第5話 声


 唐突に現れた魔女は美玲や拓郎と会話を交わすことはなかった。


 しゃべれないのではなく、何も語る事がないといった空気を常にまとっていた事もあって機会がなかったようなものであった。


『魔女に会うのは初めてですので、少し語り合いたいと思います。姉も興味があるようですし』


 流香はそう言って、美玲と拓郎と共に屋敷を去ることを拒否した。


 仕方なく、拓郎と美玲だけで車で帰ることとなったのだ。


「どうする、姉さん?」


 車を発進させて、しばらく二人は無言であったのだが、その静寂を破るように運転している拓郎が助手席に座っている美玲に言う。


「決まっているじゃないの。売るわよ、あの屋敷は。十年経っていないもの。まだ私達のものよ」


「なるほど、善意による土地の取得時効は十年だったっけ? 父さんが死んでからまだ九年しか経っていないから土地の取得時効は成立しないと」


「そうよ。だから取り返すの、魔女から。あんな女にくれてやるものですか」


 美玲はそう言ってにんまりと笑った。


 これで会社を存続させる事ができて、自分達の地位もまだ安泰だと確信したのだ。


『バン!』


 不意に車の窓硝子を強く叩く音が社内に響く。


「何?」


 誰に叩かれたのだろうかと思って美玲が確認しようとすると、


「ひぃ!?」


 運転していた拓郎が悲鳴のような、声にならない声を上げた。


 その声に釣られるようにして、拓郎を見やり、そして、視線の先を探る。


 そこにあるのは、正面の窓硝子であった。


「ひっ!?」


 拓郎が見ている物を美玲が知るなり、同じように悲鳴を上げた。


 さきほどなかったはずの二つの人の手形が窓硝子にくっきりと付いていた。


『痴れ者が。魔女に手を出すな』


 次の瞬間、二人の耳元で聞き覚えのある声が響いたのであった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の館 ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ