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糸花てと

第1話

 花びらが、わたしの視界を泳いでいった。フワフワと風に流され、空を彩っている。


 長い式が終わった。担任が考えた演出で、体育館から戻ると、卒業アルバムが机のなかに。

 この日ばかりは、スマホの扱いにうるさい担任も「撮っといてくれよー。消すんじゃないぞ?」なんて、楽しそうだ。


「ねぇ! アルバムのフリースペースに、ひと言お願い」


 うしろから、声がしたような──


「いいよ。どこに書こうかな、ここにしていい?」


 ……そんなわけないじゃんね。人付き合いが苦手で、ちがう。面倒だったんだ。

 みんな同じモノを持ってないといけない事。それって迷惑なんじゃ? そう思うことでもやらなきゃいけない事が。

 ぜんぶ同じことをしなきゃいけない。それが、受け入れられなかった。


 その結果が──こうして、卒業式に響いてきた。名残惜しいとか、べつに。


「先生、ありがとうございました」


「おぅ、これからも頑張れよ」


 何をがんばるんですか。

 卒業後は、ふつうに仕事して、結婚? するのかな。わかんないや。

 とりあえず、お世話になった先生に挨拶して。見た目は堂々と教室を出る。ほんとの気持ちは、逃げたくて仕方ない。



“離れたくない~”

“時間できたら遊ぼうね!”

“同窓会やりたいねー”



 廊下、階段、校舎の出入口につくまでに聞こえてきた思い。解るようで、わからない。


「先輩! 卒業おめでとうございます」


 部活、先輩と後輩のやりとり。入部してないから、どこか甘酸っぱいその空間を、いいなぁって眺めるのか、廊下をふさいでるから邪魔と思うのか──…


「……へっくし!」


 予期せぬ音と、足元に転がってきた鉛筆。


「なんだ……笠井かさいくんか」


「えーと、仲村なかむらさん」


 言わなくてもわかる、鼻に手をやって辛そうな顔。花粉症だ。

 同じクラスなのに、えーと、はないでしょ。まぁ、休みがちだったから曖昧なのか。しょっちゅう休んでたから、わたしは覚えちゃったけど。


「帰らないの?」


「もう来ないだろうし、好きな場所、描いておこうと思って」


 指さしてきた方を見ると、持ったままの鉛筆が。「あぁ、ごめん。どうぞ」色白な手にのせる。


 一年、教室まえ。花壇がならんでいて、時間帯で木陰ができる。

 どの季節でも、そこはきもちよく優しい風が吹く。


「ここが好きな場所なんだ?」


 迷いなく動く鉛筆を、目で追いかける。絵、上手いなんて知らなかった。


「美術部とか?」


「あの場所、本当はマンガ研究部なんだよ。絵画を好きなやつはいない。部活は入ってないよ。仲村さんもでしょ? 日直でしか、残ってるの見たことない」


 休みがちなわりに、よく見てるな。


「人付き合いが面倒でね」


「休むことがなかったのは、なんで?」


 目が合うこともなく、ひたすらスケッチブックと向き合う笠井くん。

 なんて答えたらいいんだろう。良いことなかったら休みたくなるのに、わたしは学校に来ていた。


「夢中でやりたい事もなくて、学校は好きじゃないけど……時間潰しにはなる、かな? そう思ってたのかも」


 本当なのか……腑に落ちない。


「ごめん。勝手にどこか似てるかもって、考えてた瞬間があってさ。そんなわけないのにね。そろそろ完成。仲村さん、ここに名前書いてよ」


「え、なんでよ」


「仲村さんの字、きれいだなーって、思ってた。この時は、この日だけなんだよ。僕の良いもので飾りたい」


 絵を描いてるからなのか、くすぐったい考えをそのまま言える──…





 そのあと、無茶ぶりしたんだっけ。懐かしい。


 卒業アルバムの一番うしろ。フリースペース。

“未来”そう上のほうに、笠井くんが渋々書いてくれた。

 他は、まっしろ。仲村さんが創りあげていくから、僕にはわからないって画家向きの回答。


 あの時、あの日は、それだけで。戻ってはこない。

 まっしろなページ。ときどき見返したくなるのは、貴方のおかげ。

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