遠雷

神林あぢへい

遠雷

 朝。

 俺は眼を覚ました。まだ、昨日の酒が残っている。

 部屋が明るい。

 うつ伏せに転がるベッドで。眠りそうになりながら、あえて眼を閉じる。

 雨上がりのいい天気。昨日は、ひどい雨だった。

 雷が、特に・・・すごかった。

 窓が開いてるようだ。どこか湿った朝のにおいが風に乗り、部屋を満たして行く。

 通りを歩く足音と、ざわめき、甲高い子供達の声。

 コーヒーのニオイがしている。

 そして、何かが焦げてるにおい。

 俺は、声を出さずに笑う。

 裸のままベッドを降りてシャワーを浴びた。



 新聞を取ってきて、

 「また焦がしやがって」

 ダイニングに行き食卓に付いて脚を組み、鍋をかき混ぜる彼女の背中に言う。

 「またって言うな! たまたまです!」

 ムキになって 彼女が背中で返した。

 「うるせえ、毎回じゃねェか!」

 彼女は溜息をついて、腰に片手を当て鍋をかき混ぜながら。

 「目玉焼きオンリーなら、うまくいけんのよ。・・・・でもベーコンとあわせたら、焦げちゃうのさ~」

 俺に振り返って、ひどくいい顔で

 「不思議だよねー!」

 言った。

 俺は溜息をついた。

 「しるか。このへたくそ」

 「うるせえ! くっそ、ぜったい、焦がさないでうまくやってやる!」

 俺は立ち上がり、マグカップを2つ持ってきて。

 コーヒーを注いで自分のところと 彼女がよく座る場所に置いた。

 また座り、脚を組んで新聞を見た。

 コーヒーを飲む。

 大きな木の器の大盛りのサラダが ごとん、と自分と彼女が座るであろう席の真ん中に置かれた。そして、こげた目玉焼きが彼女の席に置かれる。

 俺は、新聞をめくる。

 かちゃかちゃと金属の音がして、2人の間にそれらが がしゃん と置かれる。ナイフとフォーク、そしてスプーンが、2人分。

 少し経ってから、箸も置かれ、彼女はついでにコーヒーを飲む。

 「あ~、おいし!」

 マグカップを置いてキッチンに行く。

 背中で彼女が言った。

 「昨日さァ」

 彼女は洗ったフライパンをコンロにかけ、隣の鍋のコンロの火を止めた。

 「んん?」

 新聞をめくりながら、俺は返事をする。

 彼女は、取っ手が付いてるスープボウルを棚から出し、コンロのそばに置いた。

 フライパンの水分が飛び、熱くなる。

 火を止め、冷蔵庫からタマゴを2つ出し、ベーコンも出した。

 「フラれたっていったじゃん?」

 「覚えてたのかよ? 酔っ払って忘れてたと思ったわ」

 「記憶なくなるまで呑んだことないのが、あたしの自慢さァ」

 面白そうに笑う彼女。

 「自慢いうな!」

 俺も笑った。

 コンロに火が入った。

 じゅう、と ベーコンの焼けるいいニオイ。

 こん☆ かしゃ!

 タマゴを割る音が2回。

 「焦がさないでうまくやるから、・・・・・いま、話しかけないでね」

 「お前がフラグを立ててどうする」

 思わず、俺はツッコんだ。

 彼女は笑った。

 そして、こいつは今日も慌てている。

 「みず みず!」

 じゅう、と言う音。

 「ふた ふた!」

 がたん、と言う音。

 目玉焼きのフライパンに水を注ぎ、蓋をしたようだ。

 「お、パン焼こう、パン パン!」

 トースターにパンを入れる。

 ぽん、と手を叩く音。

 「あ、ドレッシング出してないじゃん、」

 冷蔵庫を開ける音。

 テーブルにドレッシングを置き、コンロの火を止めて

 「アア!!」

 突然でかい声を出す。

 「どうした」

 「いっや、ドレッシング出した時に、バターも出せなかったから、悔しくって!」

 俺は言った。

 「知らんわ!!」

 彼女はバターを出して口を尖らせ、

 「一度にやれたことを出来ないって、くやしいんだって!」

 テーブルにバターを置いて、コーヒーを飲む。

 食器棚から皿を出し、パンを載せる皿が2人の前に置かれた。

 前から思っていたが、彼女のモノの扱い方はすごく、一言で言うと乱暴で雑だ。

 ・・・しかし、食器をそれで壊したことは 一度もなかった。

 俺の前に、皿が置かれた。

 いいニオイがした。新聞をたたんで視た。

 完璧には程遠いが、その皿には美しいベーコンエッグが乗っていた。

 トースターが彼女を呼んだ。すぐに彼女は向かう。

 俺は、彼女のドヤ顔を見そびれた。

 コーンスープはうまかった。コレだけは、褒めてやれる。

 だが一度もほめた事はない。そしてこれからも、絶対に 褒めない。

 こげたベーコンを噛みながら、彼女が言った。

 「よくある話だよ」

 パンにバターを塗り、半分にちぎって

 「メール返さないからって誤解されて、浮気してやった、て言われた」

 「昨日も聞いたぞ。何回も聴いた」

 俺は箸でベーコンを巻いて食い、何もつけないトーストを食った。

 「知ってる、」

 トーストはいい焼き加減だった。

 もぐもぐしながら、彼女は

 「あ~。・・・・呑み過ぎたぁ」

 こげた目玉焼きを食いながら、彼女は言った。

 彼女と、こういう話はよくする。

 いつも仕方なく、俺はこう言うのだ。

 「おう、話せよ」

 すると彼女は

 「ありがとうございます!」

 真摯な顔で頭を下げた。

 「浮気してやった って言われて、返したメールが、だからなに? と。・・・こっちゃ、メール返さないまま誤解されて、浮気もしてないのに、ソレを認めるメールを打ったことに、打ったあと気づいた」

 「なるほどな」

 「おう」

 「スープおかわり」

 「おう」

 彼女は俺から手渡されたカップを持ち、キッチンに行く。

 彼女は、まだ振られていない。――――・・・俺は、そう思った。

 「ほい」

 スープのカップを、俺に差し出した。

 「おう」

 俺は受け取る。

 彼女は席に着き、言った。

 「くっそォ。どこにもイイ男いねェな」

 俺はサラダを食いながら

 「お前は夢を視すぎなんだ」

 「昨日、何回もきいたよ それ! んもー!」

 それから。しばらく黙って、俺たちは食事をした。

 やがて食事を終え。俺がコーヒーを入れなおし、彼女は食器を洗う。

 改まって食卓で向かい合い、それぞれコーヒーを飲む。

 「状況から行って、・・・もう無理」

 俯いた彼女が言った。

 俺は言った。

 「あきらめんのか?」

 彼女は、ふっと 笑った。そして眼だけで 俺を見て

 「・・・・・・・・・無理」

 首を振った。

 「まだメール帰ってきてないだろ」

 俺は言う。

 彼女は言った。

 「アイツからの答えの、どこを待つ」

 声を出さず、息だけで ふふふ と笑い コーヒーを飲み、

 「・・・・・・・・ああ、泣きたいなあ」

 またコーヒーを飲んだ。

 俺もコーヒーを飲む。

 俺は言った。

 「今日は遅刻しろ」

 「えェ、やだ!」

 「うるせえ!」

 俺はテーブルを叩いた。

 「遅刻しろ!」

 彼女は、奥歯をかみ締めて俺を視た。

 眼に、涙がたまっていく。

 「わかった!・・・・・・そうする!」

 笑おうとしたみたいだ。だが、涙が落ちて顔を両手で覆って俯いた。

 声を出して、彼女は泣いた。

 俺はコーヒーを飲んで新聞を取り出し、脚を組んでそれを読んだ。



 やがて、ぶうう! と鼻をかみ。涙を拭いて彼女は、冷めたコーヒーを飲む。

 「おっしゃあ、泣いた!」

 そう言った。

 俺は新聞をたたみ、言う。

 「コーヒー、おかわりどうだ?」

 彼女は俺をみて、まだ泣きたそうだが、まるで頑張っている笑顔で

 「今度ね!」

 言って立ち上がった。

 そして、すう と息を吸い はあ と吐いた。

 「・・・・ありがとよ!」

 言うと、彼女はいい笑顔で親指を立てた。・・・すぐその後、情けない笑顔になった。



 玄関で、俺は言った。

 「いつでも来い、待ってるぞ」

 靴を履き、彼女は立ち上がり。

 「ほい、握手して!」

 真面目な顔で 手を出した。

 俺は右手を出す。彼女は、俺の手を強く握った。

 「じゃ、またな!」

 彼女は片手をあげ、元気よく玄関を出て行った。

 閉じられたドアを見て、俺は右手を視る。

 ぎゅっと握って、開いて、また軽く握る。

 昨夜。

 激しい雨と雷を避ける為に、彼女を部屋に非難させた。

 酔っ払ってたのは、よくあることだ。

 雷は落ちなかった。

 だが遠雷は、彼女を泊めた時によく、聴こえる。



【20111012/20190305】

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遠雷 神林あぢへい @azihey

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