第5章 地球の危機VS魔法世代 その14

 憔悴しきった顔で妹は微笑もうとしている。

 神崎が駆け寄ると、妹は手を振ろうとして倒れた。

 腕に抱いてやると、そんな顔をしたのだ。

「神崎君、凄かったね……」

 声も弱々しい。

 血の巡りが悪くなっているのか、顔面は蒼白だ。汗で張りついた前髪も重い。

「これでいいんだろう」

「うん。あたし、神崎君なら絶対だいじょうぶだって……信じてたから」

「ああ。期待には応えたつもりだ」

 息が荒い。体を支えている手に一定の速さで重みが加わる。

 妹の視線がおそらくさっきまで彗星のあった場所を見る。

「……朝だね」

 太陽が地平線から完全に顔を出したために、辺りは明るい。今目覚めたのなら、最高の朝になったことだろう。

「……ねぇ、神崎君。ひとつ訊いてもいい?」

「ああ。なんだ」

「怒らない、よね?」

「質問の内容がわからない以上、その保障はできない」

「そうだよね。ははっ」

 力なく笑う。痛々しいその姿を見て、妹を抱く腕に力が入る。

「ちょっと、痛い。けど、神崎君の腕に抱かれているって、なんかちょっとうれしいかも」

 妹が照れ笑いのようなものを浮かべる。

「訊きたいことがあるんだろう?」

「あ、うん。そうだった」

 早く聞かないと妹が今すぐここからいなくなってしまいそうな雰囲気だったので、神崎は妹を急かす。

「あのね、あたしが一番初めに神崎君に会った時に、質問したでしょ。それ……憶えてる?」

「ああ」

 忘れもしない。会って早々、『魔法って信じる?』と言われたことが彼女のことを電波だと思った要因なのだから。

「……今はどう?」

 難しい質問だった。

 自分が魔法使いになった今、あの時よりは抵抗は少ない。だが、未だに引っかかる。

「……目の前で見せつけられたら――いや、自分で使ったのならさすがに信じるしかない」

「そう、よかった……」

「嫌いだけどな」

 神崎は一応つけ加えておく。最後の抵抗だ。

 妹ががっかりするかなと思ったが、別にそうでもなかった。笑っている。

「ありがとう。あたし、神崎君に出会えて……よかった、よ」

 その言葉を最後に妹は気を失ってしまった。

 一瞬死んでしまったのではないかと思ったが、呼吸はしていた。

 神崎は自分が嫌な汗を大量に浮かべていることに気がつき、それに驚きを感じた。

 なにをそんなに焦っていたのだろう。

 なにがそんなに怖かったのだろう。

 重みの増した妹の体を軽く抱き締めると、そんな神崎の背後から誰かが近づいてきた。

 兄だ。

「……それじゃ、僕たちは一回帰るよ。まだ私服のままだから」

 兄は私服以前にぼろぼろの姿だ。そもそも今日は学校が休みなのだから、もう一度来る必要はまるでない。『一回帰るよ』ではなくて『帰るよ』でいい。

「その姿じゃ警官に止められるかもしれない。気をつけて帰れよ」

「心配ありがとう」

 兄は憂いのある顔がずっと続いているのだが、そこにようやく少しだけ爽やかなものが乗った。

「僕も君と出会えてよかったよ」

 そして真実兄妹は学校をあとにした。

 妹を背に、傷だらけの兄が歩く姿は現代において異様だった。人目につけば、確実に気になる姿だろう。


 神崎がふたりを見たのは、それが最後だった。

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