アルマゲハイパフォーマンスオンライン

西藤有染

滅亡の危機

『小さき者たちよ。よくぞここまで辿り着いたな』


 見上げる程に巨大な、人型の炎の化身がいた。「ゲルラ・ギビル」。この「アルマゲハイパフォーマンスオンライン」というゲームにおいて、世界を滅亡させようとしている存在の1つで、ストーリー上、プレイヤーはこいつを倒さなくてはならない。

 

『しかし、貴様ら如きが束になって掛かってきた所で、この私に傷1つ付けられないだろう』


 世界を滅ぼそうとするだけあって、このボスは非常に強く、ひとりで倒すのは不可能に近い。だがこのゲームは、大人数での協力プレイが出来る。今回も、このボスを倒す為に数多くのプレイヤーが集まってきており、その誰もが最強と名高い者たちばかりであった。


『さあ、小さき者たちよ。精々破滅の運命から逃れようと足掻くがいい』


 これから始まるボス戦に向けて、プレイヤーたちの緊張が高まる。しかし、それは傍から見ると異常な光景だった。世界を滅亡から救おうとしているプレイヤーたちの中に、まともな格好をした者がひとりもいなかったのだ。ある者は上半身裸で、またある者はカーニバルの参加者のような扮装をして、またある者は馬の覆面を被っていた。何も知らぬ者から見ればふざけているようにしか見えないが、当人たちは、最強のプレイヤーであり、至って真面目に攻略しようとしているのだ。

 これが「後世に語り継がれる程完成度の高い迷作」、「アルマゲハイパフォーマンスオンライン」だ。



 ゲーム業界において、新たなハードウェアというのは、対応するソフトが充実していくにつれて普及していく傾向にある。どんなに魅力的なハードだったとしても、それで遊べるソフトが少なければ、買う人も少なくなるのは当然だろう。それゆえ、ヘッドマウント型フルダイブVRハード、通称「DEEP」は、ネット上の仮想空間へと意識を投影することでリアルな体験が出来る、史上初の画期的なハードウェアでありながら、この半年間の売行きは伸び悩んでいた。対応しているソフト自体が少なく、その上どれも仮想空間に完全に没入出来る利点を活かしきれて居ないものばかりだったのだ。


 そんな中で「アルマゲハイパフォーマンスオンライン」は、低迷している「DEEP」の救世主足り得るソフトとなる筈だった。数々の人気作を手掛けて来た制作陣、発売前に公開された現実と見間違える程の超絶美麗グラフィックのPV、「DEEP」対応ソフト初となるMMOアクションRPG大規模同時多人数参加型オンラインアクションRPG、斬新なバトルシステム、そして極めつけに「世界を救うのはあなただ」という、王道なキャッチフレーズ。名作として後世に語り継がれる要素が、これでもかと言う程に詰め込まれていた。事前評価も高く、実際に発売された後の売上も、初めのうちは好調だった。

 しかし、「アルマゲハイパフォーマンスオンライン」がリリースされてからしばらくして、その評価は覆った。ゲームシステムにおける致命的な欠陥が見つかったのだ。

 「アルマゲハイパフォーマンスオンライン」のバトルシステムは、ゲーム内の職業に合わせて、よりそのキャラらしい、より洗練された行動を取ることで強くなるという、今までにない斬新なものであった。例えば、「剣士」と言う職業の場合、型に沿った美しい剣裁きをする事で強くなり、「戦士」と言う職業の場合、より荒々しく行動する事で強くなる。そこにレベルと言うものは存在せず、プレイヤーの職業に合わせた、よりそれらしい行動を演じた方が強くなるのだ。アルマゲハイパフォーマンスオンラインでは、その「らしい」行動は「ハイパフォーマンス」と呼ばれている。

 ゲーム内でプレイヤーが選択出来る職業は20以上あり、開始当初は「剣士」や「魔法使い」等のオーソドックスな職業を選ぶプレイヤーが多かった。しかし、レベルでは無く、パフォーマンスで強くなるという全く新しいそのシステムに、多くのプレイヤーが苦戦した。

 「ハイパフォーマンス」に関して、運営が公開している情報は、「その職業のキャラらしい行動がハイパフォーマンスとして認定される」という事と、「ハイパフォーマンスに成功するとキャラが光る」という事だけだった。実際に何が「ハイパフォーマンス」として認定されるのかは公開されておらず、プレイヤーは手探りで強くなる方法を探す必要があった。ゲームの掲示板では日夜、「ハイパフォーマンス」として認定される行動の情報交換が為されていた。そういった流れの中で、ある日、掲示板にこのような書き込みが出た。


「アルマゲハイパフォーマンスオンラインにおいて最強の職業は、『銃士』では無く『道化』である」


 その書き込みの内容を信じる者は、初めは全くいなかった。当時、アルマゲハイパフォーマンスオンライン内では、「銃士」が最強とされていた。遠距離攻撃手段を持ち、尚かつ、「ハイパフォーマンス」をしなくても安定したダメージを与えられるため、ストーリーの攻略においても、PvPプレイヤー同士の対戦においても、「銃士」プレイヤーが目立っていたからだ。反対に、「道化」はゲーム内で最も不人気であり、「存在する意味が分からない」とまで言われるような職業であった。そのため、掲示板の書き込みは、間違えて「道化」を選択してしまった哀れなプレイヤー達の僻みだと思われていた。

 しかし、動画サイトにアップロードされたとある動画によって、その状況は一変した。それは、PvPプレイヤー同士の対戦にて99連勝中だった「銃士」プレイヤーを、とある「道化」プレイヤーが破るというものだった。その事実自体も驚きだったが、より衝撃的だったのはその対戦内容だった。動画内で、「道化」プレイヤーは、プロレスラーのような奇抜な覆面を被って、褌一丁でパラパラを踊っていた。その全身は見たこともないほど眩く金色に輝き、「銃士」の弾丸を尽く跳ね返していた。その余りに衝撃的な映像に、全プレイヤーは開いた口が塞がらなくなった。

 道化はアホな事をすればする程強くなる。その情報は瞬く間にプレイヤーに広まり、キャラを変更してまで、「道化」を選択する者が増えた。

 それもその筈だろう。ゲームをするのは結局、現代社会を生きる人間であり、彼らが「武士」や「狩人」を演じるのは、どうしても限界がある。「ハイパフォーマンス」をした方が有利なこのゲームにおいて、慣れない職業を無理に演じるよりも、「道化アホ」を演じる方が簡単であり、理論上最大の「ハイパフォーマンス」を出せるのである。

 最終的に、プレイヤーの9割が「道化」を選択し、よりおかしな行動を取ることを追求するようになってしまった。その状況の余りの酷さから、「アルマゲAハイパフォーマンスHオンラインO」の頭文字を取って、アホオンラインと呼ばれるようになってしまった。多くのプレイヤーが「道化」一強となってしまったゲームに興味を無くし、ここから離れていってしまった。店では、中古品が大量に積まれて叩き売りされる程になっている。今や、アホオンラインのプレイヤーは数えられる程にまでなってしまった。明らかに採算の取れるような状況では無いこのゲームを、いつ運営会社が見限るか冷や冷やしながら、プレイヤーたちは今日も遊んでいるアホになっている


 このゲームは今、滅亡の危機に瀕している。

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