第5章 地球の危機VS魔法世代 その13

 置いてけぼりはごめんだ。

 神崎は負担のまるでない全身に力を巡らせた。足から始まったエネルギーが両手に集まる。

「ここはお前らの楽園じゃねぇ!」

 勢いをつけて放出。

 激しい衝撃。まるで断末魔のような軋みと地鳴り。

 彗星の大きさが全員の目で見てわかるほど小さくなった。

 そのまま落下したところでなんの影響もない。そう感じられてしまうほど。

 だが、彗星ではないのですべてが終わるまではなにが起こるかわからない。消滅させて初めて安心できるのだろう。

 倒れたままでいた兄が立ち上がり、全員の視線が集まる場所へと歩いてきた。

 そこは神崎たちの前。そこで彼は右手を上げる。

「すべての『勇気』を!」

 神崎の体に不思議な感覚が巡る。どこか懐かしく、それでいて力強いもの。

 勇気――それはどんなものでも恐れずに立ち向かえる強き心。

 さらに左手を上げる。

「すべての『愛』を!」

 女子の間にざわめきが起こる。おそらく神崎が感じたものと同じもののためだろう。

 愛――それはすべてを包み込む優しさ。

「魔法世代の『絆』を!」

 妹の歌声に乗り、学校にいる生徒たちの間を暖かな金色の糸が流れていく。

 その糸が全員の体を繋げていく。

 神崎の腕にもそれは絡みついてきた。

 安心感。そう表現するのがピッタリの感情が頭に入ってきた。

 もう、なにも恐れる必要などないのだ。

「みんな、声を合わせてくれ」

 兄が言うと同時に頭の中にキーワードが鮮明に映し出された。

 さらにカウントダウンも聞こえる。

(三……二……一……)

「すべての『正義』が今ここに!」

 声が重なる。

 みんなの目がきらきらと輝いて見える。

 はっきりと見える金色の力が糸を通して神崎に集まってきた。

 驚きに目を見開く。

「最後は君に任せるよ」

 兄が微笑んだ――かに見えた。実際には背中しか見ることができない。

 体から溢れんばかりに集まった力を、うまく全身を通して集中させる。

 遥か強大な力を両手に溜め込み、キッと視線を彗星に据える。

「消え去れ――っ!!」

 黄金の流れが彗星まで一気に辿り着く。

 彗星の目がカッと開かれた。

(レーザーか!)

 これだけ人数の集まった場所であのレーザーは危険すぎる。

 そして確かにレーザーが発射された。だが、黄金の流れにはまるで歯が立つことなく、そのまま消えてなくなってしまった。

 彗星が金色の力に包み込まれる。

 嫌がるように激しく揺れているが、まったく関係ない。

 見る間にどんどんと彗星の大きさが縮んでいく。

 圧縮が繰り返され、黒いものは少しずつ見えなくなっていく。

 やがて金色の力がなくなった時には、そこに彗星の姿もなくなっていた。

「……終わった」

 しばしの静寂。

 糸を通して感覚が伝わったのか、すぐに全員から大歓声があがった。

 金色の力の残滓は、地面に落ちていた甲殻をもすべて消し去っていく。

 校庭に多少の傷跡は残るが、結果としてはほぼ無傷で彗星の脅威はなくなった。

 みながよろこび合う中――その意味をどれくらいの人間が理解しているかは定かではないが――青い髪が神崎に近づいてきた。

「君を信じてよかったよ」

 満足げだ。

「俺も期待を裏切らずに済んでよかった。なんで期待されていたのかはまるでわからないが」

 皮肉。

 兄に対してだけはいつまでも油断をしてはいけない。ほぼ神崎の本能的なものだ。

「お前らやけに楽しそうだな」

 眼鏡が割り込んでくる。

(そんなに楽しそうだった……か?)

 口元を引き締める。笑っていたのでは兄に気を許したようでいただけない。

「なんか、真実ちゃんの歌が聞こえてからずいぶん楽になったよ」

「……そうだね。愛の歌にはそんな力があるから」

 神崎は兄の変化を見逃さなかった。

 後悔をしている人間が浮かべる表情。それがある。

「愛もきっと疲れている。……行ってあげなよ」

 兄の目はしっかりと神崎を捉えている。

 それがなにを意味しているのかはわからないが、ひとつうなずくと妹のもとに駆けていった。

 その間背中にずっと兄の視線を感じていた。

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