカみたいな魔術に巻き込まれて両方消しとんじまったんだ!」


 ギベットは酒が回っているのもあり、語気はどんどん強まっていく。

 ヴェレンドはギベットの話を黙って聞いていたが、その拳を固く握り震わせていた。

 しかし溜息と共に首を小さく横に振ったかと思うと、彼は口を開いた。


「ギベットもういい、ニコラスも分かっただろう……俺の目を見てみろ。俺は家族と店だけじゃなく、目まで勇者に奪とられたんだ」


 火の女神に捧げるはずだったのな、と言いながら眼帯の下にある潰れた左目を俺に見せた。

 ……そうか。

 この二人も、勇者に奪われていたのか。


「これで俺たちが本気だって分かってくれたか?」


 俺は黙ったまま首を縦に振る。

 ヴェレンドはそうか、と酒臭いため息交じりに笑うとギベットに言った。


「なぁギベット。お前やっぱり酒癖悪いぜ? いつものつまんねぇ冗談ばっか言ってるほうが、お前にゃ似合ってるよ」

「……うるせェ」


 そう言いながらもギベットは俺と目が合い、悪かったな、と小さく呟いた。

 それだけでこの二人は悪人ではないと、なぜか俺は確信していた。


「それで?ニコラス、お前はなんで勇者に復讐したいんだ?あぁ、言いたくなかったら別にいいんだけどよ」


 ヴェレンドが酒を呷りながら俺に言った。

 あまり思い出したくはなかったが、全部話してくれた二人に俺だけ黙っているのは卑怯だと思い、俺もすべてを話した。

 俺はソーニャが好きだったこと。

 村が【異端】に襲われて、勇者が助けに来たこと。

 そしてその夜、勇者が、ソーニャを残酷に殺したこと。

 それを聞いたギベットとヴェレンドはまるで自分の事のように悲しんでくれた。


「そうかぁ、そりゃつらかったなぁ」

「くそっ、やっぱり勇者のやつとんでもねぇ大悪党だぜ」


 ここまでで分かったことがあるが、ドワーフのヴェレンドはその怖そうな見た目からは想像できないほど人情家で、逆にギベットは上品な格好とは程遠く口が悪い。

 だが、二人とも心根は善良だ。

 そんな気がする。


「それじゃあやっぱりお前も俺たちの仲間だ、ニコラス!いいよなギベット?」

「もちろんだ」


 二人からの歓迎に俺は少し泣きそうになってしまった。

 一人でやらなければならないという不安もあったのだろう。

 こんな酔っ払いたちでも、仲間が出来たことが純粋に嬉しかった。


「よぉし、それじゃあシュパイセルに戻って飲みなおすか!」

「そうだな。ニコラスも来るだろ?」

「まだ飲むのか?」

「へへっ、なんだか気分が良いぜ。そうだヴェレンド、ニコラスにあれ見せてやれよ!」

「おっ、いいじゃねぇか!」


 すっかり上機嫌になった酔っ払い二人は楽しそうに酒瓶を一箇所に集めた。

 大量の空瓶を前にして、ヴェレンドが懐から何かを取り出した。

 あれはハンマーだろうか。

 使い古しているところを見ると彼が仕事に使っているものだろうか。


「へへ、見とけよニコラス。ヴェレンドが一流の鍛冶師だってとこ見せてくれるぜ」

「え?」


 ヴェレンドの前にあるのは大量の空の酒瓶だけだ。

 いくら彼が腕の立つ鍛冶師だとしても、せいぜいあの廃棄物を粉々にするだけだろう。

 すると彼はそのハンマーを頭上に掲げると、酒瓶の山に向かって思いっきり振り下ろした。

 強烈な勢いの鉄塊に押しつぶされた瓶はガラスの破片に、そして粒となり消えた。

 ――かと思うと、風に舞ったガラスの粒子は次第に1つに集束していき、やがて龍のように形を成していった。

 朝日をその身体に輝かせながら俺たちの頭上を旋回したガラスの龍は最後には潜っていくようにして地面に激突、再度粉々になり消えていった。

 再び宙に舞ったガラスの粒子が朝日を反射してキラキラと輝いていた。


「すげぇ……」

「だろう? 俺にとっちゃこんなこと朝飯前だがね。あぁ、気分が良い! 今なら【異端】も殺せる剣を打てそうだ!」

「ヴェレンド、【異端】もいいが、勇者を殺す剣を打てよ」

「へっ、違いねぇ」


 3人とも笑った。

 ソーニャが死んでから笑ったのは久しぶりだった。

 それから俺たちは街道に出て、そこで荷物を運ぶ商人の馬車に乗せてもらってシュパイセルに向かった。

 少し太ったこの商人は最初うす汚い格好の俺たちを見てあまりいい顔をしなかったが、ギベットに気づくとすぐに乗せてくれた。

 あまりよくは聞こえなかったが、だいぶギベットに頭を下げていたようだ。

 ヴェレンドもそうだが、この二人はこう見えてなかなかに優秀らしい。

 そんな二人から人生を奪った勇者のことを考えると、自身の事も相まってまた身体の奥底から泥が沸き上がるのを感じた。


 馬車というのは本当に便利で、徒歩で歩けば何時間もかかるような距離もただ座っているだけであっという間に感じる。


「ほらギベットさん、シュパイセルに戻りました」

「おう、ご苦労さん」


 商人の声掛けにギベットが応え、それにつられるように俺は馬車の荷台から顔を出す。

 そこに見えたのは大きな石造りの門と、それに続くとても大きな石橋だ。

 今は朝も早い時間だというのにも関わらず大勢の人が店を開き、活気に溢れている。


「ここが、シュパイセル……」

「なんだ、ニコラスお前初めてか?」

「ああ。というか、今まで村から出たことがなくてな」

「へっ、じゃあとびっきりの田舎モンじゃねぇか!」


 そう言ってヴェレンドは笑った。

 いつもだったらそのもじゃもじゃの髭をからかって言い返してやるところだが、今の俺は初めて見る大都市に夢中で、このドワーフに構ってやる余裕はなかった。


「では、私はここで。ギベットさん、今度うちの品、お願いしますよ――」


 商人は荷物の手続きの為に、門の入口で俺たちと別れた。

 この長大な橋の端には所狭しと露店が開かれていて、まだ街に入っていないのにも関わらず沢山の人で賑わっている。

 俺たち3人はその人の波に揉まれながら、流れ着くようにして橋を進んでいった。


「――あ」


 ギベットがふと声を上げたのは、もうすぐ橋を渡り終えるかどうかのところ。


「どうした?」

「いやぁ、その、俺ぇ、シュパイセルで酒飲める場所全部出禁なってんだ」

「はぁ!?」


 後ろ髪をぽりぽりと掻きながら、ギベットが苦笑いで言った。

 こんな広い都市の酒場全部出禁って……どんだけ酒癖悪いんだコイツは。


「おいおい、飲み直すってのはどうなったんだよ」

「すまねぇって! ――ほら、俺のアトリエで飲むのはどうだ? あそこならいくら飲んでも誰の邪魔にもならねぇしよ」


 アトリエ……そうか。

 ギベットは細工師なんだから、アトリエくらい持っててもおかしくはない。


「ったく。しょうがねえな。ギベット、近いのか?」


 俺はシュパイセルの土地勘は全くないから、二人に任せるしかない。

 ……この二人なのが少し不安ではあるが。


「あー、近くはないな。途中で酒屋があるから、ヴェレンドかニコラスが寄って買ってきてくれよ」

「ったく、お前の自由さが羨ましいな」

「ドワーフがお堅いんだよ」


 軽口を叩きながら橋を渡り終える。

 立派な造りの門をくぐると、そこには俺が見た事のない景色が広がっていた。

 通りには煉瓦で建てられた大きな家が並び、その一軒一軒が俺には豪邸に見えた。

 行き交う人の数も村の比ではなく、すれ違う誰もが綺麗に着飾っていた。


「よぉ、ニコラス。そんなにきょろきょろするもんじゃないぜ? まぁたしかにシュパイセルに農民はいないがな」


 ヴェレンドはがはがはと豪快に笑った。

 彼も俺側の人間――ドワーフだと思っていたのだが、どうやらしっかりとシュパイセルに馴染んでいるようだ。

 ギベットに至ってはむしろ似合っていて、まるで自分の庭を歩くかのように堂々としていた。

 着ている服も他の人に比べて上等な気がする。

 人は見た目によらないものだ。いい意味でも悪い意味でも。

 整備された石畳の道をしばらく歩くと、店先に酒樽が多く並べられた分かりやすい酒屋に着いた。


「それじゃあドワーフと農民クン、俺に酒を買ってきたまえよ」

「調子に乗るなよ成金」

「成金じゃありませーん。実力主義でーす」


 ヴェレンドとギベットの言い合いを聞き流して先に酒屋に入る。

 俺の村にも酒を造る施設はあったが、この店に比べると貧相なものだ。

 同じ酒屋でも小汚い感じは全くなく、どこも綺麗に掃除されている。

 かと言って入るのが躊躇われる程ではない、ちょうどいい上品さ。

 感心しながら店内を見ていると、窓からギベットが偉そうに俺たちを待っているのが見えた。


「酒を六樽くれ。支払いはここに」


 遅れて入ったヴェレンドが言い慣れた様子で酒を注文する。

 渡された注文書の支払い先の欄にヴェレンドが書いたのはギベットの名前だった気がするが、知ったことではない。

 ちょっと待ってな、と寡黙な印象の店主が蔵に酒樽を取りにひっこんで行った。


「ヴェレンド、お前よくここに――」


 言いかけたその時、俺は店に入ってきたある女に釘付けになった。


「んあ? なんだニコラス?」

「――――――だ」

「なんだって?」


 動悸が激しくなるのを感じる。

 全身から汗が吹き出る。

 男なら誰もが振り返るような美貌、目に焼き付くような赤髪、そして自分以外のモノはすべて見下しているかの如く鋭い眼差し。

 その強烈な容姿を、俺が忘れるはずなかった。


「あの女は――」


 この動揺を女に悟られぬよう、出来る限り自分を落ち着かせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 隣に立つヴェレンドへこの緊急事態を伝えるのに、多くの言葉はいらなかった。


「あの女は、勇者の連れだ」

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