色の世の中、苦の世界

@rau1024

1.

 俺が知っている、師匠の知識はすこぶる偏っている。


 まず、生活能力がない。

 初めて会った時の冷蔵庫の中身は空っぽで、ごくじょうソルトしか入っていなかった。なぜ塩を冷やす。

 何にかける気だと聞けば一言、最悪舐める、と返ってきた。今日日その辺の野良犬の方がいいもん食ってる。

 その為、プラコンになるにあたって最優先で習得したのは料理だった。


 そのくせ大酒飲みの大飯食らいで、どういう圧縮方法かは知らないが、その辺のオーガの成人男性の2、3倍は食うし呑む。

 どうやら幼い頃に大層な貧困を味わったらしく、食える時に食う癖と、前後不覚になると恐ろしい目に合うからと酔いにくい呑み方を身につけてしまったらしい。逆にじゃあなぜ塩しかなかったのか、謎は解明されていない。


 他にも諸々あるが、大概総合すると“今までどうやって生きてきたのか謎なおっさん”である。神さまあんた、エルフの無駄遣いだと思う。


「おいウーラル!俺のパンツどこだ!」

「だあ風呂上がりに裸で!ほっつき歩くな!パンツは!自分で事前に待っていけ!!!!」


 この有様である。齢26、この所帯染みた姿は女の子と昔の友人には見られたくない、とパンツとアイロンをかけた甚平を片手に切に願う。


「……ちょっと師匠、食事中に新聞読まないで下さい。」

「おん」

「………聞いてませんね?」

「おん」

「クソジジイ」

「おん」

「…………脳筋ゴリラ、羽虫」


 次の瞬間、俺の顔面には師匠の裏拳が綺麗にめり込み、視界は天井だけが見えていた。鼻が信じられないほど熱いし、鉄の匂いがする。確実に鼻血が出ている。










「はい、お腹いっぱいのノロケ、ごちそーさま!」

「いたたたた…姐さんもうちょい優しく貼ってくれってぇ…」


 そんな言葉で、俺の愚痴を打ち切ったのはプラコンの先輩であるチコ姐さんだった。ティッシュが詰まっている俺の鼻に、湿布を貼りながら。


「今の何処を取ったらそうなるんだっつの」

「ウーくん、言葉。」

「今の何処をとったらそうなるんですか?」


 イラッとした感情にイラッとした感情を上重ねされたが、笑顔も添えて正す。この人の鉄拳を恐れない奴はいない。俺がビビりなわけじゃない。


「だってそうじゃない?そうね……じゃあ逆に聞くけど、ウーくんにとってトラちゃんの好きな所ってどこ?」

「ねぇっ…ないですよそんなところ。」

「素直にさっさと答えないと、バレンタインに渡せなかったチョコを夕飯のカレーに盛って渡せたことにしてるって、誰かに口が滑るかも」

「……………!!!!」


 俺はこの人には敵わない。………正直、スライムにも家の猫にも敵わない自分は誰になら敵うのかわからないけども。敵わない相手に無闇に戦いを挑む事は愚か者する事だと知っている。うん。勇気ある撤退は必要だ。


「…………………い、がいと、勤勉なところとか」

「それでそれで?」


 一つじゃないだと。


「強くて逞しい…というか、典型的な冒険者気質だと俺は思う…ところ…は、憧れなくもない」

「ふむふむ、ウーくんの憧れる冒険者はあんな感じなのねぇ〜!」


 殺してほしい。


「でも、それって裏を返せばウーくんがさっき愚痴ってた所よね?」

「は?」

「だってウーくんの言う生活能力ないって、それは平和なお家で安定した毎日をしっかり過ごす能力よね?それは冒険者として底辺にいた事がある人ができるわけがないわよね?」


 もちろんそれでも出来る人はいるのだけどね、と笑うと、チコ姐さんは一旦唇を濡らすように紅茶を飲んだ。


「食べれる時に食べるだけ食べるのも、酔った時に意識を失わないように呑むのも、旅をする上で大事な事だと思うわ。それだけ危険と隣り合わせで生きてきたと言う事だもの。お風呂も、そもそもそんなに入る習慣がなかった人が家で油断しているって事だと思うし、食事中に新聞を読むのも、お行儀は悪いから直してほしいけど、勤勉よね?」


 ものは言い様だ、とは言えなかった。

 正直認めたくないが、大変不本意ながらその通りだと思ったからだ。

 なにより自分が整えた家で油断していると言われたのが、ほんの少し、1ナノミリリットルくらい、微かに、嬉しかった。


「その鼻血だって、スライムにもやられるウーくんが鼻血ですんでるってそこそこ手加減してくれていると思うのよ?暴力はいけない事だけど、それって貴方の憧れる強さよね?」


 そうして姐さんは悪戯っぽい少女のような笑みでとどめを刺してきた。


「ね?つまりさっきの愚痴はぜぇんぶ、ウーくんのがトラちゃんだあいすき!って言ってるようにお姉さんには聞こえちゃうの!」

「〜〜〜〜〜っ!!!!帰る!!」


 なんども言うが、勇気ある撤退は必要な事だ。俺は目の前に出された紅茶を一気に飲み込んで席を立った。

 もうこの人に愚痴を吐くのは、しばらく控えよう。













「トラちゃんも都合が悪くなると一気飲みして帰るのよ。知らず好きな人に似るものよね〜。」


 聞こえない。聞こえない。






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