今日の朝、Twitterを開くと、
『ご登録いただいてから今日でちょうど4年です。このすばらしい日をTwitterコミュニティて共有しましょう』
とメッセージが届いていた。そんなに長い間使っていたのかと思いつつ、最近ふと気づいたことを思い出す。
Twitterって、かなり難しい、ということだ。これまでの人生の中で、人並み、もしくはそれ以上にたくさんの本を読んできたつもりであるし、素人ながらではあるが物語を綴ったこともある。
だから、少ない文字数で気軽に表現できるTwitterなんて、ちょろい文学だと思っていたし、実際、4年近くずっとそうだと囚われていた。
しかし、よく考えてみたら、限られた文字数で伝えたいことをすべて伝えるって、かなり難しいんじゃないか。
誰かに伝えたい事柄について、こと細かく書き記していたら、すぐに文字数はオーバーしてしまう。
だからといって、1行くらいに短くすると、本当に伝えたい熱量はまったく感じられない。
結局、画像や動画という逃げに走ってしまうことになる。
「この青い鳥……。めちゃくちゃレベル高いじゃねーか!」
思えば、自分的にものすごく面白く感じた出来事を、勢いそのままに呟いたとき、しばらくしてから読み直してみるといまいちピンとこなかったこともしばしば。
でも、あの言葉をこの言葉に変えておけば、ここの表現を切り取って、あの内容を付け足して、といった反省すらろくに思いつかないのがほとんどである。
「己の文章能力が未熟なだけじゃ! 青い鳥のせいにするんじゃない!」
たしかにその通りだ。短い文でどれだけ読み手に想像してもらえるか、というのは言葉を選んでいる書き手の力量にかかっている。
ただ、この思いに至ってから、他の人がつぶやいていることへの捉え方も少し変わった。今までは、経験や発想がただただ突飛で斬新だから、多くの人の目を惹くのだと思っていたが、それだけでは必ずしもないのだ。
多くの人が注目するつぶやきは、それだけの文章力も備わっているのである。
とまぁ、つらつらと書いてはみたものの。
そもそもTwitterってこんなに考える必要あるのだろうか?
だって、『つぶやき』だぞ?
鳥の『さえずり』だぞ?
こんなに真剣に考えながらさえずっている鳥なんてろくな求愛すらできなさそう。
Twitterは、考えたらダメな文学なのかもしれない。
ああ、このほうがしっくりくる。
伝わったって、伝わらなくったっていいじゃん。
だって、単なるつぶやきだもの。
ということで。
今回の内容をTwitter風につぶやいてみると。
『Twitterまじヤバい』
そのままではかなわない うにまる @ryu_no_ko47
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