村人Cだった俺だけど、好きな人を寝取られたので異世界転生者を全滅させます
ニシボンド
第1話
暖かい日差しが農作業をする村人に降り注ぎ、柔らかな風が俺の灰色がかった髪をやさしく撫でる。視界いっぱいに広がる一面の大麦畑が、まるで黄金の海の様に波打っている。
この〈アルド村〉は主要都市シュパイセルからは東に離れたところにある小さな農村だ。
ほとんどの家が作物を育てて売ることで生計を立てている。
その中の1つ、少し大きな畑で今まさに大麦を収穫している男。
それがこの俺、ニコラスだ。
生まれも育ちもこの村の、生粋の農民。
別にそれが恥ずかしいだなんて思ったことはない。
むしろ誇らしくも思っている。
畑一面に広がる金色の海。
これ全部俺たち農民が作ったんだ。
それにやりがいを感じない奴がいるか?
それに、この村には畑だけじゃない。
ちゃんと自慢出来るものがある。
「ニック〜?」
小麦に紛れる俺を探す、耳に心地良い声。
その声の主こそが、この村の、俺の自慢だ。
「いたいた! おじいちゃんがお昼誘いなさいって!」
「あぁ、今行くよ」
金のビロードみたいな髪を後ろで大きな三つ編みにした、向日葵みたいな笑顔の少女。
彼女はソーニャ。
俺と同じ農家の子であるにもかかわらず、白魔術の才能がある非常に珍しい存在だ。
都市に行って学べば、すぐにでも莫大な資産を築くことが出来るだろうに、17歳になった今も何故かこの村に留まっている。
きっと彼女もさっきまで働いていたんだろう、綺麗な肌には少しの泥が付いたままだった。
「ソーニャ、ほっぺた」
「え? やだ~」
俺が自分の頬をつつくジェスチャーをすると彼女も気付き、恥ずかしそうに泥を拭った。
たったそれだけの動作で、俺は何度でも彼女に惚れ直した。
歳が近いのがソーニャくらいしか村にいなかったのもあるが、小さい頃からずっと一緒に遊んで、飯を食って育ってきた。
それがこんな美人に育つなんて、惚れるに決まってるだろ?
「もう、誰にも言わないでねっ!」
「わかってるよ」
顔を少し赤くしながら笑うソーニャ。
お互い言葉には出さないが、両想いであることは周りから見ても明らかだった。
あぁ、幸せだ。
彼女と一緒にいられるなら、一生この村で過ごそう。
この幸せな時間を噛み締めて、俺は今日も農民として生きるのだった。
――それは、夕方のことだった。
アルド村が突然現れた怪物に襲撃を受けたのだ。
熊を数倍か大きくしたような黒い怪物は村人を襲い、そして喰らった。
最初に犠牲になったのは、村でいちばん歳をとったネル爺さん、ソーニャの唯一の家族だった。
夕飯の支度をしていた村の住人たちは避難をしたり、農具でなんとかその怪物を追い払おうとした。
井戸に水を汲みに行っていた俺は、村から悲鳴が聞こえた瞬間、持っていた桶を投げ捨ててソーニャを探しに走った。
「ソーニャ!どこだ!」
周りの悲鳴にかき消されぬよう、出来るだけ声を張り上げて彼女の名を叫ぶ。
「――ニック!」
「聞こえた!」
俺は雑音の中に聞こえた、彼女の声のする方へ走った。
彼女を見つけたのは、想定しうる状況のなかでも最悪という言葉がふさわしいものだった。
俺から数メートル離れた場所で腰をぬかしたソーニャの前には、大きな黒い怪物が腕を大きく広げて立っている。
そんな危険な状況にも関わらず、ソーニャは俺を見つけるなり叫んだ。
「ニック、逃げて!」
「んなこと出来るかよ!」
黒い怪物――【異端】を前にして、俺は全身から嫌な汗が噴き出ているのを感じた。
どうする。
このまま俺が何もしなければ、ソーニャは間違いなくあの【異端】に殺されるだろう。
手の震えが止まらない。
自分はこんなにも勇気のないヘタレだったのかと痛感する。
『ソーニャを助けないと』
パニックを起こした俺の脳が考えるのはそれだけだった。
震える腕で近くの鍬くわを握りしめ、俺は【異端】に向けて全力で突っ走った。
「うわあああああ!!!」
その時の俺はきっとこれっぽっちも格好良くはなかっただろう。
彼女さえ助かれば、あとはどうなってもいい。
そう思って俺は全力で鍬を【異端】に振り下ろした。
――あれ? 手応えがない。
鍬を当てる前に死んだかな、なんてことを考えながら俺は瞑っていた目をゆっくりと開いた。
目の前にあったのは、上半身を失った【異端】の死骸。
俺の鍬は空を切り、地面に深く刺さっていた。
「……へ?」
訳の分からない状況に、思わず気の抜けた声を発してしまう。
慌ててソーニャに目をやると、彼女も人一倍大きな瞳をさらに見開いていた。
「危なかったな」
状況を飲み込めていない俺とソーニャにどこかから声がかけられた。
俺が声の主を探そうとキョロキョロしていると、突然ソーニャの目の前の空間がぐにゃりと歪む。
そしてその歪みの中から現れたのは、素人目に見ても貴重な物だと分かる豪奢な鎧を身にまとった黒髪の若い青年。
「大丈夫かい?」
青年は地面にぺたりと座ったままのソーニャに手を差し出した。
「は、はい……」
戸惑いながらも、ソーニャは青年のその手をとった。
気付くと、青年の他に3人の女性が俺たちを囲んでいる。
3人が3人とも、どこかの劇団の主役女優と言われても信じられるほどの美人だった。
「僕の名前はカイル、よろしくね」
「あ……」
鎧の青年はソーニャに自己紹介をすると、どこからか小瓶を取り出していた。
鞄は持っていないようだが、一体どこに仕舞っていたんだ。
「怪我をしてるね。これは僕が作った最高級の薬だよ。使って」
「でも、こんなに上等なお薬いただけません」
「気にしないで。こんなのいくらでも作れるから」
「え……」
半ば強引に薬を渡されたソーニャは申し訳なさそうに小瓶からとった薬を擦り傷に塗った。
「なぁ、君達は、何者なんだ?」
俺はもう我慢出来ずに青年に問いかけた。
「この異端をやったのも、君なんだろ? 君は異端狩りなのか?」
この国には、この怪物のような【異端】を殺す専門家の【異端狩り】という連中がいるらしい。
俺はまだ出会ったことはないが、もし彼がそうなら今起こったことも説明がつく。
「異端狩り? 何のことか分かんないけど、俺は勇者さ」
「……勇者?」
『何を言ってるんだ』
と、思わず言ってしまいそうだったがなんとか我慢する。
それにしても、勇者? なんだそれ。
「勇者っていうと、その――」
「ミンク、ソーニャに服を作ってやってくれ」
俺の質問を無視して勇者が呼びかけたのは、目に刺さるようなギラギラした赤髪をもつ女性。
勇者の指示に頷いた彼女は、見たこともないような魔術を使って、ソーニャのボロボロの服を一瞬にして卸したてのドレスに変えてみせた。
「すごい……綺麗……」
突然のことに驚きつつも、生まれて初めて着たドレスにソーニャは感動している様子だった。
恥ずかしがりながらも、笑顔を抑えられないでいる。
うん、確かに最高に似合ってるぞ。可愛い。
俺がソーニャを眺めていると、勇者は【異端】によって破壊された住居や倉庫を向き、またなにかし始めた。
勇者が手をかざすと、まるで時間を巻き戻すかの様に崩れた建物が見事に修復されていく。
遠くからその様子を見ていた村人たちは勇者に駆け寄った。
「すごいです!」
「ありがとう!」
「かっこいい!」
その他、俺が知ってる褒め言葉の全てが、村人たちによって勇者に伝えられた。
そんな村人たちを他所に、俺はドレスを着せられた時からボーッとしているソーニャに近づいて言った。
「その……大丈夫か?」
「……」
「ソーニャ?」
「えっ! あ、うん。大丈夫、かな……」
どこか落ち着かない様子のソーニャ。
「ドレス、良かったな。なんて言うか、似合ってる」
「あ……うん、ありがとう」
俺は気づいた。
この会話の間、ソーニャは俺を見ていなかった。
見ているのは、俺の向こう。
村人に囲まれる勇者サマだった。
「すごいな、あの人……」
「うん。ほんとにすごいよ!」
彼の話題への食いつきに、俺は少し気分が悪くなった。
「ネル爺さん、助けられなくてごめん……」
「ニックのせいじゃないよ……」
「……俺ちょっと、畑の様子見てくるな」
「………」
どうもこの場に居たくなくなり、とりあえず畑に向かう。
避難した時、松明の火が燃え移ってしまったんだろうか。
畑の小麦がその全てが灰になってしまっていた。
それでも村のみんなは勇者サマに夢中で、畑の様子を見に来るものは俺以外にいなかった。
その晩、勇者一行を讃える宴が村の大広間にて行われた。
冬に向けての蓄えが惜しげも無く机に並べられ、男達は酒を飲み、女達は踊り歌った。
そんな中俺は1人、焼けた畑の柵に寄りかかってちびちびと酒を飲んでいた。
まだそんなに酒を飲んでいないはずなのに、どこか気持ちが悪い。
まるで胃の中に泥が溜まっているかのようで、落ち着かない。
「くそっ……」
その気持ち悪さを上書きしようと、俺はコップの酒を一気に飲み干した。
すると、後方から誰かが近づいてくる音がした。
振り向くとそこにはドレスに加え、金のネックレスまで着けて着飾ったソーニャが立っていた。
「ニック、1人でなにしてるの?」
「別に、何も……」
「うーそ! 私分かるんだから。勇者様に嫉妬してるんでしょ」
「そ、そんなこと……ない」
「誤魔化さなくてもいいよ〜。かっこいいもんねぇ、勇者様」
『本気で言ってるのか?』
なんて、聞けなかった。
俺の横で勇者のことを話している彼女の目は、いつもよりキラキラと輝いているように感じた。
俺の中の泥が濃くなっていく。
いつまでこうしているのか。
ソーニャとはずっと一緒だと思っていた。
それが、勇者によって訳が分からなくなっていく。
気持ちがはっきりしているうちに伝えておこう。
後悔しないように。
勇気をだして、俺は口を開いた。
「あの、俺と――」
「あ、ごめん! 勇者様に呼ばれてるんだった!」
「――え? 勇者に?」
「うん。なんていうか、その、2人で会いたいって……」
そう言って照れくさそうに笑うソーニャ。
どういうことだ。
勇者は、ソーニャに何をするつもりだ。
独占欲と嫉妬が混ざった泥が一気に込み上げてくる。
「大丈夫、なのか?」
「大丈夫に決まってるって! 勇者様だよ?」
何も不安はないといった表情を見せるソーニャ。
俺は、俺はどうすればいいか分からなくなった。
「それで、なんか言いかけてなかった?」
「……いや、なんでも、ない」
「……? そ、か。じゃあ、私行ってくるね!」
笑顔で勇者のいる家に駆けていくソーニャの背を、力なく手を振り見送った。
気持ちが悪い。
今吐いてしまえば、胃の中からは大量の泥が出てくるのではないか。
そう感じるほどに、心が重くなっていく。
どれくらい時間がたったのだろうか。焼け焦げた大麦畑の上で俺は目を覚ました。
ソーニャを見送ってから、俺は気持ちを紛らわすように酒を飲み、そのまま寝てしまったらしい。
周りを見てみると、宴はとっくに終わり、村の明かりもほとんど消えてしまっていた。
「……帰るか」
頭が重い。
腕が重い。
足が重い。
心臓が重い。
まるで他人の鎧を着せられたかのように、全身が重く感じる。
「……あれ」
余程疲れているのか、住み慣れたこの村で俺は道を間違えてしまっていた。
引き返そうと足を引きずると、1軒の家にまだ明かりが灯っていることに気付いた。
何を思ったのか、俺はその家に近づき窓からその中を覗いた。
覗いてしまった。
その家にいたのは勇者。
そしてソーニャ。
2人は一糸まとわぬ姿で、ベッドに横たわっていた。
まるで長年寄り添ってきた夫婦のように熱く濃厚な口づけをかわし、勇者がソーニャに覆いかぶさる。
ソーニャの大きく形の良い乳房を勇者が乱暴に揉みしだき、彼女は思わず嬌声を上げた。
艶っぽい声とともに聞こえるのは、ベッドがギシギシと軋む音。
強引な腰使いにソーニャは呻き声を上げながらも、必死に勇者を受け止めていた。
一瞬見えたシーツの赤い染みは、ソーニャの純血の残骸なのか。
全身から血の気が引いていく。
失われた血液は、嫉妬の泥となって再び俺の体内を循環し始めた。
声をかけるべきでないのは、俺にも分かった。
ソーニャはもう俺の知っている女ではなくなったことも。
熱く絡み合う2人を見ても、性欲が湧き上がることは無かった。
怒り、ではない。
悲しみ、でもない。
――嫉妬。そう、嫉妬だ。
嫉妬はやがて殺意へと姿を変えた。
だが、俺はなんとか冷静を取り戻すことに成功した。
ソーニャだって、1人の女なのだ。
優れた
そう。
しょうがないこと、なのだ。
俺は2人を見届けることは出来なかった。
胃にたまったこの泥を、どう処理すればいいのか。
そのことを、その事だけを考えるよう自分に言い聞かせ、ふらふらとした足取りで家路についた。
翌朝。
ベッドの上で目を覚ます。
酒を飲みすぎたせいかずきずきと痛む頭を押さえ、重い瞼をそのままに家を出ると、村の中心に人だかりが出来ていた。
「……どうしたんだ?」
「ニコラス……!」
俺を見るなり、村人たちは目を伏せた。
どうしたというのか。
人だかりをかき分けて、さらにその中心に向かう。
「――――!!」
絶句、とはまさにこの事だろう。
人だかりの中心、俺の目線の先にあった
「ソー……ニャ……?」
【異端】と対峙した時とは全く違う恐怖が俺を襲う。
村の大広間に打ち捨てられていたのは、俺の最愛の人。
服は着せられておらず、若い女の裸体が村人全員に晒されている。
全身、特に乳房や下腹部にはたくさんの噛み跡や引っかき傷があり、大股を開かされていることによって露わになった陰部からは勇者のものであろう体液がぽたぽたと垂れ落ちていた。
そして何より目を引いたのは、細くしなやかな彼女の首に走った横一文字の鋭利な切り傷。傷は頸部の中ほどまで達している。
これが致命の一撃となったであろうことは誰が見ても明らかだった。
向日葵の笑顔を俺に向けていた彼女は、苦痛に顔を歪ませたまま、絶命していた。
「どウいう、コトだ……?」
頭が真っ白になり、彼女の傍で膝をつく。
死後硬直が始まり、人形のように硬くなり始めた彼女の手を握る。
その手は冷たく、当然握り返されることは無かった。
「ニ、ニコラス」
「――どこだ」
「え?」
声をかけてきた村人に問うた。
「勇者は、どこだ」
「勇者様は……大広間で、その、ソーニャを見つけた時にはもう、村を出ていて……」
おそらく村人の全員が勇者が関わっているであろう事を確信していた。
つまりだ。
勇者は昨夜ソーニャと寝た。
そして彼女を犯しながら殺し、その死体をわざわざ人目に付く大広間に運んできたということだ。
「衛兵には!衛兵には伝えたのか!」
人だかりの誰かが言った。
また誰かがそれに答えて言った。
「今若い衆が馬を走らせてシュパイセルに向かっているが、早くても到着は明日だ。こんな田舎の事件を相手にしてくれるかどうかも……」
「そんな……」
村人たちはざわつき始めた。
しかし。
「……埋めてやろう」
彼女の冷たい手を握ったまま、俺はぽつりと呟いた。
「――あ、あぁ、その通りだ」
「そ、そうね。ちゃんとお墓を作りましょう」
その後、村人全員でソーニャを埋葬した。
異臭が強かったため、獣や【異端】に掘り返されることがないよう、他の墓よりも深くにソーニャは埋められた。
「ニコラス……」
村の皆から向けられるのは、揃って憐憫の目だった。
家族はおらず、ソーニャとネル爺さんが唯一の身寄りだった俺には、とうとう誰もいなくなってしまった。
その夜は、雨だった。
ソーニャが殺されたことを世界も悲しんでいるのだろうか。
俺はまた1人、あの夜の様に何も無くなった畑の柵に寄りかかり雨を全身に受けていた。
「ソーニャ……」
あの時、勇者のもとに行くのを引き留めていれば、こうはならなかったのか。
彼女の遺髪で作ったブレスレットを握り締めて、思いっきり泣いた。
大粒の雨は、俺の涙の跡も、彼女の香りも、全てを洗い流していった。
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