(番外編)とある夏の日



「異世界……転生……」


 ファミレスに似つかわしくない単語を発する俺をよそに、目の前の男は「何にしようかなあ、やっぱドリンクバーは必須だよなぁ」と言いながらメニュー表をパラパラとめくっている。平日のお昼間、客は少なめで大半が年齢層高めの女性グループである。完全に男子大学生の俺と先輩は浮いている。暦はもう秋なのに、気温の高い日々が続いている。


 異世界転生。スマホで調べると、ネット小説ではよくあるらしい設定である。異世界転移とも言うらしいが、この短時間では違いがよくわからなかった。そもそもブログとかじゃなく色んな人間が小説を投稿できるサイトがあるとは思わなかった。世の中分からないもんだ。 

メニューを決めた先輩が俺にメニュー表を渡しながら口を開く。

「お前なら書けると思うんだよね、頼むよ」

「気安く言わないでくださいよ、俺の作風分かってます?」

「分かってるから言ってるんだよ。長編をすぐに書けとは言わない。大学3年の1年間、部誌に連載って形にしてしまってもいいし」

「はあ……」

 下を向いてカラフルなメニュー表を見つめる。今日のランチセットは唐揚げとハンバーグ、日替わりスープはコンソメスープ、先ほど席を案内してくれた胸に初心者マークをつけた店員が丁寧に教えてくれた。

 メニュー表にはサラダ、丼もの、麺類、ピザ、デザートと沢山の食べ物の名前と写真が所狭しと並んでいる。別のA3程の紙には期間限定秋のカボチャづくしメニュー、細長い紙は飲み物の一覧である。ドリンクバーてあればここに書いてあるソフトドリンクは全て飲める。ファミレスはら良くいえば好きな物が食べられる。……悪くいえば決められない。


「決めたか?」

「待ってください、そんなすぐ決められませんよ」

「こうやって作品書くのもいつもズルズル時間かかるのか、締切駆け込み魔め。小説全部揃わないと編集部門に渡せないんだぞ」

「そこを突かれると痛いですけど、締切守ってるだけ許してくださいよ、先輩」


 自分もドリンクバーはつけよう。お腹は減っているしお金も今日は余裕があるから、量が多そうなものを頼むか複数メニューを頼むかしよう。

「サラダ食べます?」

「いや、俺ランチセットでミニサラダつくはずだから」

「了解です」


 所属している大学の文芸サークルで、俺はなんとなく小説を書いている。全く本を読まない俺が文芸サークルに入った理由は、とりあえず同じ学部の先輩とコネを作りたいと思ったから。あと4月の毎週金曜日に新1年生無料の飲み会を毎回違う店でやってて全部出たのに入らないとは言いにくかった。以上。

 作品ジャンルは純文学や文芸と言われる辺りだと思う。いつも1万字に満たない文字の列を並べ、作品として提出している。ハッキリ言って面白くはない。ただただ人が藻掻き苦しむ様を書いているだけだ。批評会では後味が悪いとよく言われる。笑える部分や泣けるような美味しい部分はない。ハッピーエンドの話も考えた事は何度かあったが、最後まで書けた試しがない。

「部門長、人選ミスですよ」

「小説部門の作品を全て読んでいる俺が自負する、お前はプロットとあらすじがしっかり出来れば書ける」

「SF好きな人間にいきなりラブコメ書けって言ってるようなものじゃないですか」

「編集部門にはもう連載枠開けてもらってるから」

「ええ!?」

 俺の所属するサークルは3部門の完全分業制である。全員が集まるのは学祭の模擬店、部誌作成時の批評会、飲み会くらいだろうか。基本的な活動は部門ごとで行っている。先程から目の前で好き勝手している先輩は小説部門の長、この上にサークルの長である部長が居る。

「えっと、俺に選択の余地はないんですね?」

「ああ、ない!」

 そう笑顔で言うと、先輩は俺の手からメニュー表を奪って呼び出しボタンを押す。状況を掴めていない俺をよそに、初心者マーク店員がやって来て慎重に機械を操作を始める。


「ランチセット、ご飯多め。それから唐揚げ、アヒージョ。ドリンクバー2つ」

 俺はいつの間にかアヒージョを食うことになっていた。いや、俺こんな暑い日にそんなオシャレなカタカナの温かい食べ物じゃ腹膨れないんですけど。

「ま、よろしく頼むよ」

「嫌です」

「頼むよ、ここ奢るから」

「……はい」

 最後は完全な脅しじゃないか。俺が渋々頷くと、目の前の男は良かった良かったと言いながらスマホを操作し始める。ああ、そのスマホ画面割ってやりたい。もしくはこいつが異世界行ってくれないか。

「飲み物取りに行ってやる。緑茶とか珈琲とか温かい飲み物を全て混ぜる俺特製ドリンクだ」

「良いです、そこだけは自分で選ばせてください!!」

 店内に俺の声が悲しく響き、おばさま方の視線が集まる。俺銭湯アイドルとかになった覚えないからこっちを見ないでくれ。先輩に何か小さめで良いから不幸が起こればいいのに。




 ──数ヶ月後、この男が他2部門の長と部長に土下座して周り、俺に連載から長編小説に変えてくれと言い出すことをこの時の俺はまだ知る由もない。



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