空谷の跫音

ろぜあ

【短編小説】空谷の跫音

 むかしむかしあるところに、名前の無い孤独な鬼の子がいました。鬼の子はもう何年も森の中にひとりで住んでいました。毎日とても寂しく、里に下りて友達をつくろうとしたこともありましたが、ツノの生えている鬼の子の事をみんなは気味が悪いと言って、遊んでくれませんでした。鬼の子は思いました。

(神様はどうして僕にだけ友達をくれないんだろう。里の子供はみんな家族と楽しく暮らしているのに、どうして僕はひとりでいなきゃいけないんだろう。)

鬼の子の願いを聞き届けたのか、鬼の子のもとに、ひとりの少年がやってきました。


 最初に現れたのは、頭の良い、少し小柄な少年でした。

 小柄な少年は問いました。

「どうしてこんなところにいるの?」

鬼の子は問いました。

「君こそ、どうしてこんなところにいるの?」

小柄な少年は答えました。

「僕の親は科学者でね、植物の知識を少しでもつけるようにと、僕を森に連れてくるんだ。僕は科学者になるつもりなんて無いのにね。」

口元は笑っているのにどこか寂しそうな少年の目には、ほんの少しだけ水滴がついていました。

 それからというもの、小柄な少年は毎日鬼の子のところにきて、二人で森の植物を見て回りました。小柄な少年は鬼の子に名前と知識をくれました。鬼の子は問いました。

「君は僕の事が気味が悪いと思わないの?」

小柄な少年は難しい顔をして言いました。

「気味が悪いなんて、よく知りもしない相手に使って良い言葉じゃないよ。それは頭の悪い連中が自分の身を守るために使う言葉だ。それに、人以外を見ていちいち怖がっているようじゃ商売なんてできないしね。」

鬼の子は、小柄な少年が自分は商人になって、世界中を旅するのが夢だ、と話していたことを思い出しました。鬼の子は言いました。

「それじゃあ僕も一緒に旅をする。一緒に旅をして、僕の事をもっと知ってもらう。」

小柄な少年はクスクス笑い、

「じゃあ明日からは商売について学ぼう。」

と、言いました。しかし、その後小柄な少年が鬼の子の前に姿を表すことはありませんでした。


 次に現れたのは、深緑の目が印象的な、無表情な少年でした。

 無表情な少年は問いました。

「どうしてひとりなの?」

鬼の子は問いました。

「君こそ、どうしてひとりなの?」

無表情な少年は答えました。

「僕が呪い子だから。僕が生まれたての頃、僕を何日も放置していた親が突然餓死したんだって。つい昨日まで元気だった人が餓死すれば、呪いだなんて言われて当然だけどね。」

表情からは分からないけど、この子も寂しいのかな、と鬼の子は思いました。

 無表情な少年は毎日鬼の子のところにやってきて、二人で理想の世界について話しました。無表情な少年は鬼の子に、沢山の物語と想像力をくれました。鬼の子は問いました。

「君は僕の事が気味が悪いと思わないの?」

無表情な少年は不思議そうに言いました。

「僕は呪い子だよ?君が僕の事が怖いと思うことはあっても、僕が君に思うことは無いよ。それに、僕はいつか小説家になるんだ。ネタ集めをしていく上でいちいち怖がっていちゃあわけないさ。」

鬼の子は言いました。

「それじゃあ僕も一緒にネタ集めをして小説を書く。僕や君以外の孤独な人たちに会って、友達になるんだ。」

無表情な少年は初めて笑顔を見せ、

「それじゃあ明日からでも始めよう。まずは里の人たちに聞き込みから!」

と、言いました。しかし、その後無表情な少年が鬼の子の前に姿を現すことはありませんでした。


 最後に現れたのは、おろおろした、気弱そうな少年でした。

 気弱そうな少年は問いました。

「森は好き?」

鬼の子は問いました。

「君こそ、森は好き?」

気弱そうな少年は答えました。

「僕は探検ごっこ中!別に、迷子になったわけじゃ無いよ?ちょっと帰り道を忘れちゃっただけ。」

 夕方のなれば鬼の子が気弱そうな少年を森の出口まで連れていき、朝になれば迎えに行く。気弱そうな少年は遊びと戦闘の仕方を教えてくれました。鬼の子は問いました。

「君は僕の事が気味が悪いと思わないの?」

気弱そうな少年は言いました。

「遊び相手がいてくれれば充分。それに、冒険者ならいちいち怖気づかないよ。」

気弱そうな少年は見た目に反して元気で力も強く、冒険者になるのが夢でした。鬼の子は言いました。

「それじゃあ、僕も冒険者になる。二人なら、もっと怖くなくなるでしょ?」

気弱そうな少年は嬉しそうに笑い、

「それじゃあもっともっと強くならないとね。明日からは森の動物と少しだけ戦ってみよう。」

と、言いました。しかし、その後気弱そうな少年が鬼の子の前に姿を現すことはありませんでした。


 鬼の子は待ちました。またいつか少年たちに会える日を。

 鬼の子は知っていました。もう少年たちに会える日は来ないことを。

 鬼の子は知りました。本当の孤独、寂しさを。

 鬼の子は思いました。

(彼らに会えないのなら生きている意味はない。もういっそ、すべてなくなってしまえばいいのに。)

 鬼の子の願いを聞き届けたのか、大きな、すべてを飲み込んでしまいそうなほど大きな波が森に押し寄せてきました。その波は鬼の子を、森を、世界を飲み込みました。鬼の子は、やっと不死の呪いから解放されたのでした。


 鬼の子は夢を見ます。少年たちと、それぞれの夢を叶えに行く、永遠に終わらない夢を。

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空谷の跫音 ろぜあ @rozea

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