長男の見た目が失格
カワサキ シユウ
長男の見た目が失格
「なぁ、今朝見たっちゃけどさー。中島さんちの長男さん! あれ、やっぱ、顔、四っ角かねぇ!」
「そげな、みーんなしっとーよ! ここいらでは常識ったい! 常識!」
唐突に耳に飛び込んできたけたたましい声と聞きなれぬ方言に、あーとんでもないとこに来たんだなぁと思わず感慨にふけっていた。私は生まれて初めて訪れた母の故郷であるこの田舎町でで、とある人と待ち合わせをしていた。生まれも育ちも神奈川県横浜市の私が、九州を訪れたのはこれが初めてのことだった。
『あっこらへんは、なーんにもなかけんねー、公民館の中ででんが待っとったらよかたい。クーラーが効いとって、涼しかよ~』
母の妹の淑惠おばさんは間延びした口調でそうアドバイスした。確かに公民館は最近建てられたというだけあって、周りに田んぼしかない割にきれいだし、涼しかった。だが、そもそもここに至るまででもうくたくただったのだ。
空港からローカル電車を乗り継いで1時間半、バスがくるのを30分ほど待って、冷房の効きすぎたバスに揺られること1時間弱、そこから公民館まで炎天下の中徒歩20分。ばっちり決めた髪もメイクも台無しで、服も汗染みが心配、少し高めのヒールで靴擦れがかつてないほど痛い。やっと着いたと思ったそのときから、もうすでに帰りたかった。化粧室に閉じこもって、なんとかリカバーできたと思ってたら聞こえてきたのが、地元マダムたち(推定平均年齢63歳)のけたたましい噂話。なんかもうちょっと泣きたくなった。
「ばってん、あれでアタマん出来はちかっぱよかったいねー」
「こんあいだはなんかすっとぼけたこと言っとったばい?」
「そらぁ、あんたんアタマにあわせてやっとったったいねー」
「えー。騙されとったとね!」
「お医者さまやけん! そらよかよー」
「人当たりもよかけんねー」
「まだ若かとに、畑にもーよーでとるごたんよ」
「よかお医者さんがきてくれたたい」
そろって頷くマダムたち。なんだか話がいい方向に向かい私はほっと胸を撫でおろした。どうやらその中島さんちの長男さんはいい人らしい。そうだ、顔が多少悪かったって、人柄がよければいいではないか。私は一人でうんうんと頷いていた。
「ばってん……」
一人のマダムがこらえきれないとばかりに笑いを漏らす。
「やっぱり、顔、四っ角やね!」
「畑にでとらしたとき、麦わら帽子が似合わんかったねー!」
「おまけにでかかけん、よう脱げて飛んでいくっちゃんねー!」
「診療所に子どもば連れて行くと、指ばささるるもんねー! 珍しかっちゃろーね!」
「あげなん、四っ角か顔は見たことなかよ!」
「あっははははは!」
げらげら笑うマダムたち。私は未だ顔も拝んだことのない中島家長男氏がかわいそうを通り越して不憫に思えてきた。そしてその感情は、どうしてそこまで顔のことを言われなきゃいけないのかという理不尽さに対する怒りに変わっていった。
「酷いです!」
思わず出た大きな声に、私自身もびっくりした。でも、それが間違いなく自分の本心を映すものだと信じることができたから、かえって冷静になれて続けた。
「ちょっと見た目が悪いからって、そんなにいい人のことを顔が失格とか、いくらなんでも酷いすぎです!」
「失格って……?」
驚いた顔で口をパクパクさせているマダムを無視して私は続けた。
「いいじゃないですか! ちょっとぐらい不細工でも! ちょっとくらいハゲてて、太ってても、鼻の脂がテカテカしてても、無精ひげがだらしなくても、鼻毛がはみ出てても、なんか気持ち悪い大きなほくろがあっても! いい人なら、いいじゃないですか、それで!」
あっけにとられていたマダムたちだったが、一人が何かに気付いたように目を細めて私を見た。
「あんたぁ、もしかして中島さんとこにお見合いにくるっていう……」
「あ、あはははは……」
マダムたちとは違う方向から乾いた笑い声が聞こえてきて、振り返った。見覚えのない男が所在なさげに立っていた。
「僕のことそんな風に思われてたなんて、ちょっとショックですねぇ……」
あ、と私は気づいてしまった。
「四角だ……」
「ほらぁ。やっぱり、四角かろ……?」
周囲のマダムたちが遠慮がちに頷き、なにやら神妙な雰囲気が漂いかけた。しかし、マダムの一人が吹き出してしまったことをきっかけにくすくすと笑うものが出て、やがて皆で大笑いをしてしまった。私もつられて笑った。中島家長男氏の方を見ると、眉を逆三角形に曲げて困ったような顔をしながらも、仕方なしといった様子でしまいには笑っていた。
それが私と夫の出会いだった。
叔母や母の勧めでしぶしぶ行ったお見合いだったが、存外うまく事は運び、今では私も一児の母である。
一人息子の長男の顔は、やっぱり四角かった。
長男の見た目が失格 カワサキ シユウ @kawasaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます