《その女の述懐》

 あなたはいつも笑うから。私が言ったこと、やったこと、ぜんぶ。だからきっと、私のことなんかどうでもいいんだって、馬鹿にしているんだって思っていた。


 網戸の外側に蛾がとまっている。小さいけれど、確かにその存在を主張している。見なければいいのに、見てしまう。ちょうど、私にとってのあなたとの思い出みたい。


 後になって気がついたときにはもう遅かった。不器用で、歪に、けれど確かに、あなたは私を愛していた。私もまた同じように、しかし全く違う形であなたを愛していた。


 いつからすれ違っていたんだろう。思えば、私とあなたの間で交わされた会話は、それがどんなに下らない話題でさえどこかとてつもなく高い所で綱渡りをしているような恐怖と緊張感を持って行われていた。


 きっとそれがいけなかったのだろう。あなたの後に付き合った何人もの男たちとの会話には、そんなおかしなことはなかった。


 今、あなたのところに向かっているけれど、多分、きっと間に合わない。あなたの心臓が止まる瞬間には、残念ながら立ち会うことができないみたいだ。


 生憎私はあなたの家族には嫌われているみたいだから、お葬式には出られない。でも、もし許されるのなら、あなたのお墓に行って、謝りたい。私が最後に置いていった手紙のことを。


 


 あなたから私への最初で最後のお願いを、どうやら叶えてあげられそう。望み通りあなたのお墓に行って、あなたを笑います。


 あなたと私の不器用で、愚かで、歪で、けれど確かにそこにあった愛を忘れないでいるために、お互いを笑おう。


 大切なものは、失ってからその大切さに気づくなんて言うけれど……ああもう、やってられないな。

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「もどらない」ものを想うとき 北村すみれ @tanimura_koyomi

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