第6章

第6章 それからのこと

 神崎は夢を見ていた。幼い頃の記憶。

 その時の自分はとても怖い思いをしたことだけは憶えている。

 真っ暗な部屋。不気味に光る数々のろうそく。そこにずっと閉じ込められていた。

『私は魔法使いだ。気の毒だが君には生贄になってもらう』

 そんなことを言っていた気がする。

 まるで気の毒とは思っていなかっただろう。体が小刻みに震え、あきらかに笑っているのだとわかっていたから。

 そのまま三日は閉じ込められていたと思う。時間はよくわからなかった。

 ある日、急に明るくなって、気づくと母親に抱き上げられていた。

 母親は泣いていた。自分も泣いていた。

 犯人は精神異常者として片づけられた。最後まで『私は魔法使いだ。私にこんなことをした貴様らを、その末代まで呪い殺してやる』と警官に叫んでいたのは、今でも頭から離れない。

 その日以降、神崎は魔法・超能力・オカルト全般が嫌いになった。


 神崎は学校に向かっていた。

 登校中に山村に会った。あいかわらず眼鏡には怪しい光をたたえていたりする。

「なぁ、俺昨日親父の部屋から怪しいビデオテープをたくさん見つけたんだ。なんだったと思う?」

 あきらかにいやらしい笑みを浮かべて答えを誘導しようとしている。

(ここはノっておくか)

「AVだろう」

「ブーっ! 不正解! 神崎はいつもそんなこと考えてんのか? やらしーなー。……そんなに睨むなよ。正解は今日俺んちで、な」

 腹が立った。物凄く殴りたい衝動に駆られたが、なんとか堪える。暴力はよくないらしいから。

「……暇だったら行ってやるよ」

 そうでも言っておかないと気分が悪い。この眼鏡にいいように扱われているのは納得がいかない。

 朝から不機嫌にされて、一日の学校生活を過ごすことになってしまった。

 真実兄妹が親の都合で転校したと聞かされたのはずいぶん前だが、未だにふたりがいなくなった衝撃を忘れられない者たちがいた。

 クラスの女子のほとんどはあからさまに元気がない。男子の中には妹の歌を口ずさんでいる者すらいるほどだ。

 強烈なインパクトを持ったふたりのいなくなった穴は、意外にも想像以上に大きかった。


 放課後。眼鏡宅。

 神崎は山村の部屋でテレビを前にしていた。

 ビデオテープが差し入れられ、中身が再生される。

「……これ、もしかして『魔法兄妹』か」

「そうだ。凄いだろ? 名前は聞いたことあったけど、中身は見たことないから。お前は?」

「俺も見たことない。母さんはビデオとれない人だから」

 山村が再生ボタンを押すと、きちんと第一話から再生される。

 主人公は双子の男女。兄の名前が真実勇気で、妹の名前は真実愛。髪の毛の色がアニメらしく派手で、兄が青で妹が赤。

「……そっくりだな」

「ビックリだな」

 母親の記憶もいい加減だった。神崎が聞かされていたのとは印象がだいぶ違う。

 もう十七年も前のアニメなのに、見ていておもしろいと感じてしまう自分が少し恥ずかしかった。

 特撮とアニメを融合したような派手なもの。当時では斬新だったかもしれない。

 真実兄妹が彼らの身近で起きる事件を解決していく一話完結のストーリーだ。ときどきそれが二話三話と続くこともある。

 そして、神崎と山村はひとつの回の話でおおいに驚かされた。

 その話は忘れるにはまだ早い出来事。

 地球に迫る魔族による地球楽園化計画を防ぐために、真実兄妹と学校の生徒たちが心をひとつにしている。みんなの願いが通じた時に彗星はどこかへと消え去った――そんな話だ。

 細部は違うが、あまりにも似ていた。

「……なぁ、これって」

「ああ。俺たちのあれと同じだ」

 これは偶然なのだろうか。

(詳しいとは思っていたけど、まさかな……)

 その考えはあまりにも恐ろしい。オカルトの領域のど真ん中だ。

 考えを振り払いたいが、うまく頭から出ていってくれない。

「うちの親父やおふくろが彗星のことを恐れていなかったのって、もしかしてこの記憶があったからかな?」

(帰ってこい、山村!)

「真実兄妹が必ず助けてくれる。意識の片隅にそんな思いがあったからこそ、テレビほど騒いでいなかったんじゃないのか?」

 自分の想像に確信を抱いてしまったのだろう、眼鏡がキラリ光を放つ。

 もう、オカルトの領域のど真ん中、その奥深くまで入り込んでしまっていた。

「俺らの中にもその時の記憶が残ってたんだよ。だから、ああして彗星を消滅させることができたんだ!」

 これ以上言うのをやめて欲しかった。

 実際のところ、神崎だって同じ考えに至っている。

 真実兄妹がアニメから出てきた――もはやそこまでいってしまっているのだ。

 自分の考えを思い切り否定して欲しい。でも、どんどんと肯定されていく。

 でも、それも仕方のないことなのかもしれない。

「それにしてもよかったな」

 ひと通り頭を巡らせたあとに、思考を逸らすいい言葉が見つかった。思わず神崎の顔が意地悪のそれになる。

「なにがよかったって?」

 眼鏡が首を傾げる。

「このビデオがあれば、いつでも愛しの『真実ちゃん』に会えるじゃないか」

 笑ってやる。それもとびきりの大笑いだ。

「な、な、なに言ってんだ! これはアニメで、真実ちゃんは真実ちゃんだろ!」

 聞き流してやる。

 ただバカみたいに笑っておいた。

 今はもう会うことはできないが、せめて画面の中の妹には笑顔を見せておきたかった。

 その時、ちょうどビデオの中の兄妹も楽しそうに笑っていた。




 ー 了 ー

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魔法世代 ヒース @heath-b

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