エピローグ

魔王の息子は旅に出る

「グレイフィール様~! ちょっと待ってくださいよ~!」


「待たない。遅れたら置いていく」


「ひどおおい! もう、ほんとに冷血漢なんですから~~!」



 終戦から一か月後。

 グレイフィールとジーンは、「魔術国家アルケイル」へとやってきていた。

 ここは、戦時中も魔族が多数隠れ住んでいたと、国のトップからじきじきに報告のあった国である。二人はその話が本当なのかと調査に訪れていた。



「本当に魔族がたくさん住んでるんですかねー? 実際姿を確認するまではちょっと信じがたいですよね。だってそんな話、わたし一度も聞いたことないですもん」


「そうだな。魔界でも、ずっとそれは把握できてこなかった。ということは、魔族にも感知されぬようかなり巧妙に隠れていたということになる」


「アルケイルの人たちはみんな、このことを知ってたん……ですよね?」


「ああ。おそらく国ぐるみでグルだったはずだ。でなければ、国のトップが白状しない。しかもこのように発展もしてこなかっただろう」



 グレイフィールはそう言って、街の隆盛ぶりを眺める。

 どの通りもひしめくように工房が立ち並び、たくさんの魔法使いや商人たちが行き交っていた。



「この国はもともと、魔法や魔道具の研究が盛んな国だった。だが、ここ百年でかなり目覚ましい発展を遂げている。その立役者は、あきらかにその隠れ住んでいた魔族たちだ。彼らはこの国で身を隠させてもらうかわりに、きっと魔界の技術を人間たちに教えていたのだ」


「でもどうして……それがいままで公にならなかったんでしょう。戦争が終わってから、そんな事実を発表されるなんて……」


「魔族を国内で隠し続けることが、この国が他国との競争社会で生き延びるための術だった。バレてしまっては人類の裏切り者と糾弾されるだけでなく、もろもろの知識や技術が他国に流れてしまうかもしれないからな。だからこそ、人間たちも厳重に魔族たちを隠したのだ。けれどそれももう、終戦によって意味をなくした。なぜなら大量の魔族が、大腕を振って人間界のどこにでもやってこれるようになったからだ。また人間たちも魔界にこれるようになったしな」


「なるほど……」



 そうは言っても、通りにはほとんど魔族の姿は見えない。

 明らかに魔族だとわかるのは、変装の必要性がなくなったグレイフィールとジーンだけだ。しかし、市民たちは誰一人、グレイフィールたちを「珍しい者」として認識していなかった。

 それは魔族が、この国でずっと人間たちと共存していたことの表れだろう。



「で? これからどうする予定なんです? グレイフィール様」


「そうだな。その隠れ住んでいるという魔族たちと、会ってみたい。そしてできれば……」


「もう隠れる必要などないって、言うつもりっスか?」


「イエリーさん!」



 聞き慣れた声がして振り向くと、前方に、商品をいっぱい詰めた荷箱を背負うイエリーが立っていた。

 ジーンは喜んで駆け寄る。



「お久しぶりです、イエリーさん! 奇遇ですね! どうしてここに? もしかしてお仕事で来られてるんですか?」


「いやまあ……儲け話の臭いがしたから、自分も来たんスよ」


「儲け話?」


「そうっス。金の匂い、もとい、グレイフィール様が行かれるところにイエリー・エリエ有り、っス。自分をのけ者にするなんて、水臭いじゃないっスか~。グレイフィール様~」



 そう言って、変に猫なで声ですり寄ってくるイエリーに、グレイフィールは深いため息をついた。



「はあ……何をお前が感じ取ったかは知らんが、私たちはあくまで『調査』をしにきただけだ。お前の考えるようなことにはならんぞ」


「イエリーさんの考えるようなこと?」



 ジーンははて、と小首をかしげた。

 しかし、イエリーはからかうようにして人差し指でグレイフィールの肩をつつく。



「ふふっ。またまた~。どうせグレイフィール様は、魔族と人間たちがどのように共同研究してきたのかとか、その研究成果を聞きにきたんスよね? そしてあわよくば、自分もその研究に混ぜてもらって、新しい魔道具を作るきっかけにしようとか――」


「ところで。今日私たちがここに来ることをお前はどのように知った? ここへはどうやって来たのだ。ミッドセントのハザマの街からは、だいぶ遠い国のはずだが?」


「ぎくっ!」



 急に違う話題をふられて、イエリーは一歩身を引いた。

 そして苦笑いを浮かべながらあわてて説明する。



「いや~、グレイフィール様が不思議に思うのも無理はないっス~。実は……鏡の精さんに送ってきてもらったんスよ」


「鏡の精? どっちのだ?」


「ヴァイオレットさんの方っス」



 曰く、ヴァイオレットはあの後さらに空間魔法の腕を上げ、遠い場所にいる者たちの動向も同時にいくつも監視できるようになったらしい。

 そして、鏡を通さなくても、転移能力のない者を遠隔地に転移させることができるようになったそうだ。



「今日のグレイフィール様の視察のことは、そのヴァイオレットさんから教えてもらったんスよ。で、商売の臭いを感じ取ったんで、自分もこの国に送ってほしいって頼んだんス。そしたら快諾してくれて。そんなわけで、帰りも念じればまた転移させてもらえる予定なんス」


「フン。ずいぶんあいつと懇意になったんだな」


「へへっ。それはもう。なんせ、いつもいろ~んな情報を提供してもらってるっスからね~」



 あれからヴァイオレットは、ミッドセントの国王の元に身を寄せていた。

 国王は引退宣言をし、自分の息子に後を引き継がせた。

 以来、ヴァイオレットは新国王リチャードの相談役としても活躍している。


 人外の身となったため、もう宮廷魔術師にはならないと決めたそうだ。

 ボルケーノの後任にはボルケーノの弟子の中から一番優秀な者が選ばれた。


 無能な貴族たちは等しく処分を受け、それぞれの家は新しい世代に家督を譲ることとなった。

 ミッドセント王国は、そうして人間と魔族が仲良くするための国政に切り替えられたのだ。



「鏡の精さんは、それこそ、あらゆる人や物の動きを教えてくれるから、商売でとっても助かってるんスよ。あ、そうそう、ついでに聞いたことっスけど、ボルケーノさんは……」



 もといた村に戻り、そこでしばらく過ごすことに決めたらしい。

 当時の村長はすでに寿命で亡くなっていたが、恋人はいまだ存命中だったとのこと。

 鏡の姿ではあるが、残り少ない日々を二人でゆっくり過ごそうとしているのだという。



「あと、ネスさんは……」



 元聖女のネスは、道具屋アリオリを出て、グレイフィールのように諸国をまわりながら人助けをする旅に出ることを決めたらしい。


 しかし驚いたのはその先だ。

 その話を聞いたある「二人の男」は、ネスについていくと周囲に宣言した。


 ひとりはフォックスの社長、ダイナー・フォックス。

 彼は自分らしい道具作りとは何かと、己を見つめ直すために、ネスとともに旅に出ることを決めた。


 もうひとりは魔王ゼロサム・アンダー。

 かつての妻が転生していたことを知った彼は、妙な男がその妻にちょっかいをかけようとしているのを知って、それを阻止するため同行することにした。

 ついでに人間界をじっくりと観察して、自分はどうしていくべきなのかを模索したいのだという。



「その話は私も知っている。父上がそのような行動に出るとは……少し意外だったが、まあよい兆候だと思うことにしている」


「自分はひやひやしてるっスよ」


「ひやひや? 何に対してだ」


「わからないんスか? あんな三角関係。下手したらものすごい修羅場が発生して……人間界の一部が焼け野原になっちゃうかもしれないっスよ」


「母上がいるのだから大丈夫だろう」


「なんスかその全幅の信頼! いやあああっ、怖いっス。怖いっスよ~~イブ~~~!」



 イエリーがギャーギャー騒いでいる横で、ジーンはなにやら考え込んでいる。

 グレイフィールはふと気になって声をかけた。



「どうした、ジーン」


「あ、いえ……。魔王様がお城からいなくなったのって、そういう理由だったんですね……」


「知らなかったのか」


「はい。というか、今魔界には魔王様がいないんですよね」


「ん? ああ、それがどうした?」


「それなら、やっぱり誰かが魔王様の代わりをしないといけないんじゃないでしょうか!」


「ジーン。だから、私は魔王にはならんと――」


「え~、ちょっとでいいからやってみてくださいよ~! 一日だけ、一日だけ。ね!」


「だからならん。もう、先に行くぞ。魔族が多数働いているといわれている、国営の魔術工房とやらを見学せねば」


「あ~~~待ってください、グレイフィール様~~!」


「えっ? グレイフィール様!? 待って、自分も行くっス~~~!」



 早々に歩きはじめたグレイフィールに対し、二人は慌てて後を追う。

 その様子を、ミッドセントの王城内からのぞき見ていたヴァイオレットは、ふふっと笑いをこぼした。



「ほーんと、いつ見ても飽きないわね。この人たち。あ~自分もついていきたいわ~! 今回もちゃちゃっと人助けしてよ、アタシの冷血王子様」





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魔王の息子は人類を滅ぼしたくないと引きこもりましたが、実は【魔道具技師】として世界を救っています 津月あおい @tsuzuki_aoi

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